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セルフマネジメントの到達点としてのフィロソフィー:常理を否定する非合理の発想(シン・マネジメントの教科書)

「河童の目線で人世を読み解く」市井カッパ(仮名)です。
「すべての組織と人間関係の悩みを祓い癒し、自然態で生きる人を増やす」をミッションに社会学的視点から文章を書いております。

御覧いただき、ありがとうございます。

noteのできるだけ毎日更新を実践しています。現在の曜日ごとのテーマはこちら。火曜は「シン・マネジメント論(連載)/リーダーシップ・経営」のテーマとなります。このテーマは新しいマネジメントの教科書を作るつもりで、じっくりと書き続けたいと思っています。

なお、この連載では、マネジメントの定義について、下記のように定義しています。

マネジメントとは、自然状態で放置しておくと手に入れられない理想的な成果を得るために、人が意志を持って働きかけを行うことである。

前回の記事はこちらです。

前回は、なぜ、マネジメントには philosophy の観点が必要なのか、ということをお伝えしたいがために、 philosophy の元の意味は今の日本人の多くがイメージする「哲学」という大学の学問分野のひとつではない、ということをまずはお伝えするために、長い文章を書いてしまいました。

今回はこの話を受けて、戦略分析の大家、三品和広先生の研究成果が示しているマネジメントやリーダーシップのあるべき姿について語ります。

今回は主にこちらの書籍の内容を紹介していきます。

この本は一見すると、抽象的な戦略論について書かれた本のように見えますが、実際の三品先生の着眼点は違います。そのポイントを最も示していると思われる部分を引用してみます。

これまでの戦略論は、戦略という概念そのものを対象とするあまり、戦略を 司るヒトの問題をなおざりにしてきたのではなかろうか。逆に企業で働く人た ちは、顔が見える特定の個人にすべての問題を帰着せしめる傾向が強かったと思う。本当の障害はどうもこの両極の中間、すなわち固有名詞を外した「ヒト」にあるというのが本書の着眼になる。

三品和宏『戦略不全の論理』P.22

経済学においては、企業の戦略における成功は差別化にある、とされているようですが、これに対して、三品先生は下記のように書いています。

一言で言えば、差別化を効かした事業を造りなさいということになる。これは、言うなれば場外ホームランを狙うこともまた同じである。当たれば大きいことは確かであるが、技術の開発や市場の発見で他社に先行することがその前提となっている。実際に当てるのは難しい。

三品和宏『戦略不全の論理』P.160

これに対して、三品先生は、「異質化」という言葉を用いてこのような説明をされています。

「異質化」とは、「似て非なるもの」を作り出すことである。経営戦略の真 の要諦は、ここにある、必ずしも物理的にモノを変える必要はない。むしろ物理的なモノは忘れて、その背後に控える全体の合理性や全体の合目的性を見直すことこそが成否の鍵を握る。これに成功すれば、隣接市場と間接的な競争に巻き込まれるだけの市場を新たに生み出すよりも、効果ははるかに大きくなる。 演繹的なフレームワークの下で帰納的に現実を検証すると、そういう結論にたどり着くのである。

これに対して「差別化」とは、「明らかに異なるもの」を作り出すことであ る。異なれば異なるほど、代替関係、そして競合関係が弱くなるので、良いと ととされる。けれども、明らかに異なるものを作り出すことは先述のように難しい、それでも差別化を奨励すると、色を変えただけ、または形を変えただけ というモノがあふれかえることになるのである。差別化自体は望ましいことに違いないが、それを狙いすぎるとおかしなことになりかねない。

三品和宏『戦略不全の論理』P.163

わかりやすく言い換えると、市場や顧客の認知上で「似て非なるもの」に見えるような状況を作り出すのが「異質化」であり、「差別化」はそもそもモノが違う、というものと言ってもいいかもしれません。そして情報が溢れるこの世の中で、「差別化」で勝とうとする戦略というのはなかなか難しい。

この難しい状況の中で「異質化」を実現できる存在こそ、優れた経営者と言える人なのであって、そのためにはそのための「事業観」が必要だと三品先生は言います。

事業観とは、こうした体系の階層を網羅する概念にほかならない。それはビ ジネス一般に関する意味解釈の体系から始まり、何をどうするとどうなるとい う因果関係の体系、そして何は何よりも大事かという優先順位の体系に発展し、最後はこの事業はどういうビジネスなりきという事業認識の体系、そしてわれわれの事業はいかにあるべしという確信命題の体系を含む(中略)。事業観とは、この全体のことを指している。

三品和宏『戦略不全の論理』P.171

経営者に「この事業はどういうビジネスなりきという事業認識の体系」のレベルの事業観しかない場合には、過去の歴史を踏襲することしかできません。守ることはできても攻めることはできない。しかし、「われわれの事業はいかにあるべしという確信命題の体系」レベルの事業観があって初めて、「異質化」の戦略を取ることができるのです。

では、その「われわれの事業はいかにあるべしという確信命題の体系」というのはどういうものなのか、もう少し三品先生の言葉を引用したいと思います。

事業の基本認識は、言うなれば戦略の土台である、その上に「この事業はこ ういう形にすれば収益ポテンシャルが最大になるはずである」という確信命題 が乗って初めて本物の戦略になる。その確信命題は、何が合理かという一般理解を塗り替える発想を含まなければ、わざわざ確信命題と呼ぶに値しない、常理を否定する非合理の発想があってこそ異質化につながるのである。

三品和宏『戦略不全の論理』P.297

この部分は私がこの本の中でいちばん好きな部分でもあるのですが、「異質化」戦略を実現させる経営者には「常理を否定する非合理の発想」が必要である、というのがこの本の結論になっています。

逆を考えてみましょう。「常理を肯定する合理の発想」という言葉は、単に合理的な発想、というだけの意味になります。これはすなわち、誰でも考え付きそうなアイデア、とも言えるかと思います。普通に考えたらそういう結論になるよね、という戦略は、少なくとも勝てる戦略ではありません。なぜなら、競合が居た場合には、その戦略は透けて見えるからです。そこには「異質化」の実現は、当然のようにありません。

この話を受けて、最近の例で思い出したのは、トヨタ自動車の豊田章男さんの言動です。2016年9月に開催されたパリモーターショーにおいて、ダイムラー社(現メルセデス・ベンツグループ)が発表した中長期戦略の中で用いた「CASE(Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared&Services(カーシェアリングとサービス)、 Electric(電気自動車))」という戦略があり、これに世界中が踊らされました。ヨーロッパでもアメリカでも日本でもEVは環境に優しくてガソリン車は環境に悪い、ということで、電気自動車に補助金を出していた時代に、それは間違いである、という姿勢を貫きました。2025年12月に、欧州連合(EU)の執行機関の欧州委員会は、ガソリン車とディーゼル車の新車販売を2035年までに禁止する計画を見直すと発表しました。

「合理的」に考える人々、特にガバメントセクターの人はすっかり騙された格好となりました。しかし、戦略に考えられる人、つまりは「常理を否定する非合理の発想」ができる人には、この未来が見えていたのだと思います。

ここまでの話はあくまでも企業レベルの話のように読めるかと思います。しかし、これは個人のセルフマネジメントでも同じことです。そして、個人レベルになった場合、「事業観」という言葉は「人間観」という言葉に置き換えができるように思います。

では、どのようにすれば、「常理を否定する非合理の発想」ができるようになるのか?

それが前回、お話しした philosophy と science の話に重なる、ということをお伝えしたかったのです。

合理、というのはつまりは、science の話です。
そして、その「常理を否定する非合理の発想」は、philosophy から生まれるのではないか?

というのが、今回の結論です。

次回からはこの話に続いて、philosophy がある人と無い人の例、という話を展開していきたいと思います。

現場からは以上です。お読みいただき、ありがとうございました。面白かった、参考になった、という方は是非、高評価いただけると嬉しいです。フォローも大歓迎です。

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