気泡エレベーター
「ほら、座って。ちょっと慣性くるから、立ってたら危ないわよ?」
「こ、ここは何の部屋でありますか?」
「部屋、というか、気泡? たった今出来上がったものだから、特に何の部屋というわけでもないけど……」
シャーリィがぽてぽてと進んで行って、腰掛けの一角にえいやっと座り込んだ。そしてみんなを手招きする。
意を決して、一同は後に続くのだった。
全員が席に着くと、入り口が滑らかに閉じ、直後にわずかな慣性を感じた。
この部屋自体が螺旋状の根の中を移動しているのだ。
それにしても、不思議な座り心地である。直感的には硬い、と感じるのだが、ほどなくその違和感は消えてゆく。
フィンが少し尻をずらして見ると、座っていた箇所がおしりの形にへこんでいた。体重が一か所にかからないように変形しているのだ。
「十分くらいで王城の中に辿り着くわ。それまでは寛いでて」
「おーい、飲み物とかでねーの?」
「まったく厚かましい奴だなお主は。」
「城の部屋についたら歓待の準備くらいされてると思うわ。それまでは我慢してて」
「じゃ窓! 窓開けてくれ! 景色見てーぞ!!」
「子供か!」
「うーん、それもちょっと……窓を作るのは簡単なんだけど、作ったまま移動するというのがけっこう難しくて……」
「んだよつまんねーなオイ」
「な、なによもう! 失礼しちゃうわ。ねえフィンくん、あの大男ってホントに強いの? なんか武を極めた者の厳かさみたいなものをまったく感じないんだけど」
「……残念なことに……とんでもなく強いのであります……」
「まあ、間違いなくこの場にいる誰よりも強いであろうな。」
「世も末だわね……」
「それでもこの少年……〈道化師〉の前では完全に無力でしたけどね」
一同の目線が、腰掛けの一部を占めて眠っている〈道化師〉に注がれる。
「一応、全身を縛って猿ぐつわを噛ませては見たのですが……王城の中に入れて大丈夫なのでしょうか?」
リーネが少し不安げに言う。
「あの停止能力は多くても三つの対象にしかかけられぬ。仲間と連携されたらこれほど恐ろしい能力もないが、彼たゞ一人ならばさほどの脅威ではないさ。」
「とりあえず身ぐるみ全部引っぺがして屈辱的な格好に縛りあげようぜ!!」
「ぶぐぐっ!」
「リーネどの……いさゝか節操に欠けるぞそれは……。」
「ち、ち、ちがっ! そのような捕虜に対する非人道的な扱いに対して義憤あまり血を滾らせてしまっただけで……!」
「こいつフィンの水浴び覗いて鼻血を出し、ロリコンの水浴び覗いて鼻血出し、俺の水浴び覗いて鼻血出してたよな!!!! まったくとんだ痴女もいたもんだぜ!!!!」
「なっ、なっ、の、覗いてないわぁっ!! というかキサマの場合は自分から見せつけてきたんだろうがーッ!!」
「待て/\、小生の件に関しては否定しないのかね?」
「いや、あの、それは、あの、じ、事故というか、別に衝立も何もないのですから、まぁその、意図せず視界に入ってしまう可能性もなきにしもあらずといいますか……と、とにかく違うのですっ! 信じてくださいっ!」
「いや、まぁ、別に覗いても構わぬのだが、小生あなたがそのうち貧血を起こさぬか心配である。」
「というより、リーネどのはどうして裸を見ると鼻血が出てしまうのでありますか? どこかご病気なのでありますか?」
「う、うわああああんでんかああああああああ! みんなリーネをいじめますううううううううう!!」
シャーリィに泣きついてよしよしされる爆乳女騎士(笑)であった。
そんなこんなで十分経過し、部屋が減速しにかかった。
「そろそろ到着ね。危ないから立ち上がらないように」
「了解でありますっ」
やがて慣性が消え、部屋は停止したようだった。
気泡が弾けるさまをスロー再生したかのように、壁の一角が円形に口を開けた。
そこには――広大な空間が広がっていた。
「おぉーっ!」
フィンが歓声を上げて、ぴょんと立ち上がった。
そこは、架空質のカーテンが幾重にも折り重なり、まるで巨大な薔薇が大輪を咲かせているかのような光景が広がっていた。
半透明の薄膜が織り成す眩惑的な色彩の変化に、フィンは瞬く間に魅了される。
目に見えるだけで触れられない架空質だが、この花弁のような膜には神秘的な紋様が刻まれていた。エルフたちは架空質を造形する何らかの技術を持っているのだろうか。
一行が部屋から出ると、半透明の花弁は左右に退き、一本の真っ直ぐな道を形作った。
――その先に、美しいものがいた。
フィンは最初、それが玉座に腰掛ける人影だということに気づかなかった。あまりに神聖で、あまりに荘厳で、あまりに繊細で、あまりに悠大だったから。
故郷の世界の信仰は、神の像を作ることを禁じていたが、しかしこれが神の姿だと言われれば信じてしまいそうになる。
シャイファと同じ翡翠色の髪が、ゆるく波打ちながら流れている。
ぼんやりとしたエメラルドの光が宿る瞳は、古い湖のようにゆったりと揺れながら、こちらに微笑みかけていた。
爽やかな新緑色に染め抜かれた絹のドレスで、滑らかな乳白色の肢体を包み込んでいる。
ぱっと表情を明るくして、シャーリィが玉座の女性へと駆けて行った。
「まぁまぁ」
女性は困ったような、花開くような笑みを浮かべ、玉座から立ち上がる。
その動作だけで、なにか世界が連動して動き出すような、底知れぬ重みを感じた。一挙手一投足に人の目を奪う気品があった。
シャーリィがぶつかるように抱きつくと、二人はくすくす笑いながらくるくると回る。
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