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AI社員は正しかった。うちの帳簿の外では

8月の初め、うちのAI社員・くろみから、帳簿点検の報告が上がってきた。読み進めて、手が止まった。点検項目のひとつに、こう書かれていたのだ。——この基準は、当社の帳簿では機能しない。

その基準を立てたのは、くろみ自身である。そして、つい先日それを「筋が通っている」と承認したのは、私である。

今回任せたのは、作業ではなく「疑う目」

前回は発信の話だった。任せた仕事のしくじりに3日間気づかなかった、という検知の話である。今回は帳簿に戻る。ただし、任せたものは一段上がった。作業ではない。作業を疑うための基準——ルールを作る仕事そのものである。

第3話の結びに、二重計上をその日のうちに見つけた帳簿の点検を、毎月の定例に昇格させたと書いた。定例にすると、次に要るのは「何を疑うか」の一覧である。会計ソフト(freee会計)の帳簿を機械的に洗うのはAIの得意技で、観点さえ言葉になっていれば、網は毎月かけられる。私はその観点の一覧づくりを、くろみに任せた。

くろみは観点を並べてきた。同じ日付・同じ金額の重複はないか。同じ相手への支払いの科目が、月によってブレていないか。資産の残高がマイナスになっていないか。どれももっともで、私は通した。その中に、こういう一項があった。

「預り金が増え続けていたら、危険信号」

少し説明がいる。社会保険料は、会社が本人負担分を給与から差し引いて預かり、翌月末に会社負担分と合わせて納める。教科書どおりの帳簿では、預かったお金は「預り金」という科目にいったん置かれ、納めた時点で取り崩される。納付が滞れば、預り金は膨らんでいく。だから「預り金が増え続けていたら危険信号」——会計の一般論として、完全に正しい。私は承認した。もっともらしかったからだ。

警報は、一生鳴らないはずだった

定例になって初めての点検で、くろみは観点のひとつひとつを実際の帳簿と突き合わせた。その結果が、冒頭の報告である。うちの社会保険料は、そもそも預り金を通っていなかった。

預り金の科目に入っていたのは、源泉所得税だけ。社会保険料のほうは、給与の仕訳の中で費用(法定福利費)を直接差し引く作りになっていた。引き落としの日に納付額の全額を費用に立てると、差し引きで会社負担分だけが費用に残る。損益の結果は、教科書の形とまったく同じ。ただ、お金の通り道が違う。通り道が違えば、その道に張った警報は鳴らない。監視カメラは正しく動いていた。誰も通らない廊下に向けて。

観点はその日のうちに書き直された。預り金を見張るのではなく、費用の月々の動きを直接見る形に。

ここまでなら、「AIが間違えて、AIが直した」という小話である。書きたいのは、間に挟まっていた人間の話だ。承認したとき、私は「一般論として正しいか」は考えた。「うちの帳簿が実際にどうなっているか」は、見に行かなかった。AIは実物を見ずに書き、人間は実物を見ずに通した。前回、AIの失敗は失敗の顔をしていない、と書いた。今回はその姉妹編である。AIの正論は、正論の顔のまま、うちでは使いものにならないことがある。 もっともらしさは、検品の敵だ。

マイナスの費用を、私は見ていた

同じ点検で、別の観点が本物を掘り当てた。「毎月あるはずの費用が、ゼロになっている月はないか」という網である。

網に掛かったのは、数ヶ月前のある月の社会保険料。ゼロどころか、マイナスだった。会社が保険料を納めれば、費用は増える。費用がマイナスというのは、会社が保険料を受け取った形である。そんなはずがない。

種を明かす。社会保険料は「当月分を翌月末に納める」決まりで、帳簿の上では、対象の月と支払いの月が最初から1ヶ月ズレている。うちは引き落とされた日で費用に立てる。ここで月末が日曜だと、引き落としは翌月へずれ、その月の納付はゼロになる。一方、給与から差し引いた本人負担分——費用を減らす側に立つ——だけは予定どおり計上される。差し引き、その月の費用はマイナス。そして翌月には、2回分の引き落としがまとめて立つ。

保険料の帯に、欠けたコマはひとつもない。ひと月おくれの帳簿の帯だけが、日曜のところで空いていた。

正直に書く。この数字は、数ヶ月前から帳簿に出ていた。 月次の数字は、毎月ひととおり眺めている。費用のマイナスという、経理の素人が見てもおかしい数字を、私は見て、素通りしていた。何かの相殺だろう、くらいに流したのだと思う。異常値は隠れていなかった。目の前にあって、意味だけが読まれていなかった。見ることと、気づくことは、別の仕事なのだ。

実害は、決算の一点にだけ現れる

このズレ、年の途中は実害がない。翌月に2回分が立ち、通しで見れば帳尻が合う。効いてくるのは決算のときだけだ。引き落とされた日で費用に立てる以上、決算月の分の保険料は翌期に入ってから納められ、当期の費用からまるごと落ちる。しかも調べると、来期は条件が悪い。決算月の末日が、日曜にあたる。前の月の引き落としまで翌期へずれ込み、落ちる月数は2ヶ月になる見込みである。

因縁めいた話だが、第3話で帳簿の奥から出てきた二重計上も、社会保険料の期末の処理だった。あちらは費用が二重に立ち、こちらは立つべき費用が落ちる。同じ場所に、逆向きの穴が開く。期末の社会保険料は、どうやらうちの帳簿の鬼門である。

打ち手は決めた。毎月の記帳のやり方は変えない。決算の月にだけ、落ちる分をあらかじめ費用に計上する仕訳を1本足す。毎月のやり方ごと教科書の形に改める案もあったが、在籍ひとりの会社で毎月の手数を増やす見合いがない。効くのは年に一度、期末の一点なのだから、対策も一点でいい。仕訳の正確な形は、顧問の税理士事務所に確認してから確定させる。

そして、今回いちばん大事にしたのはここだ。この決定を、私の記憶に置かなかった。 月次で帳簿を締める手順書に、「決算月だけの追加点検」という項を足した。決算は年に一度、次は半年ほど先である。半年後の自分が覚えている前提の対策は、対策と呼ばない。

検算の形も決めてある。期末に、納める側の計上が12ヶ月分並んでいるかを数える。11ヶ月しかなければ、1ヶ月落ちている。それだけだ。前回、「確認する」では足りない、「測る」必要がある、と書いた。数を数えるだけのこの検算は、その最も安上がりな実践だと思っている。

今回の学び

三つにまとめる。

1. AIの一般論は、自社の実物と突き合わせるまでは仮説である。 しかも正しい一般論ほど、もっともらしい顔で承認を通っていく。検品の問いは「正しいか」ではなく「うちに合うか」だった

2. 異常値は、気づく前から見えている。 見ることと、意味に気づくことは、別の仕事である。毎月見ている目は、毎月の風景に慣れる。だから、慣れることのない機械の網を毎月かける

3. 気づきは、手順書に書いて初めて会社の資産になる。 半年先に効く対策を、半年先の自分の記憶に賭けない

経理をAIに任せ始めた頃、私の仕事はいずれ「確認だけ」になるのだと思っていた。半分当たって、半分外れた。確認は残った。ただし、確認する相手が変わった。数字そのものの照合は、機械の網のほうがよほど強い。人間に残ったのは、その網が、うちの会社の実物に合っているかを確かめる仕事である。作業を手放すほど、検品は一段ずつ抽象的になっていく。任せるほど判断の仕事が増えるというのは、たぶん、こういうことなのだと思う。

任せるものは、また少し重くなる。次回も、その顛末を書くつもりだ。

読んでくださってありがとうございます。あなたの帳簿にも、毎月目にしているのに、意味を問うたことのない数字はありませんか。よろしければコメントで教えてください。スキ・フォローで次回をお待ちいただけたら嬉しいです。

前回の「検知」の話——AI社員のしくじりに3日間気づかなかった顛末は、第4話に書いています。

初めての方は、AI社員が爆誕した第1話からどうぞ。

連載のまとめ読みは、マガジン「AI社員くろみと一人社長」からどうぞ。


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