ワンオペヤングケアラーから両親の介護25年目④
夜中3時に鳴り響く電話。受話器を取ると「お母さんの余命2か月です」という内容だった。衝撃が強すぎてこの言葉しか覚えていない。
何をすれば良いのかわからなかったというより何も出来なかった。最初に「明日、父に伝えないと」頭をよぎって、病院へ行った。両手足を包帯で巻かれた父に電話があった事を伝えた。
それから1か月半が過ぎた頃に母は他界した。葬儀には両手足を包帯で巻かれ車椅子の父。
これは現実なのだろうか、ドラマなど作り話や夢ならそうであって欲しい。
涙すら出なかった。「どうやって生きていこう」「父を支えないとな」それしか考えれなかった。
葬儀の参列者が私に「しっかり頑張って生きて」とか何か言ってた気がするが全く心に響かず、逆に人の冷たさを感じ始めた日でもあった。
知能ゲームの趣味をしてる場合でもない。それを辞めて、アルバイトをして父の介護をして生きていかないといけないと、オンライン上の知能ゲームの繋がりがあった人に事情を話し、辞めますと言った所、思わぬ話に繋がった。
「君は才能あって、勿体ないから望むならスカウトさせてほしい」
良くも悪くも人生の転機の一つだった。⑤へ続くワンオペヤングケアラーから両親の介護25年目⑤|さんみ~
※この時の気持ちと乗り越え方については、メンバーシップ限定で詳しく書いていきます。今回はかなり踏み込んだ内容になります。最後に内容をまとめた4コマ漫画もあります。
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