モネ≪印象・日の出≫を巡るルロワの批評がまさかの発狂オチだった
モネ≪印象・日の出≫を巡る批評
モネの≪印象・日の出≫を観たルロワという美術批評家が皮肉を込めた言葉が、「印象派」という名前の由来となった。
印象派について教科書や美術史の本で学ぶのはこんな内容ですが、先日YouTubeで拝見した山田五郎さんのこちらの動画が非常に面白かったです。
簡単に言うと、ルロワが実際に書いた批評記事を読んでみたら、必ずしも印象派を批判しているとはいえない(なんなら褒めてるんじゃないか)という内容です。
定説とされている内容でも、一次資料に当たってみるのは非常に大切ですよね。
せっかくなので私もWikisourceから読んでみることにしました。

実際に日本語訳を読んでみた
今回は以下リンクの日本語版を読んでみました。
そもそもルロワの批評記事は、「ヴァンサン」というアカデミズムのお偉い画家(架空の人物)を、第1回印象派グループ展でルロワ氏が案内するという形式になっています。
初めのうちは、ヴァンサン氏はルノワール『踊り子』やピサロ『白い霧』といった作品に対して、アカデミズム的な価値観で酷評していきます。
この批評内容は当時の美術界の価値観をベースに、大げさな嫌味・皮肉たっぷりの表現になって、現代にも受け継がれるフランスらしさが感じられて面白い。
そして、モネの≪キャピュシーヌ大通り≫などの作品を経て、セザンヌの≪首吊りの家≫を観たヴァンサン氏は正気を失っていきます。


ヴァンサン氏の価値観は印象派の画家たちと次第に同化していき、アカデミズムの絵画を燃やすと言い放つまでになってしまいました。
私には、破局が間近に迫っていることが感じられ、それに最後の一撃を加えたのはモネ氏であった。
「ああ、彼だ、彼!」ヴァンサンは、98番の作品の前で叫んだ。「彼がいた。ヴァンサン父さんのお気に入り! あのキャンバスは何を描いたものかね? カタログを見てくれ。」
「『印象・日の出』です。」
「『印象』、そうだと思った。私は印象を受けたので、作品に何かの印象があるに違いないと思っていたところだった……何という自由さ、何というお手軽な出来栄え! 出来かけの壁紙の方があの海景画より仕上がっている。」
「しかし、ミシャロンや、ビドー、ボワッスリエ、ベルタンなら、この印象的なキャンバスの前で何と言うでしょう?」
「そんな忌まわしい奴らのことなど話さないでくれ!」ヴァンサンおやじは叫んだ。「私は家に帰ったら、彼らの絵を暖炉で燃やしてしまおう!」
この不運な男は、自分の神々を否定したのだ!
最後にはセザンヌ≪モデルヌ・オランピア≫が決定打となってヴァンサン氏は完全に発狂。
会場の警備員を人間として認識できなくなり、その場で印象派を讃えながら踊り狂う・・・
アカデミズムの保守的な老画家に、もはや印象派すら超越しようとしていたセザンヌの作風(よく言えば先進性)はまともな理性では受け止めきれなかったのです。

結局、ルロワは印象派を批判したのか?
日本語訳を読んでみると、ルロワは印象派に一定の価値を見出しているように読める一方で、フランスらしい皮肉たっぷりのユーモアでこき下ろしているようにも読めるなと感じました。
ヴァンサン氏という保守的なアカデミズムの画家を立てる形式にすることで、彼の価値観から観ると印象派はどう見えるのか?を書きたてつつ、新しい美術の潮流を受け入れられず発狂するアカデミズムの保守性も笑い飛ばしています。
美術作品だけでなく、美術批評も一筋縄ではいかないフランス美術の奥深さを感じられる内容でした。
今回は和訳しか読んでいないため、実際にフランス語ネイティブの人からするとどう感じられる文章なのかという点も気になりますね。
終わりに
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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