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芝山古墳・はにわ博物館→航空科学博物館→成田空港 空と大地の歴史館

今回は友達と行きました。


芝山町立 芝山古墳・はにわ博物館


ガリガリ君みたいな歯
埴輪列、兵馬俑みたい
魔除け
技術アプデ
カマド
仏教へ
みんな大好き石棒?

感想

古墳時代の古墳やはにわの解説がメインの博物館でした。
古墳時代3世紀中頃-7世紀、7世紀が特に盛んらしい。
ちなみに仏教は、6世紀中葉頃から朝鮮半島から伝来しました。
この時代のアップデート内容としては須恵器、鉄、かまど(5世紀)みたいですね。

須恵器(すえき)とは、古墳時代中頃(5世紀初頭)に朝鮮半島から伝わった青灰色をした硬い土器のことです。
薄くて硬いのですが熱には弱いため、主に食器・貯蔵具などが多く作られました。

鳩山町デジタル博物館
https://www.town.hatoyama.saitama.jp/digital_museum/

古墳は首長の死によって作られるみたいで、兵馬俑やエジプトの墓と近似しているなと思いました。
古墳時代の人が魔除けで顔を赤く塗っているところを見て、松濤美術館の中央アジア展示で銀装飾を魔除けとして使っている文化を見ていたので、人間みんな魔除けをする生き物なんだなあと思って見ていました。
仏教という大型アップデートパッチが適用される前は、こんな生活をしていたのかー、ということが分かったことが一番面白かったです。

航空科学博物館


道の駅にて


フライトレコーダー、ブラックボックス
シジュウカラを見ると鳥語の本を思い出す
成田空港
成田平和佛舎利塔というらしい

概要

今昔、様々な飛行機の展示がある博物館でした。
この博物館では、失敗の科学、戦前の日本の技術力と凋落、ライト兄弟について考えていました。

感想1

失敗の科学はマシューサイド著の書籍で、その名の通り失敗を科学する本です。(小泉構文)
内容としては、失敗を構造的に把握し、改善するための具体例として航空機事故が書かれています。私はこの書籍を5年くらい前に読んでいたので、そういえば、航空業界は徹底した失敗改善の業界だよなと考えながら見ていました。

航空業界は事故で亡くなった人を「無駄死に」にしないために、事故を徹底的に知識化してきた業界。
事故が起きたら、記憶や言い訳ではなく、記録を見る。
フライトデータ、操縦室の会話、機体の挙動、気象、整備履歴、管制との通信を突き合わせる。
ブラックボックス思考とは、構造的に複数の「なぜ」を掘る文化、思想のこと。
具体例としては、
疲労か。計器表示が分かりにくかったのか。副操縦士が機長に意見しづらかったのか。手順が曖昧だったのか。訓練でその状況を想定していなかったのか。会社の運航圧力があったのか。機体設計に誤解を誘う部分があったのか。など。

AIより

感想2

戦前の日本の技術力と凋落については、戦前の航空機の写真が展示を見ながら、戦前日本も技術力はすごいのだけれど、数や物資で圧倒されたのかなと考えていました。

総力戦では「1機の美しい設計」より、エンジン、燃料、補給、訓練、修理、量産、情報共有、失敗からの学習が勝敗を決める。ここで日本は米国にかなり厳しい差をつけられました。
日本は傑作機の設計図は作れる。だが、戦争末期に必要だったのは、傑作機を「同じ品質で」「大量に」「燃料・部品・整備員・訓練済み搭乗員込みで」前線に送り続ける能力でした。これはもう航空機というより、国家全体を巨大なサプライチェーンに変えるゲームです。

尖った技術性能と安定供給の困難さについて
AIより

航空戦の人的資本は「機体より高い」。熟練パイロットは一朝一夕に作れません。日本は優秀な職人芸の国でしたが、職人を消耗品にしたら負ける。いや、これは航空でも会社でもだいたいそうです。ブラック企業も帝国海軍も、熟練者を燃やし尽くすと最後は精神論になります。急に現代に刺さる。怖い。

戦前末期の少数精鋭主義について
AIより

この内容をまとめると、優れた技術よりも勝利の前提設計を考えること、利益よりも人的資本や信頼を優先することが重要なのかなと思いました。
人を工業製品化して消耗品にすると、持続可能性が無くなることはどこかで見た気がしますね。

感想3

ライト兄弟について、ライト兄弟は飛行機作ったあと落ちぶれたんじゃなかったけ?と考えていました。

ライト兄弟、技術史では英雄、産業史ではやや守りに入りすぎた先駆者。
最初に空を開いたのに、その後「空の通行料」を取りに行きすぎて、次の波に乗り遅れた。発明家あるあるの悲哀です。

AIより

一時の成功にしがみ付くと良くないよみたいな教訓ですかねー。
航空科学博物館で長々と書いたので、疲れた。

成田空港 空と大地の歴史館


虚無を展示するなんて抽象性が高いんだ…
(なわけない)

概要

戦後に戦争と遜色ない感じの成田空港反対運動があったことに驚きました。(身体は闘争を求める)

感想1

戦後の時代は学生運動、ストライキ、反対運動系のなんか活気がある気がするが、現代人はそこまでデモをしない気がするのはなぜなのか、について考えていました。

個人主義の加速。(核家族化)
不満を市場や自己改善が吸収する社会になった。(個人でのストレス解消、サービス化)
島宇宙化による社会運動の視認性の減少。(テレビ→スマホ、SNSの台頭)
集団行動の成功イメージが下がった。
職場・行政・地域・巨大企業・公共事業に対して、個人が集合的に交渉する力は弱くなった。

自力+AIより

時代の流れによって、個人主義が加速したんだなあという感じです。

感想2

成田空港反対運動を見ながら、技術や近代化の反動はどこにでも来るのねと思いました。

国家側はスピード感を重視した高度経済成長のインフラが必要だったため、住民との合意形成を省き、空港建設を強権的決定をした。
新左翼・学生運動が合流したことにより、国家権力と闘う思想的理由が大きくなる。
農民側には土地を守る理由がある。学生・新左翼側には国家権力と闘う思想的理由がある。両者が合流すると、運動は「農地を守る」だけでなく、反国家・反資本・反近代化・反管理社会の象徴になる。
過激化を決定的にしたのは、衝突で死者が出たことで、1971年の東峰十字路事件では、成田空港建設をめぐり警察と反対派が衝突し、神奈川県警の警察官3人が亡くなった。
死者が出ると、「ここまで犠牲を出して引けるか」という心理になる。
開港後も反対運動は終わらず、反対運動は「空港建設阻止」から「空港廃港」「二期工事阻止」「国家権力との継続闘争」へ変質しました。目的が達成不能に近づくほど、運動の一部はより象徴闘争化する。

成田空港反対運動の過激化要約
AIより

「象徴闘争化」とは何か。
ある人が長年その運動に人生を使ってきたとする。仲間もできた。逮捕者も出た。家族関係も壊れた。仕事も犠牲にした。社会からも危険視された。そこまで払ったコストがあると、途中で「やっぱり無理でした」と言うのは、自分の人生全体を否定するように感じられる
サンクコスト効果、闘争がアイデンティティになる。
勝てない戦いが、負けを認めないための宗教になる。

目的達成が遠のくと、運動の一部では「現実を変えること」よりも、「自分たちの正しさ・犠牲・仲間意識・反抗の記憶を守ること」が中心になる。
その結果、闘争は手段ではなく、生き方・信仰・所属証明になる。

象徴闘争化
AIより

要点をまとめると、相互性の欠如集団化による責任分散目的よりも所属アイデンティティが強くなるサンクコスト効果象徴闘争化、みたいな感じでしょうか。
戦争やブラック企業にも通ずるところがある気がします。
(まとめていて、ここまで内容が深くなって驚いている自分がいます。w)
個人的には、サンクコスト効果と象徴闘争化について気を付けたいなと思います。
まあでも、自分が楽しいことに注力して、ヌルヌル自然的流動的に生きれば、そこまで固執しないような気もします。人それぞれですけれどね。

総括

思いのほか、なんでも深堀できることが面白いですね。
人間の歴史って本当に勉強になるなあと感心している昨今です。
(人間は本当に愚か)
まあでも、車移動は疲れるので、ほどほどにします。

終わり。


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