(ほわんほわんほわんほわんほわん)
王家をかつて襲った悲劇を、シャーリィもまたあの時初めて知ったのである。
母が泣き止むまでずっと一緒にいたシャーリィだったが、やがて泣き疲れて眠ってしまったシャラウに布団をかけてやると、王城を辞した。
しばらく王都をぶらぶらと歩きながら、母の話を思い出し、こらえきれずに涙をひとつこぼした。
そして、確信を得た。たまに神統器が見せてくる奇妙な夢。あれは、第一王女シャロンの記憶なのだ。
夢は、いまだに結末までは至っていなかった。だが、シャラウの話が本当ならば、この後悲劇の全容がシャーリィの脳裏に再現されるはずである。
ぽろぽろと、涙をこぼす。それは、まるで自分の前途を黙示しているようであった。子を成せぬ女の末路は、それ以外あり得ないのか。
これから、どんな気持ちであの夢と向き合えばいいのか。
その瞬間、烈火とばったり出くわしたのだ。
「……あー……」
うわーめんどくせえ場面に出くわしちまった、的な心情を一切隠すことなく顔に出しながら、烈火は声をかけてきた。
「あのー、なに? 齢百四十三にしておねしょしたとか? そんで母ちゃんにバレたとか?」
どしっ、どしっ、とちいさなにぎりこぶしが烈火の腹筋にぶつかる。このところシャーリィの烈火に対するツッコミはさらに気兼ねがなくなり、チョップからぐーぱんちにクラスアップしていたのだった。
こぶしを打ち込みながら、シャーリィはさらにぽろぽろと涙をこぼす。
やがて手も出なくなり、両目を抑えながらしゃくり上げはじめた。
うわぁもうマジめんどくせえという情念が多分に込もった溜息とともに、シャーリィはひょいと首根っこを掴まれ、烈火の前腕に座らされたのであった。
「あのーなんかこう気にスンナ!! そういうの喜ぶ特殊な性癖の男もいるからでべっ!」
あほの顎を殴って口を閉じさせると、いいから黙って胸を貸せバカ野郎、と泣き腫らした視線で命ずる。
「……へいへい仰せのままに」
シャーリィは、烈火の服をぎゅっと掴んだ。雄大な胸板に頬をぺたりとくっつけ、しばらく身を震わせる。
母上は、どれだけの間、あの哀しみをこらえていたのだろう。
そして、自分も同じように子供が産めぬようになってしまったことを、どうやって知らせればいいのだろう。
そんなことを思うと、あとからあとから涙がこぼれて止まらなかった。
すぐそばで、また溜息が聞こえた。
「なぁオイ貧乳」
視線を上に遣ると、烈火はげんなりした顔で遠くを見ている。
「おめーってどういう動物が好き? いや、食い物としてじゃなくて、見た目が好きなのはどれだ?」
唐突な質問に、目をぱちくりとさせる。
よくわからないながら、こちらと目を合わせようとしない烈火の耳に、唇を寄せて、答えた。
「いのししぃ? 変な趣味だなオイ。うさぎとかリスとかあんだろうが」
そういわれても、ぶひぶひ言って土を掘り返しているイノシシのお尻とかけっこう可愛いと思うものだからしょうがない。
烈火はまたしてもため息をつき、ものすごく気の進まない様子で言った。
「毛糸をよこせ。大量にな。この超天才がスペシャルぷりちーイノシシを作ってやる」
何言ってんだこのあほは。
最初シャーリィは、まぁたこの男はテキトーなフカしをこきはじめたぞ、と呆れた目を向けるだけだった。
しかし、フカしでもなんでもなかったのである。
●
「で、そのイノシシくんが完成したのでありますか……」
その言葉を最後に絶句するフィン。
情景が想像できない。
「えっと、あの、それは、つまり? レッカどのが? ひとりで? にやにやと? 毛糸を編んだのでありますか?」
「別ににやにやとはしてねえよ!!!!」
「レッカどの、それはさすがに公序良俗に反する行いでありますよ……」
「さっきからテメーのその無闇に深刻な口調がマジでムカつくんだけど!!!!」
「編み物、得意なのでありますか?」
「……まーな」
「その、何か過去につらい経験でも?」
「なんで編み物やってると過去にトラウマ抱えて心が歪んだ奴みたいな扱いをされなきゃなんねーんだ殺すぞ!!!! 見ろよこのアルティメットぷりちーイノシシを!!!! めっちゃキュートだろうが!!!!」
「お、おう……」
眩暈がしてきた。
手の甲を額に当て、とにかく気を落ち着かせる。
実際イノシシくんはめっちゃキュートではある。抱き締めたらきっと幸せな気持ちになることだろう。
そして、自らの頭に湧き出たその考えを、フィンは我ながら良いアイディアなのではないかと思う。
「レッカどのレッカどの」
「あぁ?」
「小官にも編みぐるみのやりかた教えて欲しいであります」
「テメーさんざん煽ってきたくせに自分はやるのかよ!!!!」
「だってレッカどのが編み物やったらアウトでありますけど、小官はセーフだと思うであります」
「それが人に教えを乞う態度か!!!! 授業料百億万ペリカな」
「えぇー……」
そういうことになった。
わたしもわたしも! とばかりにシャーリィが手を上げてぴょんぴょんしている。
「えへへ、いっしょに頑張るでありますっ!」
手を握り合って一緒にぴょんぴょんした。
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