3-8-③ 黒の囁き③
*注意*
本作は『ジョジョの奇妙な冒険』および『クレイジー・Dの悪霊的失恋』をもとにした非公式の二次創作です。
原作および出版社とは一切関係ありません。
おもいっきりネタバレしています!!!
仗助は雪が覆う地面に突っ伏して、涙を流していた。
(とまんねー、なんでかわかんねーけど……悲しいっつーか、悔しいつーか、むかつくっつーか、頭にくるっつーか、イライラするっつーか、むしゃくしゃするっつーか……なんかもうわけわかんねえー……嫌なことばっか考えて、嫌んなって……嫌んなるから嫌なこと考えんのか……わかんねーもうわかんねーよーー)
不快な気持ちが濁流のように押し寄せて頭が混乱し、次から次へと不愉快な記憶が蘇ってきた。
その夜、祖父は夜勤で不在で、母は職場の飲み会で遅くに酔っ払って帰ってきて、玄関先で崩れるように突っ伏してしまった。
風呂上がりの仗助が、しょーがねーなー飲み過ぎだよ、と母親を抱き起こすと、
「ジョセフーーーー!帰ってきてくれたのねーーー愛してるわーーー!」
と母は仗助に抱きついた。
見たことのない、女の顔をして。
カッと頭に血が上った。
拳を握りしめた。
でも、振り下ろすこともできなかった。
ほとんど目を開いていない母をベッドに寝かせて、ドアを閉めると、
「ごめんね、仗助」
と微かな声が聞こえた。
気づいたら、涙を浮かべていた。
ずっとずっと頭に来ていた。
──ほら、あの子。良平さんとこの朋子ちゃんの。東京の大学までいって腹ぼてで帰ってきて。なんの勉強に行ったんだか知らないけどさあ。
──相手、外国人だったんでしょう。不倫だって、いやねえ。
──ああ、だから、あの子。見た目も普通と違うわよね、ちょっと。
──警察官の娘なのに一体どういう教育したんだかねえ。
なんで、作った。
なんで、産んだ。
なんで、育てた。
なんで、なんで、なんで、なんで……
──つぎ、しょーがいぶつきょーそー、うちのパパでるんだよー、じょーすけくんはー?
──ばか、じょーすけんとこは、じーちゃんだろ? こーばんにいるじゃん、りょーへーさん。
──そーなの、おじいちゃん、どこ?
──んー……きょーはいないー、しごとでさあ、わるいやつつかまえるってこーばんいってんだ。
──そーなんだー、あっパパー! ……やったー! みてみて1等だよ、うちのパパ!
お父さん、父さん、パパ、親父。
友達には、みんなにはいるのに、なんでおれにはいない。
いるのに、いない。
なんで、なんで、なんで、なんで……
娘がいるんだって。
娘の運動会は出たのかよ。学校の授業参観とかいったのかよ。誕生日とかクリスマスのプレゼントとかやったのかよ。
本当なら、本当なら、あの雪の日、死にそうなおれと困ったお袋を助けるのは、あんたじゃあなかったのかよ。
だから、おれにとっては、”あの人”が父親だ。
父親なんかいない。いらない。興味ない。関係ない。
おれには父親はいない。
”あの人”がいるから。
”あの人”がおれの父親だから。
でも──
でも、”あの人”は、いなかった。
父親はもう結構な年らしい。
きっともう、会えない。
おれの存在を知ることも、ない。
息子がいたことを、知らずに……きっと……このまま。
おれは……おれは……
気づくと仗助は、嶺冥山とは違うところにいた。
明るかった。昼間だ。暖かい。
乾いた少し砂混じりの風が頬を撫で、心地よい。
レンガや漆喰の住宅が並ぶ細い裏通りに立っていた。
遠くに時計台が見える。
(ここは……またエジプトか……じゃあ、これは、イシス女神の能力……先輩が作動させたのか)
仗助の視界は明るい昼間なのに少し暗い。サングラスをかけているからのようだ。これがイシス女神の再現した過去の記憶なら、仗助は今サングラスをかけた人物の記憶を再現しているということなのだろう。
顔の右横に赤茶の髪が一房垂れ下がって風になびき、緑の服を着ているのがわかった。
(これ、あいつの……花京院典明の……記憶ッ……)
過去の記憶の中の花京院典明は周囲をキョロキョロと見回していた。
両腕に何か抱えていた。暖かく、柔らかい、大事な何かを。
──「Are you all right, Iggy?
Can you tell where the Joestars are with that nose of yours?」
典明が俯いて声をかけた。
腕に抱えていたのは犬だった。
黒地に白の毛並みの小型犬で、あちこちに怪我をして左の前足が欠損し包帯を巻かれていて、苦しげに息をしながら、フンッと鼻息を荒くして返事をした。
仗助は思わず自分のスタンドを出そうとしたが、出せなかった。仗助は過去の花京院典明の記憶の中にいるのだ。
典明は自分の左手を持ち上げて腕時計で時計を見た。腕時計は1時を指していた。
腕の中でクンクンと鼻を動かして匂いを嗅いでいた犬が、何かに勘づいたようで、ぴょんと腕から降り立ち、よろよろと歩き始めた。
──「ハイエロファントグリーン」
典明が自分のスタンドを上に放ち屋根の上に乗せると、何かわかったようにすぐに自分の中に引っ込めた。
レンガの細い路地裏を犬を追って歩いていく。
軽い足取り。緩む顔。
──「やっと会えるな。ジョースターさん、アヴドゥル、ポルナレフ……・承太郎!」
典明は誰にいうともなく呟いた。
わかる。
こいつは、嬉しいんだ。
仲間に会えるのが、嬉しいんだ。
これから死ぬのに。DIOに腹を貫かれて殺されるのに。
典明の中で彼の喜びを感じながら、仗助は少し悲しくなった。
路地から出て行った犬を追って、広いレンガ通りに出ていく。
そこには、4人の男がいた。
1人は背の高い大柄な黒い学生服の男で、こちらに背を向けて立っている。
残りの3人も大柄な男たちで地面に座り込んでいた。
1人は赤い服に褐色の中東系の男、もう1人は銀の髪を逆立てた黒いタンクトップの白い肌の男。
最後のもう1人、犬を抱いた男を見た仗助は、鼓動が早くなるのを感じた。
典明が何か言っている内容も耳に入ってこない。
黄土色の帽子に黄色い半袖、両手に白い手袋に黒いアームカバー。逞しい腕に厚い胸板。
白髪に整えられた白い口髭と顎髭。明るい緑がかった瞳。
波紋を覚える時に何度も入った体。
(あれは……ッ!)
──「Kakyoinnnーーー!!!」
4人の男が声をあげて典明の名を呼び、こちらに近寄ってくる。
銀髪の男が笑顔で飛び寄ってきて肩をだき、バンっと背を叩いた。
次に赤い服の男がやはり笑顔で近寄ってきて、何か言いながらやはり背に手を当てた。
その2人が横にどき、犬を抱いた帽子の男がやってきた。
──「I've been wanting to see you.」
会いたかったと言った。
緑の瞳で仗助を見つめ、笑顔で仗助の肩に手を乗せた。
力強く暖かい手を。
違う。
これはサルジュの、イシス女神のスタンド能力だ。
過去の記憶だ。
こいつがみているのはおれじゃあない。花京院典明だ。
喜んでいるのも典明に会えたからで、おれじゃあない。
わかっている。
わかっているのに。
視界が滲む。
「お…や……じ……」
おれは……おれは……あんたに……
