見出し画像

哲学ってなんだ?

「河童の目線で人世を読み解く」市井カッパ(仮名)です。
「すべての組織と人間関係の悩みを祓い癒し、自然態で生きる人を増やす」をミッションに社会学的視点から文章を書いております。

御覧いただき、ありがとうございます。

noteのできるだけ毎日更新を実践しています。現在の曜日ごとのテーマはこちら。土曜は「想像と哲学の日:河童・妖怪・幻想/AI・都市伝説」のテーマとなります。今日は哲学のお話です。しかも、そもそも哲学とか思想ってなんなん?というとりとめのないお話です。

先日のこちらの記事で紹介した原稿を書く際に、井上円了先生関係のものを読ませていただいたのですが、井上円了先生がもともと東本願寺系のお寺の息子で、東本願寺からの奨学金で東大で西洋哲学を学んだ、と知って、へーと思いました。

その後、哲学についてもっと一般の人が知るべき、と思って、東洋大学の元となる学校を作ったり、もっと一般の人に、ということで哲学堂を作ったりした際に「四聖」という推しメンを決めて祭るわけです。哲学堂は明治35年頃のことだそうですが、実際にこの「四聖」を決めたのは明治18年の第一回哲学祭によるそうです。(『井上円了の教育理念』P.141)

四聖は『井上円了の教育理念』の中で、下記の図で示されています。

『井上円了の教育理念』P.141

なぜこの四人なのか、というところは現時点でよくわからないのですが、下記の記事から引用してみます。

https://keieif.jimdofree.com/

孔子と釈迦の教えは人々を溺れたり焚かれたりする境地より救う。
もしこの二聖人がおられなかったならば、人類と鳥類のごとき動物とどのように区別しようか。
ヨーロッパの哲学者でもっとも推戴に価するのはソクラテスとカントである。
あおがれる師匠はもとより道徳の根本を知っている。

https://keieif.jimdofree.com/

ということで、井上円了先生の中で、道徳と哲学というのは極めて近しいもの、と考えられていたようです。そう考えれば、道徳論も展開していたカントと、まさにザ・道徳の孔子が選ばれるのも納得できます。

この西洋と東洋のハイブリッドの中に、日本哲学というものを体系立てようとしていたのではないかな、というのが、現時点での私の仮説です。そしてそのベースにはおそらく仏教の浄土真宗の考え方があるのかな、と。浄土真宗はお盆に故人が帰ってくるという発想もなく、極めて合理的な宗派だと思っているので、その延長線として哲学という科学による民の救済というのはありうるのかな、と思っています。

ちなみに以前、下記の村山幸徳先生による道元に関する講義をお聞きしたときに、平安仏教以前の仏教と鎌倉仏教の違いについて知りました。

簡単に言えば、仏教はこの時、国家宗教から民間宗教になった、と。ということで、国家安寧ではなく個人の幸せをいかに実現するのか、という風にテーマが変わった、というお話です。なるほど、と思いました。井上円了先生の生涯も、「仏教」という看板を外した、同じ発想の延長線なのかな、と思います。

いわゆる日本における「政教分離」は、戦後教育によってあたかも宗教が戦争の原因であったかのように扱われ、さらにオウム真理教事件のような事件によって宗教が悪者になっているような印象ですが、神道やら仏教をどこまで宗教と考えるのか、というのは難しい問題だと思っています。日本の教育で、いわゆる「道徳」的なことを扱うことを難しくなってしまっているのも、ここいら辺のことがひっかかっているような気がします。

コーチングをやっていても思うのですが、人が何をどう認識するのか、ということが、結果的にその人の生き方に関わってくるのは間違いないのですが、どう認識すれば幸せになれるのか、ということに関しては、これは元が宗教であれ哲学であれ、妄信さえしなければ何でもいい気がします。結局、それは人間が言語という媒介物を用いてしか思考できないという限界があり、その言語には体系が必要であり、しかも言語学の基礎的な考えの通り、そこに恣意性がある。どう考えるのかが自由である以上、そこに様々な選択肢があり、下記の記事でも取り上げましたが、何を意思決定するか、というのは満足化原理でしかなくなってしまいます。そこでどんな世界観、体系、説明を信じるのかは、個人の自由です。

この自由である、ということを前提として、それでも社会を安寧に保つにはどうするのか、ということを人間はずっと試行錯誤していて、その答えがまだ見つかっていない状態です。であれば、その試行錯誤を知りたいよね、というところから、哲学が始まっているのかな、という印象です。

ということで、井上円了先生の哲学、仮に「井上円了哲学」と呼ぶとすると、古来から、日本では様々にこういう統合して役立てよう、という動きがあり、印象としては仏教伝来から始まっている気もしますが、文化的に成熟度の高かった江戸時代に、いくつかの思想として体系化されたようです。

ちょうど良い記事を見つけました。

引用します。

江戸時代には、朱子学・国学・陽明学・水戸学といった学問が展開しました。
その思想の積み重ねが、幕末に尊王攘夷というスローガンに結びつきます。

単純化すれば、朱子学から水戸学への流れが本筋となり、国学が精神的基盤を与え、陽明学が行動を促した、と整理できます。

https://fragile-archives.com/feature_edo_thought/

はい。ということで、AIに整理してもらいました。

ここでは 「朱子学・国学・陽明学・水戸学が、それぞれどの思想から影響を受けて成立したか」 を、系統の違いが一目でわかるように整理します。

■ 1. 朱子学が受けた思想的影響
ルーツ:宋代儒学(道学)を集大成し、仏教・道教を批判的に取り込んだ総合思想
◆源流となる思想
儒学(孔子・孟子)
 人間の本性は善である、仁を中心に道徳を考える。
道学(宋代の儒学改革運動)
 程顥・程頤など「程朱学派」から直接影響。
仏教(特に禅の心性論)への対抗的影響
 世界の本質や心の修養に関する議論で、禅の影響を強く意識。
 ただし「心即理」など禅に近い要素を批判的に吸収。
道教(気や自然観)への対照的影響
 「理」と「気」二元論の枠組みには道教的自然哲学の影響が部分的にある。
◆朱子学を一言でいうと
 儒学を中心に、仏教・道教を乗り越えつつ体系化した「宋儒の総合思想」。

■ 2. 国学が受けた思想的影響
ルーツ:儒仏(外来思想)への反動として、日本古典から組み立てた“日本固有論”
◆源流となる思想
古代日本の神道(記紀神話)
 天地開闢、皇統、清浄観など。
和歌的感性(『万葉集』『古今和歌集』など)
 「もののあはれ」「やまとごころ」の情緒美。
『古事記』『日本書紀』『源氏物語』などの古典解釈学
 文献学的手法による独自のテキスト論。
儒学(特に性善論や礼教)への反発
 儒学の理性主義・道徳主義への批判が思想形成の原動力。
仏教(煩悩観・救済論)への反動
 「人はもと清らか」であるという国学の人間観は、仏教との対比で強調された。
◆国学を一言でいうと
 外来思想(儒・仏)への批判を軸に、日本古典から再構成した“原日本”の精神論。

■ 3. 陽明学が受けた思想的影響
ルーツ:儒学と仏教(禅)を統合しつつ、朱子学批判から生まれた実践主義
◆源流となる思想
孟子(心に善性をもつという考え)
 「良知」の根本には孟子の性善説。
朱子学への反動
 形式主義・観念主義への不満から、知と行を結びつける改革思想が生まれた。
禅仏教(心性論・直観主義)
 「心即理」「直観による真理把握」に禅的な発想が影響。
 王陽明が青年期に禅を学んだ影響が濃厚。
道教(自然さ・自発性)
 修養における「無心」「自然」など、道家的要素が背後にある。
◆陽明学を一言でいうと
 儒学×禅の心性論に、朱子学批判を加えた“行動中心の儒学改革”。

■ 4. 水戸学が受けた思想的影響
ルーツ:朱子学を柱に、国学・神道を合流させた「尊王イデオロギーの複合体」
◆源流となる思想
朱子学(忠義・節義・名分論)
 水戸藩は朱子学を正学として採用。
 名分論に基づく君臣関係の明確化が尊王の論理基盤に。
神道(皇統観・祭祀)
 天皇中心の国家観を強化。
 朱子学の「道徳」×神道の「皇統」の結合。
国学(日本史の独自性強調)
 本居宣長の影響を受けつつ、『大日本史』編纂で日本史を体系化。
歴史学(史料批判・実証性)
 徳川光圀の「史論」重視の姿勢が学問的支柱となる。
◆水戸学を一言でいうと
 朱子学+神道+国学が融合した“尊王史観・政治思想”。

■ 総まとめ:4つの思想の“受けた影響”の構造を一望すると

思想  主な源流・影響元      特徴的な受容の仕方 
朱子学 儒学(孔孟)/道学/仏教(禅)/道教 儒学中心の体系化、仏・道の要素を批判的吸収
国学 神道/日本古典/和歌/儒学・仏教への反発 外来思想を否定して日本固有の精神を抽出
陽明学 孟子/禅仏教/朱子学批判/道教 心性論と実践主義の統合、朱子学への対抗
水戸学 朱子学/神道/国学/歴史学 尊王論を軸に儒・神・国学を合成

■ 一言で方向性をまとめると
朱子学:儒学を“吸収と批判”で壮大に体系化した思想
国学:儒仏を“拒否”し、日本古典にルーツを求めた思想
陽明学:朱子学を“乗り越え”、儒×禅を実践的に統合した思想
水戸学:朱子学を“土台”に、神道・国学を融合させた思想

Chat GPT

ちなみに上に紹介した村山先生は九星気学の方でもあり、この分野もまとめてもらいました。

九星気学・四柱推命・六星占術について、
「それぞれがどんな思想・占術から影響を受けて成り立っているか」
に焦点を絞って整理します。

■ 1. 九星気学(きゅうせいきがく)
 成立:1920年代〜(園田真次郎など)
 源流:東アジアの方位術・暦学を総合した近代占術

◆ 影響を受けた思想・占術
中国古代の「九星術」
 北斗九星を基盤とした星宿思想。
 本来は軍事・風水・天体観測と結びついた吉凶判断体系。
気学(気の流れの思想)
 陰陽五行説(木火土金水)と気の循環を重視。
 吉方位の概念は風水の流れを強く受け継ぐ。
干支暦(十干十二支)
 年盤・月盤・日盤は干支の循環と連動。
易学(八卦)
 気の流れと方位の作用を八卦で説明する構造。
◆ 九星気学を一言でまとめると
 「風水・九星術・干支暦・易学」を近代日本で統合した“方位中心の開運術”。

■ 2. 四柱推命(しちゅうすいめい)
 成立:宋代中国が起源、明〜清代で体系化
 源流:陰陽五行説と干支暦を用いた命理学の中心体系

◆ 影響を受けた思想・占術
・陰陽五行説

 五行(木火土金水)の強弱・相生相剋で性格と運命を判断。
十干十二支(干支)
 生年月日時を年柱・月柱・日柱・時柱の4つの柱(四柱)として構造化。
「子平術」
 宋代の徐子平が体系化した命理学。四柱推命の直接の源流。
八字(はっし)
 四柱の干支を8文字で表す中国命理の枠組み。
五運六気(気候学的思想)
 年の気運を読み、命に反映するという医学的・暦学的思想。
◆ 四柱推命を一言でまとめると
 「干支×五行」を最も精密に組み合わせた、東アジア命理の“本流”。

■ 3. 六星占術(ろくせいせんじゅつ)
 成立:1970年代以降(細木数子)
 源流:四柱推命などの命理学をベースに独自整理した近代日本の占術

◆ 影響を受けた思想・占術
四柱推命
 生年月日を基にした性格・運勢判断の中心ロジックを継承。
 大運・小運の周期観も共通点が多い。
陰陽五行説
 六星(火星・水星などと無関係)だが、
 実際には五行分類を応用したグループ分け。
十二運(胎児・壮年・老年などの人生サイクル)
 中国命理由来の「運命周期」の応用。
九星気学への部分的影響
 大殺界のロジックの一部(運勢の谷の概念)に類似性。
◆ 六星占術を一言でまとめると
 四柱推命を簡略化し再構成した、日本式“ポップ命理学”。

■ 4. 3つを比較(どの思想から影響を受けているか)
占術    主な源流・影響元   特徴的な受容
九星気学 九星術/風水/陰陽五行/干支暦/易学 方位・移動による“気の吉凶”を中心とした近代日本の総合占術
四柱推命 子平術(宋代)/干支暦/陰陽五行/八字 生年月日時から精密に命を読む東アジア命理の王道
六星占術 四柱推命/陰陽五行/九星気学(一部) 命理学を簡略化した日本独自の大衆化占術

Chat GPT

こうして比較してみると、いわゆる哲学・思想というものと、いわゆる占いと呼ばれるものの違いがわかってきました。後者の方は科学を志向していて、世界を説明する法則を体系づけようとしている印象ですが、前者の方はどちらかというと、人間存在や人間関係に目を向けているように思います。だから、正解があるようで実はない、というのが哲学の特徴であるように思います。

そして様々な過去の偉人たちの教えというか試行錯誤を学びながら、それを自分なりに体系化して、自分流の「生き方」を発見していく営み、それが「哲学」なのかな、と思ったのでした。

現場からは以上です。お読みいただき、ありがとうございました。面白かった、参考になった、という方は是非、高評価いただけると嬉しいです。フォローも大歓迎です。

ご意見・ご感想・記事で取り扱って欲しい話題のリクエストも専用フォームより募集しております。



いいなと思ったら応援しよう!

市井カッパ よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!