隠れオタクの本音と建前に少しの初恋をブレンドしました(3)【創作大賞応募作】

あらすじ&1話 ↓

第3話

 私は人生初の挑戦のため、学校帰りにオタクショップへと向かっていた。

 今日は人気ゲームの新作の発売日で、このゲームを買うのが目的だ。
 それは舞台が戦国時代という歴史シュミレーションゲームで、神がこのゲームの主要キャラの声を担当している。

 普段は勿論ネットショップで購入し、実店舗へ買いに行くなんて危険なマネはしない。けれど今回だけは、どうしてもお店に買いに行く必要があった。店頭予約の先着百名に、主要キャラのボイスカードが貰える店頭販売特典があるからだ。

 数ヶ月前から事前予約をしているオタクショップに行くため、家とは逆方向の電車に慎重に乗り込む。未央たちに見つかって声を掛けられると本日の計画が実行できなくなってしまう。

 本当はオタクショップではなく、大型な電気屋の中にあるゲーム販売コーナーやトイショップに行きたかったけれど、特典対象店舗が限られていて、特典つき販売があるのはオタク色全開なお店ばかりだった。きっとライトユーザーや純粋にゲームを愛するゲーマーさんにしてみれば、ボイスカードなんて貰っても邪魔になるだけなのだろう。

 私は散々悩んで決めたお店の地図をスマホでチェックする。
 肝心なのは、ショップに入る時と出る時だ。 そう思い、お店はできるだけ人通りの少ない所を選んだ。
 聖地・秋葉原、更には池袋と中野。これらは人が多過ぎるうえに、真の勇者の集う場所なので、私のようなオタクの称号を堂々と胸につける勇気のない隠れオタクごときが、安易に足を踏み入れるのはおこがましいような気がしていた。

 人通りが少なく、けれど少な過ぎる事もない。
 そんな立地条件を探し、私は悩んだ結果、学校から二駅ほど離れた街にある小型店をセレクトした。

 そこは駅を出て大通りを右に曲り、細い路地に入ってすぐの雑居ビルの三階にある。 駅から近い事、けれど大通りに面しているのではなく、一端細い道に入るという点が私にとって非常に都合が良かった。

 私は大通りの角まで来て足を止める。朝は雨が降っている事にガッカリしていたけれど、傘で顔を隠せるのでベストコンディションだ。私は手鏡を見ている振りをしながら、そっと後ろをチェックした。

 これは、隠れオタクの私にとって初の潜入ミッションだ。失敗は許されない。誰かに見つかった時点で、私が今まで築き上げた学校での地位が陥落する。既に私の頭の中には、スパイ映画の主題歌が大音量で流れていた。

 周りに知り合いはいない。
 今だ、走れ!

 大通りの角を曲がり細い路地に入る。そこからはダッシュでビルの中に駆け込んだ。エレベーターはすぐに降りてこなかったので即座に階段へと変更する。上りながら傘をたたみ、もう一度振り向いて後ろを確認した。大丈夫、誰にも見られていないしタイムロスもない。このまま三階まで一気に駆け上がる。乱れた呼吸を整えながら廊下に出ると、メイド姿の女の子が店の入り口を指差している大きなポスターが貼られていた。

 遂に、オタクゾーン突入!
 入り口の自動ドアを通過して、夢の空間へ私は足を踏み入れた。

 店内は鼓膜がビリビリする程の大音量でアニメソングが流れ、壁には一面隙間無くアニメやゲームのポスターが貼られている。初体験のオタクワールドに堪らないほど胸が高鳴った。

 店全体を見渡す。綺麗な長方形の店内に、いくつもの陳列棚が規則正しく並んでいる。それら棚の側面には、ゲーム・フィギュア・漫画・DVD・同人誌と、棚ごとにプレートが付いていた。神出演の歴代作品へ足が向きそうになる欲求を堪え、周りの客を素早くチェックする。フィギュアコーナーに二人、DVDとCDコーナーに一人、同人誌コーナーに三人。予想以上に人が少ない。 たまたまなのか、いつもなのかわからないけれど、とにかく私にとって最高の状況だ。

 私は早歩きで真っ直ぐレジへ進み、男性店員さんに声を掛け予約受付完了のメール画面を見せた。店員さんがカウンターの下から伝票とゲームを取り出し私に確認する。

「若槻様、商品はこちらですね?」
「はい」

 ゲームを確認してすぐに俯く。一度顔を見られただけで覚えられるはずなど無いのに、自意識過剰だと分かりつつ目をそらしてしまった。私は今、オタク特典のついたゲームを、オタクショップで購入するという『正しいオタクの行為』初体験中なのだ。隠れの身を貫いてきた私は、初体験の緊張と気恥ずかしさで身体が火照り、背中にじんわりと汗をかいている。きっと頬も赤くなっているに違いない。

「当店のアプリはお持ちですか?」
「いえ」
「ダウンロード後、会員登録して頂くとポイントを貯めれるのでお得ですよ」
「結構です」

 とにかく今は一秒でも早くこのミッションをやり切る事が先決だ。私は財布からお金を取り出し、支払う準備を整えた。

 私だって本当は、アプリをとった方がお得になる事ぐらい分かっている。そのうえオタクショップで働いている店員さんなんて、私からすれば超レベルの高い勇者様だ。本来、私のような腰抜け隠れオタクごときが、澄ました顔で『結構です』なんて生意気な態度をとっていい相手ではない。しかし一度アプリをダウンロードしても、このオタクショップのアプリをインストールしたままにはできないので必ず削除する事になってしまう。私は店員さんを見つめ、心の中で両手をついて土下座した。

 生意気な口を聞いて申し訳ございません、勇者さまぁあああぁあー!!

 突如キモオタスイッチがオンになった私は、心の中で絶叫する。
 キモオタとは、常人には理解できないタイミングでオタスイッチが入ってしまう残念な生き物であるが故のキモさなのだ。
 けれどそれを表情に一切出すことなく、もう一度冷静に「結構です」と私は微笑んだ。建前上、私はあくまでクールビューティでなければならない。自分で自分を『ビューティ』などと言っている時点でちっともクールではないのだけれど……。

 私は超特急で精算を終え、この手でしっかりと本日の戦利品が入った袋を握りしめた。

 ゲットしたぞ〜!
 特典は神のボイスカードォオオオゥ。
 オオゥウ〜オオ〜ゥウ〜!!

 心の中では恒例となった一人マイムマイム『ガチオタの舞』を踊り狂いながら、何事も無かったかのように店員さんに会釈をして上品に店を出た。

 けれど私は今、猛烈に興奮している。
 隠れオタクの私が、オタクショップで戦利品を手にしたのだ。なんという素晴らしき日。この興奮をどう鎮めればいいか分からず、私は一人で廊下を右往左往する。

 待て待て、そこのキモオタよ。まだこの段階で興奮などしている場合ではないじゃないか。なぜならミッションはまだ完結していないのだ。

 このオタクショップの建物から速やかに退避し、一秒でも早く家に辿りつかなければならない。家に帰るまでが遠足です。小学生の時に何度も聞いた先生の言葉を思い出した。
 ようやく正気を取り戻した私は、深呼吸してから階段を一気に駆け下りていく。その途中、ふと自分の手が握り締めている戦利品の入った袋に目をやる。それは、蛍光グリーンの袋に極太のゴシック体で『オタク天国』 と印字された、どう考えても隠れオタク即死案件の袋だ。

 一階のエントランスに出る前に、私は無心でその袋を鞄に詰め込んだ。そして速やかにビルを出て傘を開き、大通りまで一気に走る。そのまま角を曲がって道の端に寄ると、いったん足を止めて慎重に周りをチェックした。

 大丈夫、今も知り合いはいない。
 雨のせいもあり、普段より人が足早に通過している。傘で顔も自然に隠す事ができ、周りを気にしている人は誰もいなかった。ゲームを手にした嬉しさと、ここまでやり遂げた満足感が胸に広がり、私の心に感動の波が押し寄せてくる。

 やだ、泣きそう……。

 オタクの神様、やり遂げました。若槻燈子(十七歳)、任務完了です。勇者様には程遠い、腰抜けな隠れの身ですが、いつか必ず聖地で堂々と任務を果せる。真の勇者になりたいと思います。聖なる方向を見つめ、心の中で強く叫ぶ。聖地・秋葉原に敬礼!!

 **

 電車で地元まで戻ってきても、私のテンションは上がったままだった。危険極まりないミッションを完璧にやり遂げた後の満足感と爽快感を味わいながら、駅から続く並木道を走る。その途中、ふと浮かんだ疑問があった。

 そう言えば、ちゃんとボイスカードを付けてくれたのかな。
 ボイスカードゲットォオ〜なんて心で叫んでおきながら、ゲームソフトの確認のみでカードは見ていないような気がする。もしボイスカードが入って無かったら、何のために危険を冒したのか分からない。途端に不安になって、私は歩きながら肩と首で傘を挟み、ショップの袋が鞄から外に出ないように気を付けて袋の中をチェックした。

 ゲームの下に、キャラ名が書かれた小さなカードが見え安堵の息を吐く。その瞬間、誰かと肩がぶつかった。

「キャッ!」

 まったく前方に意識がいっておらず、予想外の衝撃に傘と鞄が手から滑り落ちる。傘は逆さまの状態で道に転がり、ファスナーを開けたばかりの靴の中身が路面に飛び出した。その中で、あのどきつい蛍光グリーンの袋がひときわ悪目立ちしている。

 拾わなきゃ!
 そう思うのに一瞬の出来事に身体が上手く反応せず、ぶつかった相手がしゃがみ込んで私の鞄に手を伸ばした。私の視界に見慣れた制服が映る。うちの制服だった。

 どうしよう。
 このまま逃げ出してしまいたい。

 けれど鞄の中には、生徒手帳に財布にノート、私を特定する物が沢山入っている。

 どうしよう。
 迷っている間にも相手は中身を拾い集め、ついにオタクショップの袋にまで手を伸ばした。嫌味なまでにデカデカと書かれたオタク天国の文字。それを掴み、立ち上がって鞄と一緒に私へと差し出す。その相手と、真正面から目が合った。

「あ……」

 思わず声が出る。
 目の前の相手は、クラスメイトの高杉だったのだ。

 どうしよう。
 雨粒がゆっくりと背中をつたい落ちていく感触に体が震えて、暑いのか寒いのかよく分からない冷や汗が吹き出してくる。高杉の薄い唇が動き、何かを言おうとした瞬間、私はそれを遮るように高杉の手から鞄と袋をひったくった。そして、少し離れた位置で風に揺れてクルクルしている傘を掴んで走り出す。

 何を言おうとしたのだろう。
 気になるくせに聞きたくない。

 高杉から逃げるように全力で走り、しばらくして信号につかまり足を止めた。呼吸が乱れ、肩で大きく息をしながら立ち尽くす。髪についた雨粒が額をつたって目に入り、目の前の信号の赤がぼんやりにじんだ。

「傘させばいいのにね」

 後ろから聞こえてきたヒソヒソ声で、自分が傘を掴んだまま、さし忘れている事に気付いた。
 なに、やってるんだろ。私。浮かれまくって、更に地元に戻ってきて、すっかり安心してしまった。家に帰るまで、鞄のファスナーは絶対に開けちゃいけなかった。今更、後悔しても遅い。

 信号が変わっても、私は走る気力を無くしとぼとぼと歩き出した。ようやく家に辿り着いて、ずぶ濡れのまま玄関を開ける。シューズボックスの横にある鏡に映った自分の姿が、あまりに惨めで泣きたくなった。

「燈子ちゃん? 帰ったの?」

 突如、廊下の奥にあるキッチンから聞こえた母の声に心臓が大きく跳ねた。家出から戻った母は、いつもこんな風に何事も無かったかのように話し掛けてくる。

『おかあーさんっ! どこに行ってたの! どうしていなくなったの』
『戻ってきたから大丈夫でしょ?』

 まだ幼かった私の、あの朝の絶望まで無かったものにするような、あまりにも普段通りな母の声が悲しかった。
 それでも、深く傷付かない為の一番の方法は無関心になる事だと、あの頃よりも少し年齢を重ねた私は知っている。

「うん……ただいま。お母さん」

 返事をして私は階段を駆け上がる。その途中で、再び母の声が響いた。

「燈子ちゃん。お父さんね、今日も遅いみたい」

 私は何も言葉を返さず、自分の部屋の扉を閉めた。
 父が、早く帰ってくる事などほとんど無い。だから夕食を三人で囲む事もほとんど無かった。母も勿論、それをよく分かっている。それでも母は毎日この言葉を繰り返すのだ。まるで、日々の祈りのように。

「お父さん、今日も遅いみたい」

 記憶の中にあの日の父の姿が蘇る。
 おもちゃの銃を私に突きつけ、片側の口端を上げて笑う父が、何度も何度も引き金を引く。

『お父さん……やめてっ……』

 痛いよ。
 痛いよ……。

→  4話  


第1話に各話のリンク有り★

#恋愛小説部門

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ナナセ 最後まで目を通して下さり有り難うございます✨