情報が揃ってから決める人に、覚悟は宿らない
過去様々な打ち合わせで、こんな場面を何度見たかわかりません。
「もう少しデータが揃ったら判断します」。その言葉が出るたびに、私は内心で同じことを思います。この人は何を待っているのかと。競合調査、市場データ、顧客ヒアリング、社内アンケート。集める対象は組織によって異なりますが、構造はいつも同じです。情報が揃うまで、決定がGOにならない。
情報を集め切った状態で「決める」行為は、厳密には意思決定ではないかもしれません。あるのは、揃った情報の中から最大公約数を選ぶ「選択」だけです。その違いが腑に落ちてから、組織の見え方が変わりました。
「情報が揃ったら決める」という先送りの正体
「石橋を叩いて渡る」という言葉があります。慎重さの美徳を表した言葉ですが、叩き続けて渡らない人を何人か見てきました。
入念なストレッチをしたまま、一度も走り出さない人。会議のたびにデータの追加を要求し、月をまたいでも「まだ揃っていない」と言う人。そういう状態は一見丁寧に見えます。ですが実態は、決めることを先送りしているだけです。
情報を集めること自体は何も悪くありません。問題はその先にあります。集めた情報の集計から方向を決めるなら、それはもう意思決定ではありません。データが決めていることになります。集めた情報が示す範囲の中でしか動けなくなる。既存の情報に含まれていないこと、誰も言語化していない課題や可能性には、永遠に手が届かなくなります。
世の中に残るプロダクトや事業の多くは「すでにデータが示していたこと」ではなく、「データの外側にあった何か」を掴んだ結果として生まれています。情報を集め切ってから決める姿勢は安全に見えて、実は最もリスクの高い構造です。そこからは「意志のある決定」が永遠に生まれないからです。
1921年、経済学者が100年前に見抜いていたこと
この問題を考えるとき、私が思い出す一人の経済学者がいます。フランク・ナイト。1921年に出版した著書の中で、彼は「リスク」と「不確実性」を明確に区別しました。
ナイトによれば、リスクとは確率を計算できる不確かさのことです。サイコロを振る確率、過去の統計から割り出せる保険の数字。これらは測定可能であり、ある意味では「不確実性ではない」とナイトは言います。
一方で真の不確実性、いわゆる「ナイト的不確実性」とは、そもそも確率を計算できない状態のことを指します。新しい市場に打って出るとき、前例のない事業を立ち上げるとき、前任者がいないポジションを創設するとき。こういう局面では、過去のデータをどれだけ集めても「正しい確率」は導き出せません。
ナイトはこう述べました。リスクは測定できるから保険でヘッジできる。しかし真の不確実性は測定できないため、保険をかけることができない。そしてまさにその局面でこそ、起業家が利益を得る機会が生まれると。
つまり、情報が揃っていて確率が計算できる状態というのは、競合も同じ情報を持っている状態です。そこに差は生まれにくい。差が生まれるのは、情報が不完全な中で踏み出した側です。「もう少し情報を集めてから」と言い続けることは、確率の計算できない局面に確率計算を求め続けることと同じです。永遠に揃わないものを待ち続けるループに入っています。
「決める」という行為に、意志が宿るとき
情報が揃ってから決めることを「選択」と呼ぶとすれば、意思決定はその反対側にあります。揃っていない状態で、それでも踏み出すことです。
その違いを一言で言うなら、こうなります。選択は「正しい答えを探す行為」で、意思決定は「自分が何を信じるかを決める行為」です。
選択に必要なのは情報です。より多くの情報があれば、より正しく選べます。ですが意思決定に必要なのは情報ではなく、判断軸です。自分たちは何のためにこれをやるのか。何を大切にするのか。不確実性の前で、どこに賭けるのか。
実務の現場で言えば、採用の判断がその典型です。どれだけ面接を重ねても、相手が入社後に活躍するかどうかは完全にはわかりません。内定を出すという行為は、最終的に「この人と一緒に仕事をしたい」という意志の表明です。情報を積み重ねた上での意思決定ではありますが、最後の一歩は情報ではなく判断が踏み出させます。新規事業の方向性を決めるときも、組織変更や人事もそうです。数字は意思決定の材料であって、意思決定そのものではありません。
情報は意思決定を支えるためにあります。意思決定を代替するためにあるのではありません。この順序が逆転したとき、組織は「集まった情報から最大公約数を選んでいるだけ」の状態に滑り込んでいきます。
AIが「選択」を肩代わりする時代に、BizOpsが問うこと
AIは「選択」が得意です。大量のデータを処理し、過去のパターンを学習し、最も確率の高い答えを導き出します。情報が揃っているほど、AIの精度は高まります。逆に言えば、情報が揃っていれば揃っているほど、人間がわざわざ判断する必要がなくなっていきます。選択はコモディティ化します。
では、人間に残るのは何か。ナイト的不確実性の中で踏み出すことです。確率が計算できない局面で、自分が何を信じるかを決めること。AIが「おすすめできない」と言う方向に、それでも賭けてみること。これはデータの外側にある行為ですから、AIには代替できません。
「AIがそう判断したから」という言葉は、責任の放棄です。AIが提示した選択肢から選ぶ行為は便利ですが、そこに意思決定者の意志はありません。誰が問いを設計し、誰が最後の一歩を踏み出し、誰が結果に責任を持つのか。その構造を組織に明示することが、BizOpsとして私が現場で繰り返し向き合っている問いです。ツールが増えれば増えるほど、「何を、誰が、なぜ決めるか」を設計する仕事の価値は上がっていきます。
揃っていない状態で、決めてみる
情報収集は大事です。調査も分析も欠かせません。
ただ、「まだ揃っていない」を理由に動き出せない状態が続いているなら、一度問い直してほしいことがあります。
不確実性は消えません。完璧な情報は永遠に来ません。揃い切らない中で踏み出す力こそが、意思決定の本質です。
選択は、情報が揃えば誰でもできます。しかし意思決定は、覚悟を持って踏み出せる人にしかできません。
データの外側に踏み出せる人間を、組織の中に増やすこと。それが私のBizOpsとしての仕事の、根っこにある動機です。
「なぜ着地見込みはズレるのか?予測精度を改善したBizOpsの実践録」
この記事が「決める」という行為の本質を問うものだとすれば、こちらは「決めた後に何が起きるか」を扱った記事です。予測と実態がズレていく組織の内側を丁寧に解剖しており、意思決定とその後の検証サイクルをセットで考えたい方に読んでいただくと、二つの記事の論点が立体的につながるはずです。
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よかったら、のぞいてみてください。
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