ドーパミン不足【ADHD母子】刺激を求めて東大受験2026 ~サクラ咲くか?~
東大受験までの道のり
共通テスト当日の次男(東大受験生)の様子
「前期で全落ち」長男の大学受験は悪夢だった
実は2年前、長男の大学受験で、前期の国公立と私立を諸々10ヶ所ほど受けて全落ちするという苦い経験をした。
全落ちが確定したとき、長男のメンタルが崩壊して部屋に引き籠ってしまった。
そのまま浪人したら浮上できずに長男の人生は終わると思った。
長男は引き籠って話を聴いてくれなかったけど、長男の学力で合格できそうな大学を徹底的にスクリーニングして後期で出願しまくった。
Fランでもどこでもいいから、とりあえず現役合格で進学して、嫌なら仮面浪人したらいいと思った。
3月前半は、ほぼ毎日どこかで受験していた。
飛行機で本州から離れた地方での受験ツアーもした。
結果・・・
後期では前期よりも偏差値が高い私大にも軒並み合格した。
第2志望だった遠方の国公立大にも合格した!
だけど、年度末の繁忙期で、私の仕事は山積み状態・・・
合格発表から入学式まで10日ほどで、遠方の見知らぬ土地で、部屋探しや引っ越しをする気力体力は残ってなかった。
長男と相談して、自宅から電車通学もできるアクセス抜群の名古屋の中堅私大に進学を決めた。
高3長男「大学で人間関係をリセットしたい、できるだけ遠くの大学に行きたい」
時を戻して、長男が高3になった春、当時の長男の学力に合う第一志望だった地元の大学に、絶対に進学したくない!と言い出した。
何があったか知らんが、とにかく人間関係をリセットしたいので、できるだけ遠くの大学に進学したい!と、突然に言い出した。
それで計画が大きく変わった。
遠方の大学に進学するなら1人暮らしでコストが跳ね上がるから、授業料の安い国公立大か、就職に強くてコスト回収できるような有名私立大に行くしかない!って話になった。
当時の長男の実力よりも上の大学を目指すことになった。
その時、2学年下で高1だった次男は、兄が浪人したら自分の受験の妨げになる、と焦ったらしい。
次男は、2年後に自分が受験に集中できる環境を整えるために、長男の受験を徹底的にサポートすると決めた。
それから約半年間、次男が長男の受験のために共通テスト攻略法を考え、学習スケジュールを作り、学習の進捗管理までしていた。
会社の会議室が「寺子屋」
次男の提案により、夏休み中は高校生の息子2人を連れて出勤して、会社の会議室で勉強させていた。
私はアメリカの大学に留学していたこともあり、英検準1級で、元英会話スクール講師だったので、息子達に時々呼ばれて英作文の添削をしたりして、会社が「寺子屋」のように機能していた。
そして夏休み後の模試では、長男が偏差値を10~15ほど上げて、国公立大や有名私大も狙えるほど学力が上がり、先生も驚いていた。
次男も英語が得意に!
高1の夏に受験生の兄と一緒に会社の「寺子屋」で勉強したことで、次男の学力も上がった。
特に英語が伸びた。
大学受験に必要な英単語を覚えて、長文がスラスラ読めるようになった。
その時を境に、模試の英語は常に偏差値70を越えるようになり、英語だけはほとんどノー勉で受験期を過ごした。
リスニングも、海外ゲーマーの実況動画を視聴していたら、アメリカ英語もイギリス英語も完璧に聴き取れるようになったらしい。
英語を制する者は大学受験を制す!
高1の夏休み「寺子屋」シーズンを終えてから、次男の模試での成績が爆上がりした。
当時の次男は名古屋大の情報学部が第一志望で、早々にA判定が出た。
3者面談で担任の先生に「もっと上を目指すべき」と言われた。
本人は「学歴に興味ないので(会社継ぐから)別に三重大でもいいです」と言って、進学校の先生を困らせていた。
受験勉強をゲーム感覚で楽しむ次男
先に謝ります。
名古屋大学の学生さんや卒業生と関係者の方々、本当にごめんなさい!
ほとんど対策してない模試で、高1の秋から名古屋大情報でA判定が出て、スリルを求めるADHDの次男は「つまらない」と感じてしまったらしい。
高2の春から、京大工学部情報か東大理一を目指すことにした。
近年はDX人材の需要が高まってるせいで、情報学部の人気がインフレを起こしていて、京大の工学部情報学科と東大理科一類の難易度がほぼ同じになっていた。
情報を学びたい次男にとって、東大は「進振り」制度があるため、希望の学部に進めない可能性があることを懸念していた。
進振り制度とは、1年生と2年生の途中までの成績を元に、3年生からの進学先を決めることができる制度である。
東大の誇る「リベラル・アーツ教育」の一環であり、大学入学後、いきなり専門分野に囚われることなく、興味を持ったことは何でも広く学ぶことができるようになっている(レイト・スペシャリゼーション)。一方でこの進振り制度、歴史的には、第一高等学校(旧制一高)から東京帝国大学への進学に対応する制度であることからも分かるように、その競争は熾烈を極める。しかし進振り制度があるおかげで、東大合格後も学生は互いに切磋琢磨し合い、自ずから研鑽を積むことができる、とも言えるだろう。
高校生の段階で自分の志望が決められなかったモラトリアムな東大生は、大抵、進振りが間近に迫っても自分の志望する学部学科をなかなか決められないというジンクスがある一方で、入学時に思いもしなかったような学部学科へ進学してしまうような例も結構見られる。それが進振りなのだ。
希望の学部で学べなくても、国内トップの大学には国内トップの教授や学生たちがいるだろう。
頭のいい人達から刺激を受けたい!
入学してからも追い込まれた方がヤル気が出る!
次男はそんな風に思ったらしい。
私はスリルがないと無理なのだ。
スリルのないサラリーマン人生では生き地獄なのだ。
事故死せず、なるべく人に迷惑をかけず、スリルを求める自分を満たし続けて、人生を全うするためには、会社経営をするしかない。
本当は、普通にサラリーマンできる人が羨ましい。
リスクを取らなくても、平凡で安定した生活に満足して生きられる人が羨ましい。
それからはゲーム攻略のように勉強を楽しむようになり、受験勉強にのめり込んで、どんどん成績が上がっていった。
高3春の模試で京大工学部がB判定、東大理一でC判定が出た。
合格率5割程度まで登ってきた!
そこできっぱり、京大ではなく東大理一の現役合格を目指す事に決めた。
長男の大学受験時、2次試験の前期日程で、試験会場の近くのホテル(ツインルーム)が軒並み満室で、遠くのホテルに宿泊するしかなくて苦労した。
なので、2026年の前期日程が公表されてすぐに、東大の入試受験会場(本郷キャンパス)に徒歩で行けるホテルを予約した。
併願ゼロ「背水の陣」で燃えるADHD
今年1月の共通テストを終えて、自己採点の結果、東大理一の「足切り」は免れ、ほぼ間違いなく受験できることが確定した。
ここまできたら、完全に東大しか考えられなくなったようだ。
「早慶に受かっても東大に落ちたら浪人する」と言い出した。
だったら私立を受験するのはお金と時間の無駄になるってことで、本当に東大理一にしか出願しなかった。
次男の周りで私立に併願しなかったのは次男だけのようで、担任の先生はショックを受けていらしたようだ。
お世話になった先生方には、私立の合格実績に貢献できなくて申し訳ないです。
追い込まれてナンボのADHD次男をお許しください。
受験直前、東京の住まい探しで苦戦
受験直前は当然ながら次男は勉強に集中していたので、私は夜中の2時~3時頃まで、夜な夜な、次男が東京で一人暮らしをするための賃貸物件を探していた。
東京の路線図やワンルーム賃貸事情にやたら詳しくなった。
ところが、大きな勘違いをしていた。

契約寸前でキャンパスが違うことに気づいてキャンセルしたが、危なかった。
東京は大学が多くて、地方から上京してきて一人暮らしで通学する学生も多い。
ほとんどの私大は合格発表が終わっていて、ぜんぜん良い物件が残ってなかった。
部屋探しは、受験してから考えることにした。
それにしても、東京の家賃は本当に高い。
家賃が名古屋の2.5倍くらいなので、国立で授業料が安くても、東京で一人暮らしの家賃を合わせたら、名古屋の私大に通う一人暮らしの長男よりも年間コストがかかることに、受験直前になって気づいた。
受験前夜
試験の前日、2月24日の夜、私と次男は東京のホテルに到着した。

本当はもっと早く出発して、明るい時間に到着して、試験会場を下見する予定だった。
ADHDの私と次男は、案の定、準備でダラダラしてしまい、出発時間が大幅に遅れてしまった。
東京に到着する頃にはすっかり日が暮れて、電車が混雑するラッシュアワーに重なって、ぐったり疲れてしまった。
ホテルに着いてすぐに次男が「疲れたから(試験会場の)下見に行くのやめよう。今日はしっかり休んで、明日の朝、早く出発したらいい」と言い出した。
受験は受験生が「主役」である。
「主役」の意見を尊重して、その日はホテル内のコンビニで夕飯を買って部屋で食べて早く休むことにした。

次回へ続く
