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朽ちゆく理想郷

  目次

「あァ? つづくんじゃねーの?」
「続かんよ。貴様ら下等なる人族の視点からすれば永遠も同義であろうが、それでも数世代先にはもはや王国はこの地の実効支配を失う。確実に、だ」

 手の中に黒き神統器レガリアを呼び戻し、一閃。
 腕を切断される前に烈火は一歩下がっていた。

「森は切り開かれ、耕作地となり、エルフ族は人族の隷下におかれるであろう。そうなる前に、より望ましい形で帝国に吸収されること。それこそが私の目的だ。これは種族の文化と尊厳を護る戦いである」
「おい」
「何だ」
「てめー、それを一言でもあのモヒ……シャラウに言ったか?」

 思わず、息を呑んだ。自分でも予想外なほど、その指摘はギデオンの急所を射抜いた。

「まず説得を試みろやァーッッ!!!! 馬鹿ですか君は!!!! 女王でしょうがァーッッ!!!! なんでそういうことひとっことも相談なしにやっちゃうのアホかテメェーッ!!!!」

 それは、烈火の発言の正しさを認めたからではない。
 今、ギデオンの胸を掻き乱しているのは、「説得が可能だったのではないか」などという思考ではない。
 説得が不可能なのはわかりきっている。森を捨てて帝国で生きろなどと、エルフたちは誰一人として承服すまい。だから力づくで追い出すしかなかった。
 そうではなく、シャラウに会って説得しようという発想が己の中にちらとも浮かばなかったことに、ギデオンは衝撃を受けた。
 それは、つまり、なんだ。

 ――恐れて、いるのか。

 最愛のひとに会うことを。自らの経験を話すことを。
 今の自分を、見られることを。
 彼女に・・・拒絶されることを・・・・・・・・
 悲鳴を上げられることを。恐怖と嫌悪に満ちた目で見られることを。
 そうなることが容易く予想できたから。
 そうなったら、きっともう立ち上がることはできないだろうから。
 だから表に出てくることを厭い、だから仮面を身に付けて正体を秘匿した。
 自分の弱さから目をそらすために。

 ――惰弱。なんたる惰弱。

 自分から捨てておいて、今更拒まれることを恐れるとは。どれだけ身勝手な男なのか。
 やり切れぬ思いを振り切るように、黒き魔剣を構えた。
 断固として行動せねばならない。それだけが、シャロンの魂に報いる道であった。

 と――その瞬間。

『黒神。まだ生きているか? こちらで対応策が完了した。時間稼ぎご苦労。』
「あ? もういいのけ?」
『うむ。世紀末空間を解除したまえ。』

 はっと息を呑んだ時にはもう遅かった。
 風景が、一変する。
 荒れ果てた荒野から、底知れぬ闇を湛えた湖へと。

「むっ」
「おっと」

 霊体化して落下を免れる。〈道化師〉はそのまま浮遊していた。
 派手な水音が二つ上がる。
 黒神烈火は水没したようだ。水飛沫はかなり遠い場所であった。世紀末空間での位置関係は、現実とは一致しないのか。

「あびゃびばばばばぼぼっ」

 しばらくもがいていたが、闘気を噴出して水中を突き進み始める。後には無数の気泡が残された。向かう先は同じく水中でもがいているリーネ。彼女の両脇を抱えて水面に顔を出し、「屁じゃねーからな!!!!」どうでもいい捨て台詞を吐きながら、黒神烈火は再加速。岸辺に到達し、森へと分け入って行った。

「逃がしたね」

 少年の声には、多少非難の響きがあった。

「過ぎたことを言うつもりはないけど、あなたはもう少し冷徹な人だと思っていたよ」
「……わかっている。次はもう敵の言葉に動揺はしない」
「そう願いたいところだ。とにかく黒神烈火と鵺火総十郎は絶対に殺さないといけない。頼むよ、本当に」

 〈道化師〉は上昇し、周囲を見回した。
 赤黒く変色して禍々しく歪んだ王城を背景に、青々とした巨樹が梢を広げていた。まったく相容れない物が同時に視界に入っている。どこか眩暈のする光景だった。

「煉獄滅理の拡大が止まっているね。どういう原理かはわからないけれど、ヴォルダガッダの法が支配しているのは現状湖の上だけみたいだ」
「……縄を用いた結界呪法だろう。我々がさっきの異空間で戦っている間、湖を囲む樹々に縄を巻き、まじないを込めたのだ」
「え、歪律領域ヌミノースも堰き止められるの?」
「王国全土を浄化の法で覆い尽くす力を持つのだ。何が起こっても不思議ではなかろう」
「ったく底知れないなぁ、ヤビソー氏は……」

 肩をすくめ、ため息をつく〈道化師〉。

「……で、どうする?」

 煉獄滅理で森を地獄に変え、エルフたちを追い出そうという目論見は潰えた。
 だが、ギデオンとしては別の思案があった。

「……王城は森の精霊力網の中枢だ。ここを抑えていれば、森の意志は停止する。〈聖樹の門ウェイポイント〉は機能しなくなるし、禁猟指定や出産権の授与にも支障をきたすはずだ。暮らしが根本的に立ち行かなくなる以上、奴らはここを奪還せざるを得ない」
「そこを迎え撃つ、と。やれやれ、後手に回るのは嫌なんだけどなぁ……」

 システムメッセージ:サブキャラ名鑑が更新されました。
◆銀◆サブキャラ名鑑#6【ギデオン・ダーバーヴィルズ】◆戦◆
 六百七歳 男 戦闘能力評価:A+
 〈鉄仮面〉。最高位アンデッド。元オブスキュア王夫。
 大規模なオーク侵攻の首謀者。オブスキュアはロギュネソスの属州となるべきであるという政治的主張のもとに、オーク侵攻によってロギュネソスの介入を誘発し、そのまま併合させようとしていた。自らの第一子であるオブスキュア第一王女シャロンが、我が子を喪った悲痛から命を絶った経験より、調和を重んずるあまり個々人の幸福を軽視する現体制に違和感を持ち、出奔。エルフ社会に子を成す自由をもたらすために暗躍する。オブスキュア史上最高峰の剣士であり、しかも帝国で神統器〈黒き宿命の吟じ手カースシンガー〉に選ばれる。加えてレイスロードとしてアンデッド化しており、霊体化や瞬間移動といった能力までも使いこなす。
 所持補正
・『カリスマ』 自己完結系 影響度:A+
 理屈では説明しがたい威厳。ギデオンと相対した者は、言葉にできない荘厳な感銘を受け、彼に従いたくなる。広い視野と高い志と深い寛容さを併せ持った者のみが到達しうる境地。重厚に積み重なった人生経験と、威厳に満ちた風貌により、オークすらとりあえず話ぐらいは聞くかという気にさせられる。
・『■■の■■』 因果干渉系 影響度:■
 ■よりも■■きがゆえに、■する■たちから■く■れた■を■るさだめ。■に■ずる■り、あらゆる■■の■■が■■に■■する。
・『■■が■■を■かつとも』 因果干渉系 影響度:■
 ■■ただ■■の■を■し、その■を■って■するさだめ。

【続く】

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