上司の声と消費者の声、どちらが大事ですか?
「また同じことをやるの?」
マーケティングの仕事をしていると、長く続けてきた施策ほど、社内から変化を求められます。
「もう見飽きた」
「今年は新しいことをやろう」
「ずっと同じでは成長がない」
新しいコピー、新しいデザイン、新しいキャンペーン。
新しいことを提案する人は、前向きに見えます。反対に「今年も同じことを続けます」と言う人は、何も考えていないように見えることがあります。
しかし、マーケターが向き合うべき相手は誰でしょうか。
毎日そのブランドを見ている上司でしょうか。
それとも、私たちの商品を買う消費者でしょうか。
私は以前、この問いを何度も突きつけられる仕事をしていました。
上司は飽きていた。しかし、消費者は飽きていなかった
私が担当していた施策には、長年続けてきた表現がありました。
社内の人間は、企画段階から何度もそれを見ます。
会議で見て、制作途中の案を見て、修正版を見て、完成版を見ます。公開後も、広告や制作物を繰り返し目にします。
飽きるのは当然です。
しかし、消費者の接触回数はまったく違います。
広告が出たことすら知らない人もいます。一度見たとしても、スマートフォンを触りながら、数秒間目にしただけかもしれません。
社内の人が100回見た広告を、消費者はまだ一度も見ていない。
それでも会議では、こんな言葉が出てきます。
「消費者もそろそろ飽きているんじゃないか」
私はそのたびに、消費者調査を確認しました。
本当に飽きられているのか。
認知は落ちているのか。
ブランドとの結びつきは弱くなっているのか。
結果は明確でした。
消費者は飽きていませんでした。
むしろ、同じ表現を続けてきたからこそ、認知は少しずつ積み上がっていました。
だから私は、「新しいことをやれ」という声に、消費者調査を根拠に抗い続けました。
上司の意見を無視したかったのではありません。
上司の感想よりも、消費者の事実を優先したかったのです。
「飽きた」は消費者の声ではない
社内で発せられる「飽きた」という言葉には注意が必要です。
それは、毎日ブランドを見ている人の感想です。
消費者の反応を示すデータではありません。
もちろん、表現が本当に摩耗することはあります。
反応が落ちている。ブランドとの結びつきが弱くなっている。市場や商品の役割が変わっている。
明確な根拠があるなら、変えるべきです。
しかし、変える理由が「上司が見飽きたから」だけなら、それはマーケティング上の根拠にはなりません。
マーケティングとは、上司の気分を新鮮に保つ仕事ではありません。
消費者にブランドを覚えてもらい、思い出してもらい、選ばれる確率を高める仕事です。
上司が飽きたことと、消費者に効かなくなったことは、まったく別の事象です。
新しいことをやると、積み上げた記憶が失われる
ブランドの色、言葉、キャラクター、音楽、コピー、広告の世界観。
長く繰り返してきたものは、単なる表現ではありません。
消費者がブランドを思い出すための認知資産です。
企業側がキャンペーンを刷新すると、「新しくなった」と感じます。
しかし、消費者から見れば、「知らないものに戻った」だけかもしれません。
以前なら一瞬で自社ブランドだと分かった広告が、どこの広告か分からなくなる。
それまで積み上げた記憶との接続が切れ、もう一度ゼロから覚えてもらう必要が生まれます。
認知資産を捨てれば、それを取り戻すために、また広告費が必要です。
新しい企画を考え、社内を説得し、制作会社や代理店と調整し、何度も修正し、新しい効果測定を設計する労力もかかります。
社内が飽きる。
新しいキャンペーンを始める。
認知資産が分断される。
認知を取り戻すために広告費が増える。
利益率が下がる。
期待した成果が出ず、施策と広告をさらに増やす。
現場の仕事が増え、疲弊していく。
そして最後には、「新しい施策は失敗だった」と評価されます。
新しい企画そのものが悪かったとは限りません。
これまで積み上げてきた資産を捨て、以前と同じ場所に戻るために、予算と時間を使い果たしたのです。
私は、このサイクルを避けるために戦っていました。
変えないことは、何もしないことではない
新しい企画には、新しいコピーやデザインがあります。
目に見える成果物があるため、仕事をしたことが分かりやすく、会議でも評価されやすいものです。
一方で、継続する案には目に見える新しさがありません。
そのため、「何もしていない」と思われることがあります。
しかし、実際には何もしていないわけではありません。
積み上げてきた認知資産を守っています。
消費者の記憶を途切れさせないようにしています。
毎年ゼロから広告費を使い直すことを防いでいます。
現場が意味のない刷新に追われ、疲弊することを止めています。
変えないことは、停滞ではありません。
何を守るべきかを理解したうえで行う、明確な意思決定です。
同じことを続けるのは、アイデアがないからではありません。
積み上がっている資産の価値を知っているから、簡単には捨てないのです。
吐き気を乗り越えて、同じことをやり続ける
2026年のカンヌライオンズで、マーケティング教授のマーク・リットソン氏は、マーケターが陥りやすい罠として「自分たちのクリエイティブへの飽き」を挙げました。
マーケター自身が吐き気を覚えるほど同じものを見続けても、そこで変えてはいけない。
ブランディングで重要なのは、
「吐き気を乗り越えて、同じことをやり続けること」
だと訴えたのです。
その言葉を知ったとき、胸がすくような思いがしました。
上司の「飽きた」という声に対して、消費者調査を根拠に抗い続けた日々。
新しいことをやるほうが評価されやすいなかで、同じことを続ける理由を説明し続けた日々。
私が守っていたのは、前年の広告ではありません。
何年もかけてつくられた、消費者の記憶でした。
リットソン氏の言葉は、その判断を肯定してくれたように感じました。
マーケターが吐き気を覚えるころ、消費者はようやくブランドを覚え始めます。
その手前で変えてしまえば、認知資産は永遠に育ちません。
上司の声と消費者の声、どちらが大事ですか?
答えは明確です。
マーケターが優先すべきなのは、消費者の声です。
上司の意見を聞かなくてよいという話ではありません。
上司の感想を、消費者の事実より上に置いてはいけないという話です。
「もう飽きた」と言われたら、確認するべきことがあります。
飽きたのは誰なのか。
消費者が飽きたというデータはあるのか。
変えようとしているものは、単なる表現なのか、それとも積み上げてきた認知資産なのか。
それを捨てたあと、同じ認知をつくり直すための広告費と労力を計算しているのか。
社内の感情ではなく、消費者の事実を見る。
それが、ブランドを守り、利益を守り、現場を守るマーケターの仕事です。
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