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現場が黙るのは、怠慢ではなく構造の問題だ

新しい組織に入ったとき、私はまず現場を見ることから始めます。
誰がどんな業務を担い、どこに負荷がかかっているか。
数字を追い、人の話を聞き、過去の経緯を把握する。

数ヶ月かけて全体像が見えてきた頃、ようやく改善の提案を始めました。課題は明確で、根拠もある。資料をつくり、論点を整理し、会議に臨む。でも毎回、返ってくるのは同じ言葉でした。情報がまだ足りない、本当に今やることなのか。何度か繰り返すうちに、言っても無駄だという思考が頭の中に定着し始めました。

これは私の諦めではありませんでした。
組織の構造が生み出した、ごく自然な適応でした。


誰も何も言わない会議に潜んでいたもの

組織の中で人が黙るとき、そこには大きく二つのパターンがあります。

一つは、怖いから言わない。上司の顔色、評価への影響、場の空気を読んで発言を控える状態です。もう一つは、もっと静かで根深い。言っても変わらないという経験の積み重ねから来る沈黙です。

前者はまだ介入しやすいです。発言を評価する、批判を禁じる、場のルールを変える。そうした手立てが効きます。厄介なのは後者です。何度か提案して、何も変わらなかった。あるいは変わろうとしたが途中で立ち消えた。そういう経験が蓄積されると、人は提案すること自体をやめます。心理学ではこれを学習性無力感と呼びます。

問題は、この状態になった組織は外から見えにくいことです。会議は滞りなく進みます。資料は整っています。誰も揉めません。でも何も生まれません。改善が止まり、小さな異常が見過ごされ続け、ある日突然大きな問題として表面化します。

私が体験したのは、まさにこの後者でした。

現場が黙る本当の理由は、空気ではなく権限にある

心理的安全性という概念はしばしば誤解されてきました。仲良くする、批判しない、ポジティブな空気をつくる。そういうイメージで語られがちですが、この概念を提唱したハーバードビジネススクールのAmy Edmondsonが定義したのは、対人リスクを取っても罰せられないという信念のことです。

ただ私が現場で実感したのは、問題の根はさらに深いところにあるということです。心理的安全性の議論は発言できる空気に焦点を当てますが、私が直面した壁は空気の問題ではありませんでした。権限の問題でした。

権限が一箇所に集中する構造では、どれだけ丁寧に提案を準備しても、最終的には承認をもらうというプロセスを経なければ何も動きません。そしてその承認が下りない理由は、情報が足りない、タイミングではないという形で返ってきます。提案の質の問題ではなく、動かす権限が提案者にないという構造の問題です。

権限と責任がセットで委譲されていない組織では、現場はいつまでもお伺いの立場に置かれます。お伺いを繰り返して前に進まない経験が積み重なると、人は提案をやめます。これは怠慢でも無気力でもなく、構造に適応した結果です。

BizOpsが最初にすべきは改善ではなく「聴く設計」

新しい組織に入ったとき、私が最初にやることは改善提案ではありません。

まず聴くことです。ただし、漫然と話を聞くのではありません。誰が、どんな文脈で、何を話してくれるかを設計します。

大人数の会議ではなく、1対1の場をつくります。議題を事前に固めすぎず、最近どうですかという余白を意図的に残します。評価や査定と切り離された文脈で話すことを、言葉だけでなく行動で示します。そして、聞いたことを必ず返す。提案や意見を受け取ったら、すぐに実行できなくても、受け取った、検討するという一言を返します。沈黙が続く組織では、この返すというアクションが長い間欠けていたことが多いです。

信頼が先、正論は後。これは私が現場で繰り返し確認してきた原則です。どれだけ正しい改善提案でも、発言者がこの人に言っても大丈夫だと感じていなければ届きません。BizOpsが最初の数ヶ月で急いで改善しようとするほど、現場との距離は開きます。

そして聴く中で、もう一つ見るべきことがあります。現場の声がどこで止まっているか、です。提案が届かない構造になっているなら、その詰まりがどこにあるかを特定することが先です。権限の集中が原因であれば、それを所与の条件として受け入れながら、動かせる範囲を少しずつ広げていくしかありません。一気に変えようとすると、たいていの場合、反発より前に無視されます。

学習する組織は宣言では生まれない。設計で生まれる

もっと風通しよくしよう、何でも言える文化にしよう。こういった宣言を、私はこれまで何度も耳にしました。そして多くの場合、数ヶ月後には元の静寂に戻っていました。

なぜか。宣言は意図を伝えますが、構造を変えません。人は言っていいと言われても、過去に言ったらどうなったかという経験に従って行動します。宣言だけでは、その経験を上書きできません。

学習する組織は、設計によって生まれます。発言が届く仕組み、フィードバックが循環する仕組み、小さな改善が可視化される仕組み。これらが機能して初めて、人は発言に意味があると学習し直します。そしてその設計の前提として、権限と責任が現場に委譲されているかどうかが問われます。どれだけ聴く場をつくっても、聴いた声が承認待ちの棚に積まれ続けるなら、沈黙は戻ってきます。

BizOpsがこの設計に関与できる理由は、情報の流れを俯瞰できる立場にあるからです。誰の声がどこで止まっているか。どのプロセスで意見が消えているか。その詰まりを見つけ、解消することが、学習する組織をつくる最初の仕事です。

現場が黙っているとき、問うべきは個人の姿勢ではありません。発言が届く構造を、私たちが設計できているかどうかです。私はその構造を見つけ、設計し直すことに、自分の仕事の意味を置いています。

#BizOps #組織開発 #心理的安全性 #組織設計 #仕組み化


この記事を読んだ方に、次に読むと理解が深まる記事として2本ご紹介します。
仕組みが壊れるのは、属人化のせいではなかったは、組織の構造的な問題を属人化という表層ではなく設計の不在として捉え直した記事です。本記事の権限委譲の議論と地続きの問題意識が流れています。

情報が揃ってから決める人に、覚悟は宿らないは、意思決定の構造と覚悟の関係を掘り下げた記事で、権限を持つ側がなぜ動けないかという問いへの補助線になります。


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