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とあるINFJの挫折と成長、MBTIとの出会いについて(長文)

今回は過去回になります。筆者がMBTIと出会ったきっかけについての話です。※かなり重い話です。ご了承ください。


先日のお詫び

 先日のつぶやきご心配をおかけいたしました。大変みっともない姿をお見せしてしまい、不甲斐なく思います。


思いの他心配コメントを多くいただき、このまま引っ込ませてしまうとアイツ一体何だったんだ‥‥ってなるし、筆者としても消化不良感があるので、今回は少しばかり自分の話をさせてもらおうと思います。

※先に書いておきますが、6,500字と超絶長い上にかなり重たい話になります。それでもよければお進みください。
















1.一体何があったのか?

一体何事だったのかというと、それ程大したことではなくて



中学高校時代に好きだった人が結婚していたのを知ってしまった


という何のケレンもない話なのです。


まあこれ自体は本当によくある話で。でもこれが‥‥。

よりによってこれが初恋の人なんだよぉぉ~

正直めちゃくちゃヘコんだ。アラフォーのおっさんが今更何やってんだよwwって話なのだが、事実ダメージがでかすぎたのでしょうがない。

(※アラフォーあるある話)

 コレを知った日は「まあいつかこんな日もくるよな」という存外冷静な感想だった。その正確な時期はわからないが、この人は大変素敵な人で20代半ばで結婚しても全くおかしくなかったし、アラフォーそこらまで引っ張るのはむしろ驚きで、逆に遅すぎるくらいだ。

ただし頭では理解はしていても感情がついてくるとは限らない。結局一睡もできず、そのまま会社に行ったはいいものの全く仕事が手に付かず、男子トイレの鏡をみたらそこにはゾンビが1匹立っていた。カオがヒドいのは元からだがこれはさすがにダメダメすぎる。


 たまった振休をちぎって午後休を取り、現場直帰で帰宅し寝込んでいたという体たらくである。女々しすぎてモロダサもいいところだ。なお2年前に父親をなくした時はここまでダメージを受けていなかった。薄情者である。

アイドルが結婚した際の「ちょっと横になるわ‥‥」という定番ミームがあるが、まさか自身が身を持って体験することになるとは思わなかった。これはすごい。この星の重力が強すぎてマジで動けない。


2.念のため言っておくと‥‥

 実はこの初恋の人なのだが当の昔にフラれている。というか付き合ってすらいない。だからその部分に関しては未練はないし、実際若い頃は筆者も別の女性と付き合ったりはしていた。そこの分別ははじめからついている。

そして筆者との関係性はたまたま部活が一緒だったこと以外は何の繋がりもない。一緒に帰ったことは一度だけあったが薄い仲だ。最後に会ったのは27歳の時の高校同窓会で、あろうことか当時の筆者はフリーター(公務員浪人)だったこともあり、劣等感からろくに話すこともかなわなかった。


 ただそうはいっても初恋の人はやっぱり特別だ。憧れといってもよく、無条件にリスペクトしてしまう。もし自身が女性に生まれていたら友人になれたんじゃないか、とさえ思うこともある。筆者はたびたび男社会が向いていないとぼやくときがあるが、その最たるはこれである。

また筆者特有の事情として心の傷がある。いじめや仲間外れに遭った疎外感、同世代の友人を丸ごと失った喪失感があり、これは大人になっても消えていない。そういう状況に出くわすと、たとえそれが他人やフィクションであっても共感性羞恥を感じて不安定になってしまう。

そして営業の仕事(PM)をやっているとそういう状況は割と多い。極端に低い自己肯定感もきっとこれが原因だろう。打ち所が悪かったせいもあるのだが、それだけに自身の中でのあの人の存在感は大きかったように思う。


3.キラキラしている人

 筆者は一応人事志望で、かつ面接でアホ程落ちまくった人間なのだが、その中で気付いたことがある。中学高校で周りに好かれる人、大学で青春を謳歌する人、大企業や官公庁や間接部門に就ける人にはある共通した特徴がある。皆一様に「キラキラしている」のだ。

バイリンガルや音楽・スポーツ・芸能実績といったスペシャルがなくとも、一緒にいると賑やかで華があるとか、顔付きや振る舞いが優しくて心地よいとか「何となくこの人と一緒にいたいな」と思わせる魅力があるのだ。筆者はこれを「キラキラ」と呼んでいる。


 これを真っ先に連想するのは筆者の初恋の人だ。やっぱりキラキラしていた。恥ずかしい話なのだが、その美しさに度々目を奪われた。筆者が集めたどんな光り物よりも輝いていた。特に素晴らしいと思ったのは「声」かな。心地よいゆらぎはきっと天性のものだろう。

あの人の当時の見た目と性格、雰囲気は「艦これ」の時雨改二に似ていて、ご想像にお任せする。由緒ある家系の人だったが、何代にも渡って世代交代を重ねた果てに誕生した到達点がきっとあの人だろう。何世代かに一度現れる天才や黄金期の類に思う。


 美人だったのももちろんあるのだが、協調性と共感力は目を見張るものがあった。男の子からも女の子からも好かれていて常に取り巻きがいたし、親御さんから大切にされているのも伝わってきた。クラスで浮いている子に声をかけ、一緒に帰っている姿も度々見かけた。

献身的で分け隔てなく優しい人だったが、だが素の部分は繊細かつ内向的で、少しアンニュイで儚げにも見えた。あれだけ好かれているのに心配性で自信がなく、自分のことを後回しにする自己犠牲精神が強いところもあって、そんなところも大好きだった。


4.消えぬ後悔と罪悪感

 ここまでならいい感じの話で終わりそうだが、残念ながらあまりきれいな結末ではない。筆者はあの人に多大な迷惑を掛けている。それは流石にここでも書けない。

初恋とはよくある青春の群像劇で、普通の人であれば良き思い出として過ぎ去っていくものだが、筆者の場合はその失恋がいじめ・仲間外れとセットだったので、トラウマとして深く刻まれてしまい、同世代の友人を失った失意と悲しみからこじらせてしまった。


 あの人の件は勿論なのだが、筆者が真に心残りだったのは苦楽を共にした部活のメンバー達で、その友人たちとの関係を修復できないことをずっと悔いていた。筆者が仲間外れにされた直接の原因もあの人との件であり、半ば巻き込んでしまった形になる。そして絶交されたまま今日まで至る。

筆者は生き地獄を味わったが、あの人も男性から好意に対する恐怖は多分にあったと思料される。そもそもこの物語を始めたのは私であって、あの人はたまたま巻き込まれただけだ。悪いのは全面的に私である。私がもっとしっかりしているか、潔く部活を去っていればこんなことにはならなかった。

いじめられて仲間外れにされた側が謝って許しを請うというのも変な話だが、当時の友人達と何とか仲直りできないか一人足掻いた時期があるのは事実で、実際に行動を試みたことがあったのだ。まだ若い20代前半~中頃の話だった。


5.仲間の不存在・分かり合えない辛さ

 いじめや仲間外れ、喧嘩別れなどでこじれてしまった人間関係を修復するのはきわめて難しい。どうしてもそれを望むなら頭の中で相当な絵を描く必要があるし、描いたビジョンを行動に移すには、たとえそれがどのような結末に終わろうとも自己責任として受け入れる強い覚悟が必要になる。

────そして筆者は踏み越えた。理論上実行可能なものであればそれがどんなに怖くてもやったし、彼らに近づける伝手があればどんなに細い物でも頼った。無理筋なのも当然承知しているし、ここに書けないことも含め、それこそ手段を選ばずできることはすべてやった。

だがその愚かな試みは、単にメンバーのヘイトを買うだけの無意味な結果に終わり、何よりあの人を困惑させ、いたずらに傷つけてしまうだけだった。

 その失敗原因をたどると、それは「仲間がいなかったこと」に尽きる。この試みに協力者や理解者はおらず、たったひとり孤独の中で勇敢に戦ったのは事実だが、どれほど頑張ったとしてもひとりでは到底無理なのだ。

人の助けを期待できない弱者にとって、ひとりで強くなるのは必要なことだが、苦労を分かち合う友人・かえがえのない親友の存在は何物にも代え難く、やはり大切なものなのだ。残念なことに私にはそれがなかった。

「話せばわかる」「人は分かり合える」とはいうけれど、実際にはとても難しい。現実世界では話し合いのテーブルまで持っていけることがまずないからである。思えば中高生の時点で周りに蔑まれ、孤立していた時点で詰んでいたのかもしれない。こうなる未来もさもありなん、である。

①ライフステージの変化

 筆者が失敗した理由はもうひとつある。時間である。それをやるには時が経ち過ぎてしまったのだ。ハッと我に返ったのだが、人間の寿命は思ったよりも短いのである。

人のライフステージは常に移り変わるし、人間関係には有効期限がある。普遍的な存在ではないのだ。馬鹿な私はそれに気付けなかった。


 罪の意識というのはとても厄介なもので、どれ程時が経過しようとも風化しないものらしい。しかし時が止まっていたのは筆者だけであって、普通の人はそうではないのだ。新しい出会いがあり、環境は変わり、人生は順調に推移しながらゆっくりだが確実に次のステージへと進んでゆく。

この失敗で関係の修復が不可能であることを悟った私は、せめて後追いでもいいので「知りたい!」と切に願った。あの時悲劇が起きたのはどうしてか。自分はあの時どうすればよかったのか。再び同じ悲劇を繰り返さぬためにはどうすればよいのかを。


6.筆者と心理学の出会い

 筆者のMBTI感が発達しているのは、やはりあの人の存在による。贖罪という明確で切実な動機があったからだ。あの人のことをもっと深く知りたいと願ったのがきっかけになる。そんなわけで私のMBTI観はISFJ分析からスタートしている。


 当時受けていた公務員試験勉強の合間を縫って、普段通っている図書館で心理学関係の本を読んでレポート(要約)を書き綴った。筆記試験はいつも受かり、決まって面接で落ち続けていたため苦しい時期だったが、幸か不幸か文献を読み漁る時間はあった。

そのレポートはWordで1,000枚を超えた。ちょうど今から12年くらい前の話で、自身が発達障害かもしれないというほぼ確信に近い疑惑に至り、MBTIと出会ったのもこの頃だ。

 MBTIでいえば、あの人はきっと直観が強め(≒言語性知性が高め)のISFJなのだが、性別や立場こそ違えど、筆者の目指す「こうありたい自分」としての理想の姿そのままだった。

老若男女誰からも好かれ、弱い者や除け者を慈しみ、手を差し伸べて微笑むその姿はとてもまばゆく、まるで天使そのものに見えた。私もそうやって手を差し伸べられて助けてもらった者の中の一人で、だからあの人は私にとっての「ヒロイン」ではなく「ヒーロー」なのだ。


 だが光が強く照らせばその分だけ影は長く伸びるわけで、至らない自分が惨めでイヤになる。自分が至らないからこそあの人が完璧に見えてしまう。これはきっと「シャドー」(影)だろう。私はきっとあの人の影であり、なりそこないだ。

あの人は採用担当の仕事をしていると聞いた。現在もやっぱりキラキラしているのだろう。偶然にもそれは私がずっと目指してやまない仕事である。今回の転職活動でも応募はしていて、書類を通過して面接までは呼ばれるが、その念願がかなうことはおそらくない。私はきっとあの人にはなれない。


7.人生の先送り

 私はその後、公務員試験で面接落ちを数年間繰り返し、最終合格無い内定という苦渋も味わった。公務員を断念した先で設備工事作業員で働きながら資格を10数個取得し、数度の転職を経てスキルと年収を上げ、隙あらばブログを書いてトレードを回して金策も行った。

それはもう地獄の日々で、睡眠時間も可能な限り削って文字通り死ぬ気で取り組んだ。30歳近くまでフリーターをやっていたツケと人生を取り返すため、もはや恋愛などやっている余裕はなかった。

それはこれまでの贖罪意識もあるのだが、自身の弱さや不甲斐なさがとにかくイヤだった。愚かで哀れな自身を猛省し、後ろ暗い過去を振り切るように邁進した。ともすれば自傷にすら思えるが、強くあらねば自分の未来も、大切な人も、何もかも守れないという強迫観念があった。


 だがそれは少しばかり違ったようだ。目の前のことを取り組む振りをして肝心の問題解決を考えないように、先送りにしていただけだったのもかもしれない。無意識にあの人の背中を追っていればいつか振り向いてくれるかもしれない。そんな甘い考えが全くなかったとは言い切れない。

私は確かに強くなった。だが強くなるのにいささか時間をかけ過ぎてしまったようだ。


まとめ

 今回は回顧録になる。オープンにすべきか迷ったが、これは筆者が長年抱えていた心の闇でもあり、その洞察力やMBTI観の根本にあるものだ。筆者がどういう価値観や世界観でMBTIを語っているのか、明らかにする必要はあった。だからこれは必要なことだと思う。

そしてこの無念は墓まで持っていくか、あるいは打ち捨ててしまうよりも、火にくべて成仏させてやった方がいいと思った。終わった話なので今更炎上もするまい。大切なのはこれからをどう生きるかだ。


 この話はそこらによくいるおっさんの自分語りだ。自身の長所を発揮できる仕事には就けず、父親とは意思の疎通がかなわず、長男として家業も継げず、初恋の人は結婚してしまった。なりたい自分にはなれず、運命を何ひとつ変えられなかった男の物語になる。

実際この程度の人間はよくいる。特段自分が不幸だとか恵まれないとは思っていないし、家族含めて私の過去を知る者もいない。誰にも話していないからだ。成功や失敗とは無関係に、いつ終わるかもわからない人生はこれからも続いていくだろう。

①そして訪れた自由と放埓の日々

 罪滅ぼしがメインのため暗い話ばかりしてしまったが、ちゃんと嬉しい気持ちもある。「結婚おめでとう!!お幸せに!」というあの人の幸せを心から願う感情も当然あるし、今となってはその方がずっと大きい。

あの人は良くも悪くも大和撫子で、自分自身のことは存外不器用な人だ。この結婚も深く考え悩んだ末のことだっただろう。単に裕福で上澄みの人生を送っている人でもなく、その職業柄あるいは筆者の件もあって人並み以上の苦労もされている。その苦労が報われた瞬間である。心から祝福したい。


 私の今までの人生はその大半が辛くて苦しいことばかりだった。心が折れることは何度もあったし、助けてくれる人もあまりいなかった。長年の間誰にも理解されず、心に闇を抱えて孤独に生きてきた人生は、余りにも暗く冷たい。せめて涙が溢れないよう上を向いて必死に強くなるしかなかった。

しかし30代になってようやく少しずつだが、人生を楽しめるようにもなってきた。気負う物がなくなって心が軽くなったのも事実だ。これからはもっと自由に生きてもいいのかもしれない。

それは愛すべき自由と放埓の日々というもので、筆者書いているnoteの通りだ。どうやら反動ですっかり遊び人になってしまったらしい。


②悪い、やっぱ辛えわ

 けれども過去イチショックだったは確かだ。ネットで「独身男性は狂う」とか「40歳から"来るぞ"」みたいな話をよく聞くが、うるせぇよ!一体何が来るんだよwwと思いきや身をもって理解した。これは喪失感だ。

2025年現在の日本人の平均年齢は49.9歳という。たかがアラフォーなど若造に過ぎない。今までの人生はいわばチュートリアルにすぎず、現実としての人生はむしろここからが本番なのだろう。今回はnoteのみんなのおかげで何とかこらえたが、二度三度とこれを食らって立ち上がれるかは怪しい。


 だがこうした苦難は生きていればこの先何度だって起こるだろう。親の死、病気、天災、失業‥‥、上げればきりがないがその度に乗り越えていかなければならない。

そう考えると、婚活はいよいよ真剣に検討しなければならないフェイズに入ったのかもしれない。散々回り道をしたため人生の先延ばしもこれ以上は難しい。なかなか気が重いががんばろう。

■今回の反省文はコチラ


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