短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(75) 感情戦隊ガイネーンと、あまね君
前回のエモ山👇
あまね君という男は子供のころから、
つまりサピックスに通う天才少年だった俺が隣の席からしじゅう睨みつけていたころから、
頭の中に、糸巻みたいなものを持っていて、
それはあまね君が、いつどんなことをしていようと、
授業中でも、
サピックスの帰り道でガム喰ってる時でも、
たとえ眠っている時ですら、回転しているような男なのだ。
その糸巻の回転は、
ゆっくりと、ほんとにゆっくりと回転しているように見えるんだけど、
こっちにそう見えるというだけで、
実は超高速回転をしている。
早すぎて、逆にゆっくりと見えながら、
永久機関としてしじゅう回転している。
だから浮かび上がってしまう。
俺らより、
たぶん5ミリくらいだけど、どうしても浮いてしまう。
ときどきあまね君の姿が、
ちょっとゆらっとして見えたりするのは、
おそらくそのせいだろうと俺は思う。
俺たちががしりと踏みしめる地面は、
あまね君をくっつけてやらない。
「エモ山君、聞いただろ?」
ゴミ袋を積み終えた俺にあまね君は言った。
「沼田君の体の中で、いま、『誰か』が育っていること」
「あっす」
俺はうなずいた。
腕組みした沼田ミソギに睨まれながら。
「沼田君はいま」
あまね君は言う。
「希望と絶望を同時に抱えている」
まくり上げたワイシャツの袖をなおしながら、
俺はなにも答えずにいた。
黒のパーカーつなぎ姿のあまね君は、
砂に汚れた頬をてからせて、
その顔は、銀色のラメをまぶしたようにも見える。
頭にかぶったパーカーのフードのふちはほつれていて、
黒い毛羽立ちは砂にまぶされて、
砂鉄みたく見える。
砂ですら、あまね君の磁力に引き寄せられている。
「さっさと戻ったら?」
そっぽ向いて俺に向ける沼田のつぶやきに、
俺は傷ついて、
ちょっとにやっとしてしまう。
「エモ山君」
立ち去ろうとする俺を、
あまね君が引き留めた。
一歩前に踏み出しかけ動きを止められた俺に、
あまね君が尋ねる。
「子供のころのこと、覚えているかい?」
もちろんさ。
サピックスで俺たち隣の席で。
「きみはどんな子供だった? どこでなにをしてた?」
俺は、あまね君を睨みつけていた。
記憶の中で。
いまの俺は、睨みつけたりはしない。
「そっすね」
俺は鼻をこりこり掻きながら、こたえた。
「バカでした」
「そのまま大きくなったのね」
沼田が言う。
ひん曲げた唇の脇にこれをつくって。
)
「僕はね」
あまね君が言った。
「頭の中に、大きなものがいた」
沼田の唇の皺が、つと消えた。
「大きなもの?」
沼田が尋ねると、
あまね君はうなずいて、
「とても大きなものがいた」
キラキラした目を遠くに向けた。
「彼は」
あまね君が言った。
「彼?」
沼田が眉を寄せると、
あまね君は照れたように笑い、
フードの上から頭に手をあてる。
「彼さ」
沼田が俺を見て、
肩をすくめる。
「彼は」
あまね君が沼田に言う。
「金色にうまれた」
「金色?」
「そう」
あまね君がうなずいた。
「うまれたときから、金色に光り輝いていた」
沼田はそれを聞き、
ため息ついてあたりを見回す。
「そんなのが出てきたら、」
手近な位置のゴミ袋に、
すとんと腰を下ろし頬づえつく。
「困るわね」
「そうなんだ」
あまね君は、沼田に体を向けた。
「そんな男ははじめてだった。彼と同じものは、ひとりとしていなかった」
それからあまね君は、俺に向くと続けた。
「彼はひとりきりだった」
俺はうなずく。
「実際のところ」
あまね君は言った。
「金色であることは、彼自身にとっては、ごく当たり前のことだった。
彼は自分が好きだった。
自分の輝きを愛したと言ってもいい。
当たり前にしなかったのは」
あまね君が首を傾げ、遠くを見た。
「彼をとりまく人々だった」
「つまり、彼は」
あまね君は続ける。
「希望と絶望のはざまにいるようなものだった」
「希望と絶望」
頬づえついたまま、沼田が言う。
「彼はそのはざまで成長していった。
希望と絶望は、彼を高く舞い上げては、深い底に突き落とす。
喜びと、悲しみ。
その繰り返し、繰り返し」
あまね君は、薄く笑った。
「その動きが彼を育てた。
高く上げては突き落とす。
希望と絶望。
そのなかで、彼は育った。
頭蓋は拡大し、
手足は伸び、
彼は大きくなった。
とても、大きくなっていった。
誰よりも、巨大化していった」
沼田が頬づえから顔をあげた。
「巨大化?」
「そうだよ」
とあまね君。
「希望と絶望に育てられたものは、美しく、
しかし、人間ひとりぶんの大きさには、とても収まらない」
「それは」
沼田がふと言った。
「彼が金色だったから、孤独になったという話?」
「まさか」
あまね君は笑う。
「彼は孤独ではない。
彼は、自分が孤独ではないことを『知っている』から」
「わかんないわね」
沼田が笑う。
「ひとりきりなのに?」
「それは」
あまね君がこたえる。
「彼にとって、当たり前のことなんだ。
特別なことでもない」
パーカーつなぎがごそりと動いて、
あまね君の体から、砂が舞い落ちた。
あまね君は、両手を広げ、自分の手のひらを見つめた。
「巨大化した彼は、人々を助けることができた。
彼はその大きな手で、壊れかけた建物を直した。
はるか上から探し物を見つけ、
その強い力で、道に倒れる誰かを、軽々と拾い上げることができた」
「ヒーローね」
沼田は天井を見上げる。
唇の横にはあの皺が、くっきりと浮かんでいる。
自分の手のひらから目を上げたあまね君は、
沼田の口元に、あの皺ができていることに、気づいてないようだった。
)
蛍光灯の下だからか、
あまね君の広げた手のひらは、
やけに白く見えた。
甲の側は砂にまみれ、指の関節もごつごつしているのに、
手のひらは、
絹のようにしっとりと、やわらかく見える。
俺は思わず自分の手を広げ、
蛍光灯の下で、ためつすがめつ。
プールでのしぱぴん業務を終えたばかりの俺の手は、
まだ濡れていて、
指の付け根には、
タモの柄を握り馴れたことを示すマメが盛り上がる。
マメがまだ柔らかかったころは、水で湿ると痛くなったけど、
マメはもう固くなって、水を吸わなくなってる。
「彼は」
広げた手のひらを、あまね君は握りしめた。
「『善』を持っている」
「申し訳ないんだけど」
沼田が急に、ゴミ袋から立ち上がった。
「あたしその話、あまり聞きたくないわ」
「え?」
あまね君が、
ちょっとゆらっとした。
俺は、「あ」と思った。
あまね君が「ゆらっ」とするところを、
ひさびさに見たと思った。
沼田に振り返ったあまね君の目は、見開かれていた。
「あたし、帰ります」
沼田はパンプスをつかつかいわせて、
ゴミ収集所の扉に向かう。
「エモ山君」
扉に手をかけながら、
沼田は俺に顔を向けた。
「続きはお願い」
蛍光灯の反射が、メガネの奥の沼田の目を隠した。
がらがらっと音を立て、
扉はぴたりと閉じられた。
白いゴミ袋に囲まれて、
あまね君はひとり立っていた。
積み上げられた白い壁に、
蛍光灯に照らされたあまね君の影が
ぼんやり映っていた。
その影は、巨人のようだった。
その影は、巨大化した金色の男だった。
男は握りしめていた。
握りしめたものを、悲し気に見つめていた。
彼の柔らかく大きな手の中にあったのは、
助け上げたつもりで握りつぶしてしまった、
自分より、はるかに小さな人間。
俺にはそう見えた。
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🎧 感情戦隊ガイネーン
――「善」を持つ巨大な手は、何を守り、何を壊すのか。
