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聖樹の大門

  目次

「うむ、伺おう。」
〈ひゃぅっ。……ええと、こほん。殿下がおっしゃるには、小官とレッカどのとソーチャンどのは、あまり殿下から長い距離を置くと危険である、とのことです〉
「危険、とな?」
〈我々は本来この世界に属さない存在。それを殿下の力で強引に繋ぎとめている状態であります。肉体的には何も感じませんが、元の世界からの強い引力にさらされているのであります。殿下は、小官たち三人をこの世界に繋ぎとめる楔のような役割を果たしているのであります〉
「……つまり、殿下から離れすぎると、元の世界へ強制送還される、と?」
〈はい。〈聖樹の門ウェイポイント〉による転移網が健在な地域であれば、精霊力の流れが命綱の役割を果たし、殿下から遠く離れても大丈夫なのでありますが、現状において殿下をオンディーナに残したまま他の都市に行くと極めて危険とのことでありますっ〉
「由々しき事態であるな。そのような形での帰還など絶対に御免こうむる。しかしそうなると……ヘリテージには殿下にも御足労をかけていたゞく必要があるな。」

 さもなくば、転移した瞬間、召喚が切れる。

〈そのことで、小官から作戦の立案があるであります〉
「ふむ……?」

 ●

 数分後、フィンたちは〈聖樹の大門ウェイポイント・アクシス〉の前に来ていた。

「なんとまぁ……」
「おっきいであります!」

 ぴょんと跳んで歓声を放つフィン。隣で総十郎が感嘆の息を吐く。
 周囲の巨樹と比べてもなお圧倒的に巨大な、山すら比較にならぬほどの威容を誇る、それはひとつの樹であった。
 幹はもはや壁も同然であり、頂上は無数の枝枝に阻まれて見ることができない。いや、仮に枝がなかったとしても、大気に霞んで見えなくなるほどの遥かな高みにあることは想像に難くない。
 視点を大きく廻らせると、樹冠をぐるりと囲むように、遠近感が狂うほどのサイズを誇る半透明の円環が浮遊していた。大小二つ、二重に存在している。音もなくゆっくりと回りながら、周囲の光の粒子を取り込んでいる。

「あの輪は……?」
「あれは神話環ミソロジサイクルですね。樹齢がおよそ五千年を超えた聖樹が形成する架空質の器官です。森の精霊力の流れを調節・整流し、全体として整合性を持った思考、とでも言うべきものを紡ぎあげています」
「思考、とな?」
「はい。人族の語る、いわゆる「神」とは異なるものですが、精霊力の循環経路が、ひとりでに「意志」とでも呼ぶしかないものを宿したのです」
「その「意志」こそが、聖樹信仰の本尊であるか。」
「はい。我々は森に護られて在るのです。比喩でも何でもなく、そのままの意味で」

 二人の話を聞き、フィンは驚倒の念に打たれる。
 人の脳の神経細胞が電気を媒介として意志を紡いでいるように、オブスキュアの森は精霊力を媒介としたニューラルネットワークを形成しているのだ。
 なんて壮大で、なんて美しい神秘だろう。
 改めて、〈聖樹の大門〉を見上げる。
 何百本、何千本もの樹が寄り集まって融合し、ひとつの巨大樹を形成しているかのような形状であった。あまりに巨大すぎる根が、空中で大きく枝分かれし、まるで数本の脚で自立しているかのようだ。
 樹と地面の間に巨大な空間が開けており――そこに、奇妙なものがあった。
 水面だ。球状の水が、根と根の間に収まっているのだ。風に吹かれて、表面をさざ波が行きかうが、重力に従ってばしゃりと地面に広がる気配はない。
 見た所、ちょっとした湖ほどもある水量が、〈聖樹の大門〉の根元にわだかまっている。
 幹や梢の至る所から、普通の枝とは異なる、半透明の枝が伸びていた。周囲を漂う光の粒子を取り込んだり、吐き出したりしている。
 
「おお、〈虫〉が排除され、精霊力の流れが復活しています! これなら問題なく転移の門を開けるでしょう」

 近づくにつれ、リーネは喜色満面で言った。
 そこへ、咳払いが響き渡る。

「あー、おっほんおっほん、うぉっほん!!!! あー、あー、あー」
「…………」

 女騎士が半眼になって振り向くと、烈火がわざとらしく咳払いをしていた。

「んっんー、誰だったかなぁー? 〈虫〉を一撃粉砕してこの街を解放した最大の功労者である超天才ハイパーマッシヴイケメン大英雄って誰だったかなー?」
「うぐぐっ……」
「貧乳殿下は頭撫でてくれたけどなぁー? えっとぉー? そのお付きの騎士サマはぁー? なんかしてくんないのかなぁー?」
「うぅっ……そ、そんなこと言って、またキサマは安全日がどうのこうのと不埒なことを言うのだろうっ!」

 反射的に腰を捻って胸を庇うリーネ。しかしむにゅりと細腕の間から乳肉がはみ出していた。

「オーケーわかった。譲歩しよう。安全日は諦める。性感帯教えてくれ」

 ハルバードの石突が、烈火の股間を打ち抜いた。

「アゴゴゴゴゴゲゴゴゲガガガガガッ!!」
「もぉ~~~~~~~!! なんでそんなことばっか言うんだっ!! このっ! このっ! わたしを男性恐怖症にでもしたいのかっ!! 泣くぞ!! しまいにゃ泣くぞ!! いいのか!!!! わたしが本気で泣き出したら三時間はビエンビエンわめくからな!!!! いいのか!!!! このぉっ!!!!」

 〈異薔薇の姫君シュネービッチェン〉の柄で烈火を打ち据えながら、勇ましいのか情けないのかよくわからない脅しをかけるリーネ。

「ぐぎゃっ! でべっ! うわらばっ!」

【続く】

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