双子座天王星時代が始まりました(~2033年まで)*過去の天王星の奇跡をたどる①
7月7日に84年ぶりに天王星が双子座に入宮しました。前回は1941年(第二次世界大戦開始)でした。
天王星"Uranus"(ウラヌス)の名称の由来となったのは、ギリシア神話の主神ゼウス(ローマ神話のユーピテル(ジュピター=木星))の祖父にあたり、農耕神クロノス(ローマ神話のサートゥルヌス(サターン=土星))の父にあたるウーラノスです。
中国(東洋天文学)では、天空神であるウーラノスを翻訳して「天王星」と命名し、これが日本でも用いられています。

心理学の教授であり占星術師のリチャード・ターナス氏が『プロメテウス・ザ・アウェイクナー:惑星天王星の元型的意味に関するエッセイ』で、天王星は「プロメテウス」と呼ばれていたと主張されているそうですが、残念ながら日本語では出版されていないので確認できませんでした。
天王星の発見は1781年でしたが、天王星に環が見つかったのは200年もあとの1977年、環の姿を直接とらえたのは1986年のボイジャー2号による探査でした。
天王星の写真に写る輪は、殆どが赤外線域で撮影された輪を可視光域の写真と合成したり、あるいは写真そのものが赤外線域で撮影されたものであるため、可視光では輪が明瞭に撮影される事はまず無いそうです。
天王星の環、発見後初めて真横を向く(2007年)


2007年に天王星は春分を迎え、赤道方向に太陽光が当たるようになると、通常の惑星と同じような昼夜の繰り返しが起こるようになったため、気温変化が起こるようになった。
現在までに天王星には28個の衛星が発見されており、衛星の名前はほとんどがウィリアム・シェイクスピアかアレクサンダー・ポープの作品中の登場人物名がつけられているそうです。
アレクサンダー・ポープは、(1688年5月21日 - 1744年5月30日)は、啓蒙時代のイギリスの詩人、翻訳家でした。
ポープの家はカトリック教徒で、彼は名誉革命の年にロンドンで生まれました。つまりカトリックに対する強い弾圧が始まった頃です。
そのため「教皇派」がロンドンやウェストミンスターから16 km以内に住むことを禁じられ、また公立学校や大学に通うことも禁じられたため、1700年にウィンザー城の森に近いビンフィールドに引っ越しています。

ダン・ブラウンの小説『ダ・ヴィンチ・コード』で、ニュートン(1642年12月25日 - 1727年3月20日)の葬儀を行なった人物としてポープの名前が出てきます。実際、ポープはニュートンの墓碑銘を書いています。
西洋占星術における天王星
天王星は占星術で扱う10大天体のひとつですが、近代(18世紀以降)になって発見された海王星や冥王星と同様に「トランスサタニアン(土星以遠の天体)」と呼ばれる、凶星(マレフィック)です。
公転周期が約84年で、ひとつの星座を約7年で移動します。
象徴する主なキーワードは「変化」「革新」「独立」「自由」「ユニーク」「革命」「発明」「民主主義」。
"Uranus" と命名される以前は、発見者ウィリアム・ハーシェルにちなんで "Herschel"(ハーシェル)と呼ばれたため、"Herschel" の "H" を他の惑星記号に似せて図案化した「♅」が用いられています。
天文学では、元々は白金を表していた「⛢(金(太陽)と鉄(火星)を合わせた記号)」が用いられることが多いです(下図参照)

神話のUranus
ウーラノスOuranosは、「雨を降らせる者」を意味し、雷、雨、稲妻と結び付けられています。
大地母神ガイアの息子であると同時に夫でもあり、ガイアとの間にクロノスらティーターン12神をもうけました。キュクロープスやヘカトンケイルもウーラノスとガイアとの間の子供だが、ウーラノスはその醜怪さを嫌い、彼らをタルタロスに幽閉してしまいました。
ガイアはこの行為を快く思わず、クロノスに彼の父を去勢させました。

『クロノスに去勢されるウーラノス』
ウーラノスの血の一部は地上に流れ、巨人族とエリーニュスたち(復讐の女神)が新たに誕生し、切断された性器は海に流れ込み、その泡からアプロディーテー(ヴィーナス)が産まれました。
クロノスはウーラノスを倒して神々の王となりましたが、今度は自分の息子のゼウスによって王位を奪われました。
去勢神話を除けば、ウーラノスは擬人化されることはほとんどありません。
ウーラノスは単に天空であり、古代人はそれを、ティターンのアトラスによって支えられた(あるいは軸を中心に回転する)青銅のドームまたは星のきらめく空と捉えていたため、信仰の対象とはまったくされなかったとみられています。

天王星が支配する水瓶座
現代の占星術では、天王星は水瓶座の支配星(ルーラー)です。天王星が発見される前の水瓶座の支配星は土星でした。
シアン色の天王星は電気に関連付けられ、稲妻やエレクトリックブルーの色は水瓶座に関連付けられています。

水瓶座は土星と天王星に支配され、太陽に支配される獅子座とバランスを取り補完し合います。水瓶座は水の星座と間違われますが風の星座です。
水瓶座は「水を運ぶ人」を意味し、水瓶座のマーク「♒」はエジプトの水を表す象形文字に由来し、星座は壺から水を注ぐ男性を表しています。

シュメールでは、水瓶座は「偉大なる者」グラと呼ばれ、バビロニアではエンキ、あるいはエアと関連付けられました。
「偉大なる者」はまた、「灌漑者」としても知られ、雨と洪水の力を利用して田畑の豊穣を守りました。
しかし、電気と水は相性はよくないですよね。
おじさんの壺の中に入っているのは、ただの水ではありません。この水について私が出した結論は、「生命の水」つまり「生命力」です。
天王星は、雷や稲妻とも結び付けられています。稲妻は、土壌に窒素を供給し、生命の芽生えを促します。

また「雷は、触れるものをすべて聖化する」と古代からの考えがあります。
エジプトでは、水瓶座はナイル川へ二つの杯から水を注ぐハピ神と結び付けられていました。ハピは「水の主人」でナイル川に毎年洪水をもたらし、大地の豊穣を保証したと考えられています。
ハピは乳房を持つ男性神として描かれていますが、元々は女神だった可能性も否定できません。
さらに「神々の父」と呼ばれ、原初の水の神であるヌンあるいは、豊穣の神としてオシリスと同一視されることもありました。

啓蒙時代のフランス革命
突然の変化を意味する天王星は、確立された構造を混乱させる革命的な出来事も支配しています。
天王星が発見された8年後に起きたフランス革命はその最たる一例です。
フランス革命は、当時のヨーロッパのなかでも絶対王政が強かったフランスの封建制度を崩壊させた世界史上において大きな分岐点でした。
革命は1789年5月5日 – 1799年11月9日まで続きました。(10年6ヶ月と4日)。
途中にオーストリアとプロイセンとフランス革命戦争(1792年から1802年)が開戦しています。
※1799年11月9日のナポレオン・ボナパルトの第一統領就任以降は、「フランス革命戦争」ではなく「ナポレオン戦争」と呼ばれる。

フランス革命が起きた理由


啓蒙思想
フランス革命を後押ししたのは、財政的な問題だけでなく、キリスト教的世界観や封建主義を批判し、人間性の解放を目指す「啓蒙思想」(英: Enlightenment、仏: Lumières)の広まりも大きかったと思います。
単語を見て分かるように、原義は「光」あるいは「光で照らすこと」。
啓蒙思想は、聖書や神学といった従来の権威を離れ、理性(悟性)による知によって世界を把握しようとする思想運動で、17世紀後半に名誉革命後のイギリスで興り、18世紀のヨーロッパにおいて主流となりました。
また、啓蒙思想は哲学者の理神論的あるいは無神論的傾向を深めさせました。啓蒙時代
啓蒙主義の中心的教義は個人の自由、代議制、法の支配、そして宗教の自由であり、しばしば国家によって全面的に管理されている信仰以外の信仰に対する宗教的迫害とは対照的であった。
一方、反キリスト教、理神論、さらには無神論を支持する議論があり、世俗国家の要求、宗教教育の禁止、修道院の抑圧、イエズス会の抑圧、修道会の追放を伴っていた。
理神論
宇宙の創造主としての神の実在を認めるが、聖書などに伝えられるような人格的存在だとは認めない。神がおこなったのは宇宙とその自然法則の創造だけで、それ以降、宇宙は自己発展するとする。
啓蒙時代に影響を与えた初期の哲学者には、フランシス・ベーコン、ピエール・ガッサンディ、ルネ・デカルト、トーマス・ホッブズ、バルーク・スピノザ、ジョン・ロック、ピエール・ベール、ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツなどがいました。

学者だけでなく、王族にも国力を増すため啓蒙思想を政治実践に取り入れようとする君主がたちがいました。啓蒙専制君主
「君主は国家のために尽くす存在であるべき」という考えが一般的になり、王権における古い儀式や儀礼は廃止される傾向にありました。
しかし、これは結局うまく行きませんでした。
ルソーは1762年に「社会契約論」を発表しました。
啓蒙思想は身分を否定し、自由と平等と言う理念を生み出し、フランス革命へとつながっていったのです。

アニセ=シャルル・ガブリエル・ルモニエ作、ヴォルテールの悲劇『中国の孤児』の朗読会
理神論はオランダ在住のスピノザの思想がイギリスに輸入され、18世紀のフランス・ドイツの啓蒙思想家たちにも受け継がれ、フランス革命期の「最高存在の祭典」の思想的背景になりました。
理神論がイギリスに普及したのにはスピノザを含めユダヤ人(改宗ユダヤ人)の介在がありますが、これは別の機会にまたお話します。
フランス革命が始まったとき獅子座4度にいた天王星は、革命の終わりには乙女座25度になっていました。
革命の結果、封建的特権の廃止、人権宣言、王政廃止、憲法制定などを実現、共和政が実現しました。
しかし啓蒙主義思想は、フランス革命が過激化し暴走することにつながり(恐怖政治)、啓蒙主義者にも反啓蒙主義者にも衝撃的な出来事でした。

革命政府への反発で起きたヴァンデの反乱(1793年)では、17万人が死亡しました。
1794年7月にロベスピエールが処刑され独裁政権が強制終了したあと、革命後の混乱を収束させたのはナポレオン・ボナパルト(1769–1821)でした。
啓蒙時代と地動説
啓蒙時代は、科学革命が先行しました。
この時期に起こった明確な科学の変革は、天動説に立った宇宙観が捨てられ、地動説への転換がなされたことでした。
コペルニクスが 『天球の回転について』を発表したのは1543年。
ヨハネス・ケプラーが惑星は楕円軌道を描いているというケプラーの法則(1619年)を発見し、1627年には地動説に基づいて『ルドルフ表』を完成させました。
ガリレオはケプラーを支持し地動説を唱え、カトリック教会から有罪判決を受けたのは1633年(『天文対話』は、1632年2月22日出版)でした。
1687年にニュートンが『自然哲学の数学的諸原理』(プリンキピア)の中で、ケプラーの法則が成り立つための万有引力の法則を発表しました。
これによって、惑星の運動と太陽系の構造を高精度に説明できる理論として地動説が完成したのです。

コペルニクスの説が完全に受け入れられるまでには100年以上かかり、最終的には地動説は中世の世界観そのものを覆しました。
18世紀後半の哲学者イマヌエル・カントは、物事の見方が180度変わってしまう事を「コペルニクス的転回」と比喩しました。
さらに科学革命は多くの技術革新を導きました。18世紀における蒸気機関の開発、さらには産業革命へと発展していったのです。
長くなりましたので、双子座天王星時代のアメリカの戦争と産業革命は次の記事に分けます。
私はいつも惑星単体よりも他の惑星との角度を重視しています。
コペルニクスの地動説が出版された頃は、獅子座天王星と水瓶座冥王星はオポジションでした。宗教改革も活発になっていた頃で、キリスト教会がかたくなに地動説を受け付けなかったのも納得です。
ニュートンが万有引力の法則を発表した1687年は、牡牛座天王星と蟹座冥王星がセキスタイル(60度)で、魚座海王星とで小三角を形成していました。
この場合は天王星が頂点になる小三角です。

トランスサタニアン(土星以遠の天体)が作る小三角は、世界を変容させると毎度毎度申しておりますが(笑)、地動説が認められて「コペルニクス的転回」が起きたことや、イギリスの清教徒革命とその後の王政復古、名誉革命の流れで啓蒙思想が生じたこともトラサタ小三角の影響が見えると思いました。


今日はこのへんで。
お読みくださりありがとうございました。
