永遠の森に安らう大輪
「……時間はまだある。ギデオンどのと〈道化師〉くんを排除したのち、ゆっくり考えると致そう。」
「排、除……?」
「然り。排除――より直截に言うならば抹殺である。」
あえて強い言葉を使う。女王の眉目が、悲痛に歪んだ。
「あの人を、殺すのですか……?」
「王城を奪還しようと思うなら、それ以外にあるまいと考えてゐる。……小生としても、和解という形で決着をつけたかったが、空間転移能力を持つ幽鬼王を拘束する手段は残念ながらどうしても思いつかなかった。そして何より――」
ちらと横目で天幕の中を見る。
フィン少年が、敷かれた布の上に身を横たえていた。
底知れぬ虚無の瞳から、ときおり冷たい涙がこぼれてゆく。
まるで壊れた人形だった。枕元に座って看取っているシャーリィが、痛ましかった。
「彼はフィンくんの心を殺した。とうてい許すわけにはいかぬ。」
「それは……」
目に涙を溜め、女王は総十郎を見上げた。
悲しみに打ちのめされていたが、しかしその奥底には強い意志があった。
「ならば……ひとつ、お願いがあります」
「伺おう。」
「わたしも連れて行ってください」
「……御身は貴き立場のはず。軽々しく死地に足を踏み入れるなど、無責任の謗りを免れぬと考えるが。」
「いいえ、わたしが赴くことは、王国を救う最善の手です」
「ふむ?」
シャラウが手を開き、掲げると、そこに厳かな光が吹き溜まり、やがてひとつの王錫が出現した。杖は幽骨にも似た滑らかな質感であり、有機的な曲線美を宿している。先端には薔薇のごとき緻密で繊細な造形の結晶細工があり、神威の燐光を放っていた。
「我が神統器にして王国の権威の象徴――〈永遠の森に安らう大輪〉ですわ」
「確か、ひとりにつき一度だけ、絶対的な命令を下せるとか。」
「ご存知でしたか。ギデオンにはすでに使ってしまったので無意味ですが――〈道化師〉さんにはいまだ有効です。これをもって王国からの永久追放を命じます」
断固とした、しかし渋いものを呑んだ声であった。その力を使うことに、強い抵抗感を持っていることがうかがえた。
総十郎は、ひとつ息をつく。その神統器で小生に命じれば良いのでは――とは言わなかった。それは彼女への侮辱と言うものである。
「承知した。もしかしたら、ギデオンどのもあなたの言葉には耳を傾けるかもしれぬ。」
「……はい!」
「それから――その、陛下。ひとつ提案がある」
「提案、ですか?」
「小生自身、このようなことを持ちかけるべきなのか、かなり悩んだ。どう考えてもオブスキュア王国に不可逆の変化をもたらす提案であり、異世界人たる小生の分を大きく超える。ヱルフの命が不当に脅かされているときに力を振るって助けることに躊躇いはないが、しかしその社会に異世界伝来の技術や思想を植え付けるのは非常に傲慢かつ歪みをもたらさずには済まない愚行であると考えてゐる。ゆえに、提案を拒否していたゞいてもまったく構わない。」
「ひとまず、聞きましょう」
「……うまくすれば、ギデオンどのを説得する材料になるやもしれぬことだ。」
シャラウは、目を見開いた。
●
シャーリィ・ジュード・オブスキュアは、涙を湛えた碧眼で、フィンを見下ろしていた。
どこか――病で死にゆく仔犬を、成すすべもなく看取る気持ちだった。
何もできない。何も。
明るく、素直で、生真面目で、照れ屋で、かわいらしい男の子――そうした無垢な心が、目の前で死のうとしている。
なのに、見ていることしかできない。
すでに抱きしめて、頭を撫でて、慰めてみた。だけど――何の反応もなかった。彼にはもう、こちらの言葉が届かない。世界と関わることを、あきらめてしまったから。
――フィンくん。
手を伸ばし、冷たい雫の伝う頬に触れる。
あなたともう、お話できないの? もうかわいい笑顔を見せてはくれないの? 一緒に森を歩いて、動物たちと遊んだり、二人で星空を見上げたり、川で洗いっこしたり、頑張ってけろぴーくんを作ったりできないの?
――やだよ……そんなの、やだ……
涙で視界がぐらぐらする。そうして泣いてしいそうな自分自身を嫌悪した。
彼は泣くことすらできなくなったのに。
今、フィンの頬を濡らしているものは、断じて涙なんかじゃない。魂が溶けて、流れ出ているだけだ。
どうしよう。どうすれば。何とかしなければと思うのに、なにひとつできない。今ほど無力を感じたことはなかった。
「はぁーよっこらセックス!!」
……隣で烈火がどっかりとあぐらをかいた。
「おう貧乳。腐ったウジムシを見るような視線ありがとよ」
親指を立てて前歯をフラッシュしてきたので、とりあえず殴った。
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