短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(77) ハルシネーションドリーム エモ山夢十把・後編
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7月4日(土)
ああ、そうだよね。
そうだよね。
という気持ちで俺は、
長い長いトロッコ列車がゆっくりと動き出すのを、
上空から眺めていた。
トロッコ列車は、
斜面に貼りついた尺取虫のようなものが、
じわじわと、這うように進んでいる。
尺取虫のようなのに、
尺取虫のように這わないのは、おそらく、
静電気みたいなもので、線路にくっつけられているからなんじゃないか。
そうだよね。
たぶん、そうだよね。
ぎぎぎと、
俺が首をしならせて、
山の裏側を覗き込むと、
線路はどうやら、
山の外周に、らせん状に絡みつけられているらしかった。
でこぼこした斜面の凹凸に沿って、線路は貼りつけられていて、
その線路の上で、
ひとつひとつの箱に入ったひとびとは、
斜面に垂直に座っているために、全員が、斜めにかしいでいて、
全員が、箱から転げ落ちそうなのだが、
彼らは平気でいる。
あんなふうに斜めになっていたら、
やはりエゴ山の頭など、箱から簡単に転がり落ちてしまうだろう。
自分の心配は、ただしかったのだ。
そうだよね。
そうだよね。
と、思いながら、俺は、
手近なところから、前歯で若葉をむしり取り、
奥歯にて、くっちゃくっちゃとすりつぶす。
キリンになって思うのは、
若葉のほうが、やわらかく、味が良いということである。
キリンになってわかるのは、
斑は斑のない場所より、日光をよく集めるということである。
こんなに若葉を食ってしまっては、
木が育たぬのではなかろうかと、
俺は思うが、
キリンはそんなことはどうでもいいのである。
食えればいいのである。
ちまちまちまちま一枚一枚食ってないで、
できれば、
若葉詰め合わせセットとか、
若葉だけをまるめ、でかくしたようなものに、かぶりつきたい。
しかし俺のキリンの口は、かぶりつくようにはできていないため、
ちまちま食うしかないのである。
見れば、
トロッコのひとつに、チンパンジーが乗っている。
あの黒い毛並みは、おそらく彼であろう。
トロッコに揺られ、黒い毛を、風になびかせながら、
彼は長い腕で、小脇に、丸いものを抱えている。
それは、エゴ山の頭だった。
ボールのように抱えていた。
なぜだろう。
なぜ彼が、俺のエゴ山を抱えているのだろう。
チンパンジーだから、投げたりするつもりかな。
蹴ったり、踏みつけたりする?
ああ、たまには齧ったり。
あの大きな歯で、
かぶりつく。
そして獲物を見つければ、
エゴ山の頭をぶつけ、仕留めようとする。
そして獲物に逃げられた悔しさを、
エゴ山にぶつける。
投げられ蹴られするうちに、
エゴ山は、ボロボロになっていくだろう。
ところで若葉というものは、
味がいいね。
いつまでも、食べていたいね。
いや、そんなことよりも、
エゴ山は。
俺は若葉を食いちぎり、
その薄くやわらかいものを、奥歯で丹念に、くっちゃくっちゃとすりつぶした。
ミントに似たさわやかさが鼻を抜け、
それは青い火花と化し額の内側をちりちりとあぶった。
俺の目には涙が浮かび、
緩んだ景色の中、
トロッコ列車はチンパンジーとエゴ山の頭を乗せ、
線路を這い進みながら、やがて、
山の裏側へと消えていった。
苦み、残る。
7月5日(日)
本棚があって、
その本棚は、俺が子供のころ使ってたやつで、
俺は、
そこに並ぶ本を見上げている。
一番上の棚の、俺の背丈では届かないところの、
『なぞの宇宙人』ていう本だけが目立つ。
「なぞの」
っていう文字が、暗号のように見える。
アナグラムに見える。
俺は踏み台を引きずってきて、それに乗り、本を取り出して、
表紙に描いてある宇宙人の絵を眺める。
白衣を着た博士みたいなのが、
はりつけ状態になった宇宙人を検査してる。
青と赤の配線みたいな、血管みたいなのがはびこってる宇宙人の顔。
俺の背中はぞわっとして、
腕も粟立つ。
俺は本をしまう。
俺は勉強机に戻って、
ランドセルから筆箱を出して、
上下四隅がまんべんなくすり減った、白い消しゴムを取り出して、
開いてあった塾のテキストの下から、
画用紙を引っぱり出す。
画用紙には絵が描いてあるんだけど、
へたくそ。
俺は消しゴムで、
その絵を消しにかかる。
俺が絵に消しゴムをこすりつけると、
絵は消えて、消しゴムは、真っ黒い消しカスをぽろぽろ出す。
画用紙にあった絵は、
消しカスに丸めこまれる。
俺は消しゴムを、ぎゅうぎゅう押しつけて、
画用紙の表面までこそげ落としながら、
絵を消す。
絵が全部消えたら、
真っ黒い消しカスを集める。
真っ黒い消しカスは、画用紙の繊維も混ざって、灰色になってる。
そしてべたべたしている。
俺はべたべたした消しカスを、
団子にし、
手のひらで、机に押しつけて、平らにし、
真ん中に、シャーペンの先で、穴をあける。
シャーペンの先をぷちぷちと刺し、
点で「50」と刻印する。
「シコフンデッ!」
部屋の外から声がして、
俺は慌てて立ち上がり、
サブバッグひっつかんで、テキスト詰め込んで、
玄関から外に駆け出す。
バスに乗る。
電車に乗る。
真昼間のがらすきの上り列車の中で、
俺は、
手のひらに、さっきの消しカス作品を乗せ、
見つめている。
見つめている。
俺には見えている。
消しカス作品の50円玉の、
真ん中の穴から、
俺には見えている。
俺は、
頭から、髪を一本引っこ抜いて、
穴の中に入れてみる。
髪は、俺の手のひらにちくりと当たり、
ちりちりとくすぐったくなったあと、
俺の手のひらを通り抜けた。
するすると通り抜けた。
手を高くして、
裏側から眺めてみたけど、
俺の手の甲から、髪は出てきてない。
通り抜けたということだ。
7月6日(月)
俺は、空を見上げていた。
紫色の円盤型の雲が、浮かんでいた。
東京の夜空の、巨大なかさぶたのようだった。
再生しかけた皮膚の濁った白色が、その下の血の色を透かして見せていて、
けれども夜が、その全体の彩度を激減させ、
雲は紫色に見えた。
真ん中に黒い点がうまれ、
黒い点は広がって、その中心から、一本のなにかが出てくるのが見えた。
ロープだった。
俺がいくら体重をかけても
ロープはびくともせず、
ぴんと張ったまま、
その見返りに、それ以上の力で、
俺をひっぱりあげようとした。
きっと紫色の雲のなかに、
ロープの根っこみたいなのが張りめぐらされているんだろう。
俺は、
ロープを掴んだ。
(続きます)
