無意識の意思決定を意識的に育てようという話
仕事が速い人を見ると、「頭の回転が速い」「勘がいい」と感じることがある。
会議で少し話を聞いただけで問題点を見抜き、施策案を短時間で評価し、進めるべきか止めるべきかを判断する。
一方で、同じテーマについて何時間も資料を読み、何度も会議を開いても、なかなか結論を出せない人もいる。
この差は、単純な思考力の差だけではない。
仕事が速い人は、毎回ゼロから考えているわけではない。
過去に深く考え、判断し、その結果から学んだ経験が、直感として蓄積されている。
言い換えるなら、
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システム2で考えた経験が、
システム1に圧縮されている。
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私は、これがビジネスにおける意思決定力の正体だと考えている。
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■ システム1とシステム2
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人間の思考は、便宜上、二つの仕組みに分けて説明されることがある。
システム1は、過去の経験やパターンをもとに、速く直感的に働く思考だ。
一方、システム2は、情報を整理し、仮説を比較し、損得やリスクを意識的に検討する。
新しい仕事を始めた頃は、数字を確認し、事例を調べ、関係者に聞かなければ判断できない。
しかし、同じような判断を繰り返すと、以前は一つずつ確認していたことを瞬間的に認識できるようになる。
「この数字は何かおかしい」
「この施策は反応が取れても、売上にはつながらない」
「この依頼をそのまま受けると、運用が破綻する」
こうした感覚は、必ずしも非論理的な勘ではない。
過去の論理的な思考が、すぐに呼び出せる形に圧縮されたものだ。
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■ 優れた直感は、正しいフィードバックから生まれる
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ただし、経験を重ねるだけで意思決定力が高まるとは限らない。
重要なのは、
どのようなフィードバックを受けたかである。
根拠の薄い施策が偶然成功し、組織が「良い判断だった」と評価すれば、本人は同じ考え方を繰り返す。
反対に、合理的に判断しても、外部環境や偶然によって結果が悪くなることもある。
結果が良かったことと、意思決定が良かったことは同じではない。
意思決定と結果は、次の四つに分けられる。
【1】良い意思決定 × 良い結果
【2】良い意思決定 × 悪い結果
【3】悪い意思決定 × 良い結果
【4】悪い意思決定 × 悪い結果
この中で最も危険なのは、
悪い意思決定による良い結果である。
失敗すれば反省できる。
しかし成功すると、誤った考え方が正解として残り、次の大きな失敗を生む。
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間違ったフィードバックを受け続けると、
システム1に蓄積されるのは
判断力ではなく迷信である。
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■ すべての意思決定に時間をかけてはいけない
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意思決定の質を高めようとすると、「もっと考えるべきだ」という結論になりやすい。
しかし、ビジネスでは考えることにもコストがかかる。
判断が遅れれば機会を逃し、会議や資料作成を増やせば、人の時間を消費する。
さらに、現実に試さなければ分からないことも多い。
重要なのは、
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時間をかけるべき意思決定と、
とりあえず試すべき意思決定を分けることだ。
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時間をかけるべきなのは、
・元に戻すことが難しい
・失敗した場合の損失が大きい
・影響範囲が広い
・信用やブランドに関わる
・小さく試すことが難しい
といった意思決定だ。
大規模なシステム投資、事業撤退、組織再編、価格体系の全面変更などでは、前提、代替案、最大損失、撤退条件を慎重に検討する必要がある。
一方で、
・失敗しても損失が小さい
・すぐに元へ戻せる
・対象範囲を限定できる
・実行することで情報が得られる
という判断は、考え続けるより試した方が早い。
広告クリエイティブ、メールの件名、UIの一部変更、業務フローの試験導入などである。
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正解を選ぶことだけが、
意思決定ではない。
次の判断に必要な情報を得ることも、
意思決定の価値である。
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■ 仕事が速い人は、すべての判断が速いわけではない
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優秀な人は、何でも即断しているわけではない。
軽い判断はすぐに進め、重い判断にだけ思考時間を集中させている。
この区別ができないと、元に戻せる施策を何週間も議論する一方で、長期的な影響を持つ判断を上司の直感だけで決める、といった逆転が起きる。
必要なのは、すべてを慎重にすることでも、すべてを速くすることでもない。
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意思決定の重さに合わせて、
思考資源を配分することである。
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この見極め自体も、経験とフィードバックによってシステム1に蓄積される。
経験を積んだ人は、
「これは今すぐ試してよい」
「これは一度止まって考えるべきだ」
「全社展開ではなく、一部で試すべきだ」
と早い段階で判断できる。
育てるべき直感とは、正解を当てる直感だけではない。
どの意思決定に、どれだけ時間を使うべきかを見分ける直感でもある。
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■ 最強の意思決定サイクル
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理想的な意思決定は、次の循環で成り立つ。
【1】意思決定の重さを見極める
↓
【2】必要なものはシステム2で考える
↓
【3】小さく試せるものは実行する
↓
【4】判断の根拠と結果を記録する
↓
【5】結果と意思決定の質を分けて評価する
↓
【6】学びをシステム1に蓄積する
↓
【7】次の判断速度と成功確率が上がる
つまり、意思決定力とは、一回の正解を当てる能力ではない。
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意思決定とフィードバックの循環によって、
判断速度と成功確率を
上げ続ける能力である。
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■ 個人の学習を、組織の能力に変える
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このサイクルを個人の中だけで回しても、組織全体の意思決定力は高まらない。
優秀な人が異動や退職をすれば、その判断基準も失われる。
また、組織が結果だけで人を評価すると、社員は正しい判断よりも、評価されやすい行動を選ぶようになる。
予測を残さず、結果が出てから説明を作る。
失敗しそうな案件を避ける。
上司が望む結論に合わせる。
これを防ぐには、判断時点で次の内容を残す必要がある。
・どのような情報を持っていたか
・どの仮説を選んだか
・どの代替案を比較したか
・どのリスクを想定したか
・何が起きたら撤退する予定だったか
そして、成功に含まれていた偶然や、失敗したが合理的だった判断を組織で共有する。
個人の暗黙知を、再現可能な判断基準へ変えていく。
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強い組織とは、
優秀な人がいる組織ではない。
優秀な意思決定が、
組織の記憶として残る組織である。
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■ 意思決定力とは、思考資源を正しく配分する力である
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システム1だけに頼れば、過去の成功体験や思い込みに支配される。
すべてをシステム2で考えれば、判断が遅くなり、組織は動けなくなる。
通常は、正しく育てられたシステム1で速く判断する。
未知の状況、高リスクの判断、強い違和感がある場面では、システム2に切り替える。
そして結果を正しく評価し、再びシステム1を更新する。
優れた意思決定者は、未来が見える人でも、すべてを深く考える人でもない。
考えるべき判断を見極める。
小さく試せるものは、素早く実行する。
結果と意思決定の質を分けて振り返る。
その繰り返しによって、判断は速くなり、成功する確率も上がっていく。
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優れた直感とは、
論理の反対ではない。
正しい論理と、
正しいフィードバックが
蓄積された状態である。
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そして、個人の直感を組織の記憶へ変える仕組みを持つ企業だけが、意思決定力を継続的な競争優位に変えられる。
