「できません。センスがないから」――その言葉に、私は何も言えなかった。
できない理由を探す部下と、できる可能性を信じたい上司。
50代管理職の私が考えた「人を育てる」ということ
はじめに
「何度言っても、部下が動かない」
「本人のためを思って言っているのに、伝わらない」
「もう少し頑張ればできるのに……」
そんなふうに、部下の成長に悩んだことはありませんか?
管理職になると、
「部下を育てるのも自分の仕事」
と思います。
だから、一生懸命教える。
何度も伝える。
時には厳しく言う。
それでも変わらない。
すると、いつの間にか、
「本人にやる気がないんじゃないか」
そんなふうに思ってしまう。
私も、そうでした。
でも、今なら一つだけ付け加えたいと思います。
「本当に、その人ができないのでしょうか?」
もしかすると、
できないのではなく、
「自分にはできる」と思えなくなっているだけかもしれない。
あるいは、
今いる場所では、その人の強みが活かされていないだけかもしれない。
私は、そんなことを考えさせられる出来事を、40代前半に経験しました。
そして、その経験は、私の「人を育てる」という考え方を変えるきっかけになりました。
第1章 「できません。センスがないから」
40代前半の頃、私は4〜5人ほどの営業メンバーを見ていました。
チームの中心は、30歳くらいの若いチーフ。
剣道一筋で、男気のあるタイプでした。
「みんなでやろう」
「チームとしてまとまろう」
そんな思いを持って、メンバーをまとめようとしていました。
ほかには、なかなか数字が上がらない同期が2人。
異動してきたばかりの、売れる若手が1人。
そして、私の同期でもある営業が1人。
そんなチームでした。
ある日、今月の着地見通しを確認するためのミーティングをしていました。
チーフが、
「一人ひとり、割り振ってやろうよ」
と言いました。
今月の数字をどうするのか。
誰が何をやるのか。
みんなで何とかしようとしていたのだと思います。
ところが、そのときでした。
最年長だった私の同期が、
「できません」
と言ったのです。
私は、その場では何とも言えませんでした。
正直、
「今、それを言うのか?」
と思ったと思います。
チームとしてまとまろうとしている。
若いチーフも頑張っている。
それなのに、「できません」と言ってしまう。
管理職としては、困ります。
その後、私は彼と二人で話をしました。
「みんながやろうとしている中で、あの場面であれはダメでしょ」
そう伝えました。
すると彼は、
「すみません……」
と謝りました。
そして、また、
「すみません……」
何を言っても、
「すみません」
を繰り返す。
そこで私は、少し違和感を持ちました。
これは単純に、
「やりたくない」
という話ではないのではないか。
そう思ったのです。
実は彼には、その前にかなり厳しい経験がありました。
前任のマネージャーとの関係が、とても苦しいものだったのです。
2時間にも及ぶミーティング。
「申し訳ありません」
「頼むから売ってくれ」
そんなやり取りを延々と繰り返していました。
そして彼は、10回以上も、
「もう辞めたい」
と懇願していました。
今振り返れば、かなり精神的に追い込まれていたのだと思います。
そんな経験をした後なら、
「もっとやろう」
「みんなで頑張ろう」
と言われても、
「自分にはできない」
と思ってしまうのは、無理もなかったのかもしれません。
私はそこで、
「この人はやる気がない」
と決めつけるのではなく、
「自信を失っているのではないか」
と考えるようになりました。
そして、
「何とかもう一度、自信を持ってもらいたい」
と思ったのです。
そこで私は、彼を営業として立て直すために、具体的な行動を始めました。
お客様先に入る前の車の中で、二人でロープレをする。
商談に同行する。
終わったら、一緒に振り返る。
「ここでは、こう聞いてみよう」
「この部分をもう少し深掘りしてみよう」
何度も繰り返しました。
私は本気で、
「やればできる。自信を取り戻せば変われる」
と思っていました。
でも、現実は、そんなに簡単ではありませんでした。
そして、ここから私は、
「人を育てる」とは何なのか
を考えることになります。
第2章 「できない」を変えようとして、私は必死だった
「もう一度、自信を持ってもらいたい」
そう思った私は、彼を何とか営業として立て直そうとしました。
管理職として、
「できません」
と言われたまま終わるわけにはいかない。
本人ができるようになれば、チームにとってもプラスになる。
そんな思いがありました。
「やればできる」を、何とか伝えたかった
お客様先へ向かう車の中。
商談の前に、二人でロープレをしました。
「今日は、この話をしてみよう」
「ここはお客様に聞いてみよう」
そんな準備をしてから、お客様先に入る。
商談が終われば、
「どうだった?」
と振り返る。
そして、また次の商談に向けてロープレをする。
何度も繰り返しました。
私は、
「できないんじゃない。やればできる」
と思っていました。
だから、経験を積めば自信も戻ってくる。
そう考えていたのだと思います。
ところが、実際の商談に入ると、なかなかうまくいきません。
彼は、とにかく一方的によくしゃべるのです。
商品の説明は流暢です。
決められた内容を、順番に説明する。
一見すると、きちんと話せています。
でも、私は次第に違和感を持つようになりました。
「これは営業というより、説明員になっている」
そう感じたのです。
営業なのに、お客様の話を聞けていない
営業の仕事は、商品の説明だけではありません。
むしろ大切なのは、
「今、何に困っていますか?」
「どうなればもっと良くなりますか?」
「なぜ、そう思われているのですか?」
と、お客様の話を聞くこと。
そこから本当の課題を見つけることです。
ところが彼は、説明を続けてしまう。
私は途中で話を止めました。
そして、彼が説明した箇所を指さして、
「ここについては、どのようにされていますか?」
と聞く。
お客様が答える。
そこから、
「それはなぜですか?」
「今、一番困っていることは何ですか?」
と深掘りしていく。
そんなやり取りを、何度も繰り返しました。
でも、なかなか改善しません。
今なら「自信がなかったのかもしれない」と思う
当時の私は、
「もっとお客様の話を聞こう」
「説明するだけじゃなく、会話をしよう」
と伝えていました。
でも、今になって思うことがあります。
彼は、質問することに自信がなかったのではないか。
お客様に質問して、もし答えられなかったらどうしよう。
知らないことを聞かれたらどうしよう。
話が思わぬ方向に進んだらどうしよう。
だから、自分が知っていることを話し続ける。
そうすれば、少なくとも自分から失敗することはない。
そんな心理だったのかもしれません。
もちろん、これは今の私が振り返って考えていることです。
当時の私は、そこまで考えられていませんでした。
ただ、
「何とかして、この人を変えなければ」
と思っていました。
ここで、管理職の皆さんに一つ聞いてみたいと思います。
あなたの部下にも、
「できません」「すみません」が口癖になっている
お客様と会話のキャッチボールができずに一方的に説明ばかりしてしまう
本人なりに頑張っているのに成果につながらない
そんな人はいませんか?
そのとき、あなたはどうしていますか?
私は当時、
「できるようにする」
ことに必死でした。
私は、
「もっとお客様の話を聞こう」
「説明するのではなく質問しよう」
と何度も伝えました。
ロープレもしました。
実際の商談でも繰り返しました。
それでも、なかなか改善しない。
そのときの私は、正直、悩みました。
「何でできないんだろう?」
「ここまで教えているのに」
「本人も分かっているはずなのに」
そんな気持ちになったこともあります。
そして、管理職として一番怖いのは、
「もう、この人は無理なのではないか」
と思い始めてしまうことです。
部下のために一生懸命やっているつもりなのに、結果が出ない。
教えても変わらない。
そうすると、いつの間にか、
「本人の問題」
にしたくなります。
私も、そこに近づいていました。
でも、今振り返ると、もう一つ大きな問題がありました。
私は、
「彼を変えること」
に一生懸命になっていたのです。
「できない」をなくそうとしていた
私は彼に、
「できるようになってほしい」
と思っていました。
営業として自信を持ってほしい。
お客様と会話できるようになってほしい。
成果を出してほしい。
そして、チームの一員として活躍してほしい。
どれも間違っていたとは思いません。
むしろ、管理職として当然の思いだったと思います。
でも、今なら少し違う視点で考えます。
当時の私は、
「できないことを、できるようにする」
ことばかり考えていました。
でも、本当に必要だったのは、
「この人は、何なら力を発揮できるのか」
を考えることだったのかもしれません。
この違いは、似ているようで全く違います。
前者は、
本人を変えようとする視点。
後者は、
本人の強みを探す視点。
当時の私は、まだそこまで考えられていませんでした。

そして、私は一つの決断をする
何度もロープレをしても、
何度も商談に同行しても、
なかなか改善しない。
本人も苦しかったと思います。
私も苦しかった。
このまま営業を続けさせることが、本当に彼のためなのか。
チームにとっても、本人にとっても、別の道を考えた方がいいのではないか。
そう考えるようになりました。
結果として、彼には営業ではない部署へ異動してもらうことになりました。
正直、私の中には、
「営業としては、変えることができなかった」
という悔しさが残りました。
管理職として、自分の力不足だったのではないか。
そんな思いもありました。
ところが――。
異動した後の彼を見て、私は考えを改めることになります。
そこには、営業時代には見えていなかった、
彼の意外な強み
があったのです。
第3章 「できない人」だと思っていた彼が、今では信頼されている
彼が営業ではない部署へ異動してから、しばらく経ちました。
私は、その後の彼を見ていて、少しずつ考え方が変わっていきました。
異動先では、営業を支援する仕事をしています。
営業から相談を受ける。
困っていることがあれば、一緒に考える。
問い合わせがあれば、親身になって対応する。
そんな仕事です。
そして、彼はそこで活躍するようになりました。
営業からも信頼されています。
「困ったことがあれば、あの人に聞けばいい」
そんな存在になっていたのです。
そこで私は、ふと思いました。
「あれ? この人、こんなに人から頼られる人だったんだ」
営業時代の私は、
「どうすれば、この人を営業として変えられるだろう」
と考えていました。
でも、異動した彼を見ていると、
そもそも「変える必要があったのだろうか」
と思うようになったのです。
人には、それぞれ力を発揮できる場所がある
振り返ってみると、彼には昔から良いところがありました。
人に対して親身になれる。
困っている人を放っておけない。
人との関係を大切にする。
今でも、同期で集まるときには彼が幹事をしてくれます。
先月も、同期の一人が突然マネージャーを外されたと聞いて、7〜8人で集まりました。
そんなときも、自然と声をかけて人を集める。
誰かが困っていれば気にかける。
気がつけば、みんなから頼られている。
私はそんな彼を見ながら、
「これも一つの能力なんだな」
と思うようになりました。
営業成績という数字だけを見れば、彼は苦労していました。
でも、人との関係をつくる力。
人を気にかける力。
誰かのために動く力。
それは、間違いなく彼の強みだったのです。
ただ、営業という仕事では、その強みを十分に活かせなかった。
私はそう考えるようになりました。

「できない」の裏側にあるもの
あの日、彼が言った、
「できません。センスがないから」
という言葉。
今でも覚えています。
当時は、
「そんなこと言っていたら、何も始まらないよ」
と思いました。
でも、今なら少し違う受け止め方をします。
もしかしたら、
「できません」
の裏側には、
「失敗するのが怖い」
「自分にはできると思えない」
「どうせやっても認めてもらえない」
という気持ちがあったのかもしれません。
そして、そんな状態の人に、
「もっと頑張れ」
「やればできる」
と言い続けても、簡単には変わらない。
だからこそ、管理職として考えなければならないのは、
「どうやって本人を変えるか」
だけではないのだと思います。
「この人は、どんな環境なら力を発揮できるのか」
という問いも必要なのです。
おわりに 人を変える前に、自分の見方を変える
この経験から、私は「人を育てる」ということについて、少しずつ考え方が変わりました。
以前の私は、
部下ができないなら、できるようにする。
それが管理職の仕事だと思っていました。
もちろん、それは今でも大切だと思います。
本人が努力することも必要です。
苦手なことから逃げてばかりでは、成長できません。
でも、それだけではない。
人には向き不向きがあります。
強みもあれば、苦手なこともあります。
そして、
力を発揮できる環境も、人によって違います。
だから今の私は、
「この人をどう変えようか?」
と考える前に、
「この人の強みは何だろう?」
「どこなら、この人は活きるだろう?」
と考えるようになりました。
これは、部下だけの話ではありません。
50代になった今、私自身も同じことを考えるようになりました。
「自分はもう若くない」
「今さら何ができるんだろう」
そんなふうに思うことがあります。
でも、それも同じなのかもしれません。
年齢や過去の評価だけで、
「自分にはもうできない」
と決めつけてしまったら、それで終わってしまう。
もしかしたら、
まだ自分の力を発揮できる場所を見つけていないだけかもしれない。
私はそう思うようになりました。
もし今、あなたが部下のことで悩んでいるなら。
「何度言っても変わらない」
「やる気が見えない」
「自信がないのか、いつも消極的」
そんな部下はいませんか?
そのとき、一度だけ問いを変えてみてください。
「どうすれば、この人を変えられるだろう?」
ではなく、
「この人は、何なら力を発揮できるだろう?」
と。
もしかすると、今まで見えていなかったものが見えてくるかもしれません。
私自身、この経験から学んだことがあります。
人を変えることは、簡単ではない。
でも、
自分の見方を変えることはできる。
そして、その見方が変わると、部下との関係も、自分自身の仕事との向き合い方も、少しずつ変わっていく。
これが、私が40代の頃に経験した「できません」という一言から学んだことです。
私は今でも、人材育成についてはまだまだ勉強中です。
みんなの成長が、チームの成長になる。
そして、管理職として何より嬉しいのは、自分が成果を出すことだけではなく、
一緒に働く人が成長していく姿を見ること。
そう思っています。
あなたは、部下を見ているとき、
「できないところ」ばかりを見ていませんか?
それとも、
「この人だからこそできること」
を見つけられていますか?
私も、まだ人生リブートの途中です。
これからも、自分自身の失敗や葛藤を振り返りながら、仕事と人生について考えていきたいと思います。
あとがき
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
「できません。センスがないから」
あの言葉から、私は人を育てることについて、たくさんのことを考えました。
当時の私は、部下を変えようとしていました。
でも、今振り返ると、
変えようとしていたのは、部下だけではありません。
自分の思い通りに動いてほしい。
期待に応えてほしい。
成果を出してほしい。
そんな「こうあってほしい」という気持ちを、私は部下にぶつけていたのだと思います。
そして、これは部下との関係だけではありませんでした。
管理職になってからの私は、上司から認められたい、期待に応えたいという気持ちが強くなり、いつの間にか上司の評価に自分の気持ちを左右されるようになっていました。
そのことに気づいたのは、もっと後になってからです。
もし、あなたも今、
「上司の言葉が気になって仕方がない」
「評価されることに疲れてしまった」
「自分は何のために働いているんだろう」
そんな思いを抱えているなら、こちらの記事も読んでみてください。
あわせて読んでいただきたい記事2つ
50代管理職になった私が、
「もっと認められたい」
「もっと期待に応えたい」
という気持ちに縛られていた自分と向き合い、
少しずつ仕事の主導権を自分に取り戻していった経験を書いています。
部下を変えようとした私。
上司を変えようとしていた私。
振り返ってみると、どちらも根っこにあったのは、
「相手を変えようとしていた自分」
でした。
だからこそ、私が人生を少しずつ変え始めたのは、
相手ではなく、自分自身に目を向けるようになってからでした。
もし今、仕事や人間関係に少し疲れているなら、こちらも読んでいただけたら嬉しいです。
過去の私の失敗が、あなた自身を見つめ直す小さなきっかけになれば幸いです。
