見出し画像

世界史名将ランキング100 Dランク帯総括&番外

みなさま、ごきげんよう。ランキングはお楽しみいただいているだろうか。Dランク帯100〜91位まではこちらである。


まとめ

Dランク帯は絶妙な塩梅を求められる。人類史で100位以内に入るようだから、かなり功績がなくてはいけないが、多少の軍歴の拙さはなくてはならない。ボーダーとしてトラヤヌス帝を用いたが、それでもかなり悩んだ。スレナスのような一撃がでかいものも考慮を難しくしている。まあ要するに偉大であっても、ケチがかなりつけられる人物あたりを選んだと思ってもらってかまわない。

番外編

各ランク帯は、基本的に同率者を排除してランキングにした。それらまで入れると100のランキングの趣旨から離れると思ったからだ。つまり、各ランク帯に載せていない同率者がいるため、ランキング100は実際のところは200人近く評定している。ただし、本ランキングで載せているのは、やはり同率とは言えメジャーだったり、代表的と言えるものなのであり、番外で紹介するものは必ずしも、全く同じ力を持っているとも言えない。また、惜しくもランキングを逃した連中もいるので、ここで紹介したい。

徳川家康

入れるとしたら、99か100位かな。ギリ圏外でもいいだろう。個人的には私は彼に軍事的な魅力をさして感じない。(もちろん、トップクラスの争いの中では、という話である。)

はっきり言えば信長、秀吉にはまるで及ばず、謙信、信玄にも一歩劣る。三方ヶ原は最悪だし、勝頼との戦いもまるでパッとしない。こういうと、関ヶ原や小牧長久手を出してくる人がいる。
関ヶ原のどこに戦術的煌めきがあるのか、こんな戦いがとるに足らない結末を辿ったのはまさしくドリフターズにてスキピオの言う通りである。
そして小牧長久手に関しては、討ち取った池田恒興、森長可が、秀吉にとって都合の悪い人間であるということを私は指摘したい。何よりこの戦いには秀長も官兵衛も小六も参戦していない

しかし、私が彼を評価していないか、というとそれは絶対に否定したい。彼の最も輝かしい才は、治国の才である。徳川家康という男が天下泰平の世を作り上げたのは当然のことで、同時代の世界を見渡しても、ここまでの統治者はいない。政治、謀略に長け、人との関係を重んじ、土地を検め、川を整備し、土地を豊かにした。戦で万人を淘汰せずとも、彼は天下を治められた。単に彼にとっては、戦争は多少効率の悪い、政治手段の一つでしかなかったのである。彼を得られたのは、日本という地域にとって一つの大きな僥倖とまで言えるだろう。

ナポレオンの元帥たち

ウェリントン公のところに、もしくはその前後に誰かナポレオンの元帥を入れようか迷った。しかし、残念ながら彼らの殆どはさした人間たちではないと思い至った。なぜ元帥なのか苦しんで考えねばならない人物もいるし、ナポレオンの指揮下でなければお粗末な連中がその殆どである。

独立した名将として論じる価値があるのは、マッセナ、ダヴー、ランヌ、スーシェだろう。元帥という条件を抜くなら、ドゼーとクレベールも中々の有能な人たちだ。彼らは、必ずしもナポレオンに依存せずとも結果を出せた。また、ナポレオンの指揮下でも彼の出す指令を高度に解釈し、より高い次元に戦場の振る舞いを昇華させられる人物たちでもある。

中でも、ナポレオン登場前から英名を残したマッセナは抜きん出ている。スヴォーロフとのスイスでの戦いも、やはり強烈な印象を残す。しかし、彼は老いていったことで現役からフェードアウトしたこともあり、やはりウェリントン公の方が安定した強さだろうということで本編のようにした。

トミュリス女王

冠をしているのがトミュリス女王

キュロス大王を討ち取った遊牧民マッサゲタイの女王。だが、普通にキュロスと戦って負けているし、そもそもこの逸話そのものに疑問符がつけられる。キュロス死後に中央アジアからの侵攻が殆どないことから私は、キュロスは首都で死んだ、もしくは他の戦場で自然死したと考えている。また、記録としてもペルシアに明るいクセノフォンとクテシアスの記録を信頼したい。一発屋の中でもスレナスとの格の違いを感じ除外した。

グスタフ・アドルフ

彼は、スウェーデン王として三十年戦争やデンマークとの戦いで見事な指揮を取り、名将として記憶されている。ティリー伯やヴァレンシュタインといった名将と渡りあった彼はスウェーデンで最も著名な王として広く知られる。が、私はそう大きな評価はしていない

まず、よくもてはやされる三兵戦術は、別に彼に独特のものではない。というより、軍事改革を主導したオランダのマウリッツから学んだ戦術である。そして、ポーランドに信じ難いほどボコボコにされて負けている。

もちろん、それを可能にするほどにスウェーデンの工業化を導いたのは彼の功績である。つまり、家康に近く、彼は政治能力の方を評価するべきである。ポーランドに対してもあれほど木っ端微塵にされたのにその印象がないのは、政治的に勝利したからである。片腕にオクセンシェルナがいたことも大きいが、王としては、彼は中々素晴らしい。ただし、戦場で最前線に立ちたがるという悪癖を考えれば将としても王としても根本的には碌でもない。

ミルティアデス

マラトンの戦いを指揮したアテナイの将軍。マラトンの一発屋、とまではいかないというのは、トラキアにて彼は活躍しているからだ。だが、うーん。マラトン後の行動が政治的にも軍事的にもお粗末である。息子のキモンの方が、政治的、軍事的に輝かしい。

いいなと思ったら応援しよう!