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しょうがないにゃあ!! しょうがないにゃあ!!

  目次

 ……選択のときが来た。
 人生で初めての選択を。
 少し身を離し、シャーリィの顔を正面から見た。
 勇気を振り絞らなければならなかった。これからするのは、相手に負担を強いるわがままなんだということは理解できていた。
 思わずぎゅっと目をつぶった。そうでないととても言えなかった。

「ぼく……ぼく、この世界に居たいっ! みんな死んじゃった元の世界には、戻りたくない、ですっ!」

 決定的な言葉。
 身勝手な、責務の放棄。軍人という殻を振り捨てて、フィンは最初のわがままを言った。

「だからおねがいしますっ! ぼくをここに置いてくださいっ!」

 怖かった。これで拒絶されたら、きっと自分は生きていけないだろうと思った。
 彼女が動く気配がした。こちらに近づいてくるのが、空気の動きで分かる。
 そして、かすかな吐息と、体温を感じた。
 滑らかな指が、フィンの前髪を掻き分け――おでこに柔らかく湿った感触が触れた。
 ちゅっ、と音を立てて離れてゆく。
 思わず目を開けると、姫君はなんだがちょっぴりいじわるそうな笑みを浮かべていた。

「で、殿下?」

 薄い唇が耳元に迫る。

 ――ひとつ、条件があるわ。

「な、なんですか?」

 くねり、と体をよじり、剥き出しの肩越しに小悪魔めいた顔が覗いた。

 ――殿下じゃなくて、お姉ちゃんって呼んで?

「え」

 混乱する。彼女の意図がわからない。それは年長の血縁者に対して使うべき呼称だ。
 シャーリィは、きらきらと目を輝かせながらじっとこちらの言葉を待っているようだった。

「お、」

 言いかけて、なぜか頬に熱を感じた。
 おねえちゃん、て。
 なんという遠慮呵責のない気安さか。彼女のような高貴な御方に対する敬意というものが感じられない。
 というか、恥ずかしい。今まで一度だってそんな言葉を使ったことなどないのだ。

「……あの、どうしても言わなきゃダメでありますか?」

 恐る恐る伺いを立てるが、少女は満面の笑みで頷くだけだった。
 うー、とひとしきり唸ったのち、フィンは意を決して口を開いた。

「お、ねえ……ちゃん……」

 カッと顔が火照る。思わず目を伏せようとして、シャーリィの唇が声なき言葉を発していることに気づく。
 顔が引き攣る。自分の言葉通りに復唱せよという意図は明らかだった。
 深呼吸をして気持ちを落ち着け、ほとんど上を見ながらフィンは大きな声で言った。

「ずっといっしょにいたいですシャーリィおねえちゃん!!」

 目も眩むような羞恥に、フィンはその場に崩れ落ちて悶えた。
 あとなぜかシャーリィも赤くなった両頬を押さえながらくねくねと悶えていた。
 あたかも熾烈な殴りあいの末に勝者と敗者が出来上がったかのような情景となった。
 やがて手を引かれ、シャーリィの胸の中に抱え込まれた。
 慎ましい胸のふくらみを頬に感じ、彼女の匂いに包まれながら、フィンは薄く目を閉じた。

 ――そこまで言うんじゃしょうがないなぁ。ずーっといっしょにいてあげるっ。

 クスクス笑うシャーリィの言葉に、言い返したい気持ちが芽生えたが、彼女に甘えたいという想いが断ちがたく、フィンはそのまま抱きついた。

 ――ちちうえ。ははうえ。ぼく、ここで生きていきます。

 両親を想う。神のもとに召された二人は、見ていてくれるだろうか。許してくれるだろうか。祝福して、くれるのだろうか。
 戦士としての死に場所をもって救いとするしかなかったちちうえと、それしかないとわかっていながら自らの思いを残さずにはいられなかったははうえ。
 二人の想いを、決して無駄にはすまいと胸に誓う。
 牙なき人々のために戦うことに、今でも迷いはない。だけど、同時にこの自分も幸せにならなきゃいけないんだと、素直にそう思える。
 フィンは、意を決して口を開いた。

「ギデオンどのも、そうなのであります」

 シャーリィは小首を傾げた。

「ギデオンどのも、最初から自分というものを勘定に入れていないのであります。常に誰かのためだけに戦っている。それは高潔なありようだけど、それしかないなんて、彼は救われない」

 その哀しい在り方を想う。彼は、自分の娘が自殺した事実を乗り越えられなかった。そしてその弱さを吐露できる相手もいなかった。
 否――いないと思い込んでいる。そうではないのに。女王シャラウはきっと打ち明けられればギデオンのいるところまで立ち返ってきてくれるのに。
 本当の自分をさらけ出せば、必ず拒絶されてしまうと、無意識のうちに思い込んだ。

「……ぼく、行かないと。ギデオンどのに言わなきゃいけないことがありますっ!」

 離れがたい気持ちをこらえ、フィンは立ち上がる。
 その手を、シャーリィは掴んだ。
 ぼんやりと神秘的な光を放つ両瞳が伝えてくる、決然とした意志。
 フィンはうなずく。止めようというつもりでないのは明らかだった。

「了解であります! 一緒に行くであります!」

 両手を彼女の背と膝裏に差し込んで抱き上げると、フィンは異相圧縮された全身の筋肉を力強く瞬発させ、風のように走り始めた。
 異形の魔城へと。
 お姫様抱っこ(事実)にて。

【続く】

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