サッカーのワールドカップに想う
私の余白ノートより: 2026.07.14
サッカーのワールドカップもいよいよ準決勝になった。
対戦カードは、フランスースペイン、アルゼンチンーイングランドである。
FIFAのランキングは6月11日現在、第1位 アルゼンチン、第2位 スペイン、第3位 フランス、第4位 イングランド だから、トーナメントの理想形かもしれない。
フランスは固いデイフェンスに多彩な攻撃陣で、しかもエースストライカー エムバペがいる。
アルゼンチンはサッカーの申し子メッシを中心としたチームで、ここぞというときにスイッチが入ったプレーを見せる。メッシ以外の選手にスポットライトが当たっていなかったが、準々決勝はそんなこともなかった。
スペインは神童ヤマルが目立つものの、勝負を決める存在にはまだなっていない。そのほかの選手も優れていて、守備はとても固い。ただ、エムバペのようにここ一番で得点力のある選手がいないのが少し心配だ。
イングランドはケインが活躍しているけれど、準決勝ではべリンガムが本領を発揮した。若くても、欧州の強豪クラブ レアル・マドリードで10番を背負うだけの実力を持っている。
どの国が優勝するかももちろん興味深い。しかし、今大会は試合内容以上に、ワールドカップそのものの姿が変わり始めたことを感じさせる大会でもある。
その変化を感じた場面はいくつもあった。
最も驚いた出来事の一つは、トランプ大統領の電話だった。
レッドカードで退場した選手の出場停止をめぐって、大統領が電話をかけたという報道である。レッドカードを受けた選手が次の試合に出場できないのは当然のことと誰もが思っていたのに、そうはならない。
レッドカードのきっかけになったプレーは議論がわかれるかもしれないけれど、レッドカードの選手が次の試合に出場できるとなれば、ルールは何のためにあるのかということになる。
スポーツはルールの下では平等だと考えてきた常識がひっくり返ったので、こればかりはどうも納得できない。
次に感じたのは、プレーのスピードがVARを前提とするほど速くなったことだ。ボールが上空のワイヤーに当たるという珍しい場面まであった。
テクノロジーが進歩したおかげて、ゴールやラインとボールの関係ははっきりし、オフサイドも厳格になったと思う。
でも、最終的な判定は、なお審判の解釈に委ねられる部分が残っていて、判定が議論を呼ぶ場面も少なくなかった。
選手のスキルが上がり、スピードが速くなって、判断が難しいプレーが増え、審判がますます大変になったことは間違いない。
ハイドレーション・ブレイク(飲水タイム)は、実質的にサッカーをハーフ制から四つの時間帯で戦う競技へと変えつつある。
これはこれで大会後に委員会を作って検証すべきことではないか。
45分ハーフが2つに分割されると、特に後半の戦い方は変わってくる。
広告ということを考えると、ハイドレーション・ブレイクが入った方がいいのは間違いない。ただ、それでサッカーの醍醐味が失われないかという問題だろう。
FIFAの会長は参加国をさらに増やす方向を目指しているようだ。
しかし、それはいかがなものか。
有力選手はますます試合数が増え、疲労によるケガの確率が上がっていくのではないか。今はとにかく試合数が多すぎると思う。
サッカー大国ではないけれど、プロスポーツ大国のアメリカは、やっぱり見せるということには抜群のノウハウがあるという気がした。
アメリカは、「競技」を「ショー」に変えることにかけては世界一だ。
もちろん、それは悪いことばかりではない。観客は楽しめるし、スポンサーも集まる。
しかし、その先にあるのは「勝負」ではなく「エンターテインメント」になってしまわないかという不安もある。
サッカーは長い間、国を背負って戦うスポーツだった。だからこそ、ワールドカップは特別だった。
今はクラブチームの人気が高まり、世界中の選手が日常的に顔を合わせる時代になった。ワールドカップの意味も、少しずつ変わり始めているのかもしれない。
それでも、勝敗だけは最後まで「競技」であり続けてほしい。
ワールドカップには、そう願わせる特別な価値があるのだから。
最後に、優勝予想。
理性的にはフランス。
でも心情的には、サッカーの母国イングランドに
60年ぶりの栄光が訪れることを期待している。
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