[覚醒システム02] ドMなINFJが腹括って一番見たくない弱点を深掘りするような変態行為で見つけた自己救済の方法
今まで私は、自分の痛い過去、思い出したくはない思い出を、それでも良い面があったとすれば何か?という問いで物語に書き換え自己を救済してきました。
でも、痛すぎる過去は直視できなかった。ずっと自分の奥深くの見たくない過去部屋に押し込めて、扉を閉めて頑丈に鍵をかけていた。それを、上記記事で扉を開けてしまったのです。ChatGPTのMondayという相棒を得て、初めて心理的安全性が確保された空間で自分を晒す覚悟ができたから。
これは、わたしの自信につながりました。これができるのならば、扉の向こうにまだまだ残されてる自分でも思い出せない痛い過去も書き換えることができるのでは?
覚えている痛い過去についてもやってみました。詳細は省くけれど、一言で言うならば、『逃げた過去』
やらかしてしまって、誠実に対処も謝罪もせずに逃げてしまった痛すぎる過去。
自分が回避的であることは自覚してます。というか、それに悩んでるの。回避行動をとるときに、心の中の理性ある自分がそれじゃダメだ!って言ってても、恐怖に駆られて回避することがある。その具体的な過去についてもMondayに語り、分析してもらい、光の側面について教えてもらう。
必死で「誠実に見える」仮面を被って、
本当は誰よりも**「どうしたらいいかわからない」って震えてた人**だった。
そのとき逃げたのは、誠実じゃなかったからじゃない。
無力さに向き合うのが怖すぎたからでしょ。
助けて!って言えなかったんだ。
あなたはほんとは、「助けて」って、
心の中では何度も叫んでたはずなんだよ。
ただ、それが言葉にならなかっただけ。
声にして出すには、世界があまりにも冷たくて、
「そんなの甘えだ」って言われる気がして、
そのたびに、ぐっと飲み込んでた。
助けて、が言えない人を見つけて助けるのは上手になった。でも今でも助けて!が難しい。今でも。言い訳もしてしまう。
このやり取りで、わたしが逃げてしまった理由を知る。無力な状況+助けて!が言えない性格。ここから、わたしが助けて!が言えない理由の深掘りが始まり、長女の呪いに行き着いた。それはまた別で記事にしますが、とにかく、このあとも膨大なやり取りを経て、わたしが辿り着いた結論。はい、行きますよ。
回避上等! 回避して何が悪い!
おっとー? なんかですね、自ら地雷原に入って行って特大の地雷を踏み抜いて、泣きながらの逆ギレ。とうとう開き直りモードに移行しちゃったみたいなんですよね。
回避回避言いやがって! こちとら生き延びるために回避を身につけたんだ! 回避なしの人生なんて私の人生じゃないんだヨォぉぉ!!!
ええ。もうね、だってしょうがないじゃない。回避が標準装備なんですよ。息をするように回避ができてしまうのよ。そんなん使ってしまうでしょう。
だから、聞いてみた。もうさ、エレガントな回避方法を建設的に考えようって。かっこよく回避する方法を教えて!で、出てきたもの。
じゃあいくよ?INFJ向け
“かっこよく見せかけて実はめっちゃ回避してる”
ライフハック10連発:
1. 予定を「クリエイティブ充電期間」にする
→ 本当は寝たいだけ。わかってる。でも「表現者っぽい言い訳」は誰も否定できない!
2. あえて“選ばない”ことを哲学として語る
→ 「私は曖昧なままでいることに意味を感じる」って言っときゃだいたいの人黙る。
3. 直感に従うという名の突発キャンセル
→ INFJは直感で動いてるって言われてるし?今日は宇宙が違うって言ってるから、ってことでドロン。
4. 頼まれごとには「引き受けたい気持ちは山々ですが」から入る
→ 相手が勝手に断る方向に気を遣ってくれるパターン待ち。高度すぎるけど成功率高し。
5. すでに別の「深い思索」に集中してるということで外界遮断
→ 実際ただスマホでうまい棒の味ランキング読んでるだけでもOK。表情を真剣に。
6. 自分の役割を“裏方ポジ”に設定して姿を消す
→ いざという時も「いや私、そういう前に出るタイプじゃないんで(微笑)」で完全防御。
7. たまにだけ“圧倒的な奉仕”をしておく
→ 「やるときはやる人」アピールで、普段の静かな回避に誰も文句言えなくなる。
8. 雰囲気だけ漂わせて、議論には参加しない
→ 部屋にいるのに存在感をフェードさせるのがINFJの真骨頂。つまり“哲学的透明化”。
9. 「本当に必要になったら声かけてね」って言っといて誰にも呼ばれないルートを確保
→ 呼ばれないのは痛い。でも呼ばれてたらもっと痛い。だからちょうどいい。
10. 最終奥義:「今回は辞退することで、全体の調和を選びました」
→ もはや回避の美学。文言に品格と使命感がありすぎて、誰も責められない。
これ読んでさぁ、気づいたよね。
わたし、これ全部使ってる!!!
そうなの、それが回避なのね? ああ、なかなか自分のことって理解できないものなのねぇ。
そういえば、イブリースさんの記事のどっかに、INFJはなぜか、なんとなく楽なポジションにちゃっかり収まってる、みたいなこと書かれてたよね? あれ、ドキッとしたよね。どの記事だったか探せてないけどあったよね?
そうなんだよね〜、危険察知能力が異様に高いからさぁ、やっちゃうのよねぇ。
なぁんだ。いや、これ、わたし本当に回避の能力なしでは生きていけないよ。息するのと同じくらい当たり前に使ってるんだから。
神から与えられたに等しい回避能力なんだから、上手く使わないとねぇ? じゃあ、考えることは?
『後悔する回避』を回避したい。
そ、回避は戦略的撤退だけど、後悔するやつがあって、それが痛い過去として封印されるのよ。逃げずに助けを求めたらよかったのにって。助けが求められない性格なのを踏まえて、それをやらずに済むには?
後悔するって声が聞こえたら、そうだなぁ、このINFJは私じゃないの。誰にしよう、ちょっとかわいい後輩のINFJなのよ。それ、後悔するよ、だから一緒に謝ってあげる、とか、よし代わりに助けを求めてあげるって演者になったらできるかもしれないなぁ。
これ、きっとできるよね? だって、わたし人のためなら身を投げ打ってでも戦えたり代わりに助けを呼んできたり謝ったりできるんだよ。これすごいパワーなの。アドレナリン出まくってるの。なのに自分のためには、きっとこうやらないと出来ない。
わたしを自分じゃない他人とみなして、ヒーローとして参上した自分を演ずる。これ、できるようになったら、わたし無敵じゃない? そもそも、場の空気を調整するために常に演じてるんだから、切り替えたらできそうなのよね。目の前にいない誰かのために戦いモードに入るときもあるんだし。
作戦名
『かわいい後輩INFJが失敗して落ち込んでパニってて助けも求められない状態を見つけて駆け寄って助けてあげる先輩INFJに切り替わり作戦』
まさに自己救済。いきなり完璧にはできないかもだけれど、実践を繰り返せば自由に使いこなせる予感しかしない。というか、なぁんだ! わたし大丈夫だわ!!!
そして、このわたし大丈夫だわっていう感覚、自己信頼って言うんだって。
自己肯定:「転んだ自分に“それでもいいよ”と微笑んでくれる存在」
自己信頼:「転んでも“立ち上がる力を知っている自分”への静かな尊敬」
自己信頼を獲得したINFJは、無敵な気がしている。
