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【明治文豪、令和を歩く】第23回:葬送のフリーレンに惹かれん

現代の東京、とある落ち着いた喫茶店の奥まった席にて。路地裏の静けさを好む二人の文豪が、湯気の立つカップを前に向かい合ってマンガを読んでいる。

夏目漱石                                                                                                                    

……『葬送のフリーレン』か。近頃、若い人たちがしきりに話題にしているようだが、荷風君、君は見たかね?
なんでも、魔王を倒した『その後』から始まる物語だそうじゃないか。普通、冒険活劇というのは、私の嫌いな『太功記(※)』の芝居のように、派手な立ち回りと因果の応報があって、大団円で幕が下りるものだ。ところが、この話はその幕が下りた後の、気の抜けたような時間から始まっている。
私は小説の構造、つまり因果関係というものを重んじるが、この『終わった後』を延々と描くという構造は、なかなかどうして、人を食ったような面白さがあるね。

絵本太功記(※)人形浄瑠璃および歌舞伎の演目
                                                                                                                  永井荷風

ええ、拝見しましたとも。先生、これは実にわたくし好みの作品でございますよ。
わたくしは常々、西洋の未来派の詩人のように、人生を驀進(ばくしん)するような猛烈な意気込みは苦手だと言ってきました。戦場で功名を立てる勇者よりも、家に残って淋しく暖炉の火を焚く老人の方に心を惹かれるのです。
このフリーレンという魔法使いは、まさにその『残された者』の視点を持っています。かつての英雄たちは皆、老いて死んでしまう。彼女一人が、その墓標を巡りながら、過去の思い出という『残り香』を反芻して旅をする。この哀れ深くも静かな情趣は、まるで雨の日の向島を独り歩くような、枯淡の味わいがあります。

枯淡、か。なるほど。
主人公のエルフは千年も生きるそうだが、その時間感覚のズレが、人間という生き物の儚さを残酷なまでに浮き彫りにしているな。
私が『硝子戸の中(※)』で書いたような、過ぎ去った日々の記憶や、取り返しのつかない悔恨。そういったものが、あの淡々とした絵の中に滲んでいる。
それに、彼女の魔法の集め方がいい。『銅像の錆を綺麗に取る魔法』だの『甘い葡萄を酸っぱくする魔法』だの、実利を離れた道楽のような魔法ばかり集めている。あれは一種の『余裕』だね。あくせくした現代社会において、この『無用』を愛でる態度は、まさに『高等遊民』のそれだよ。

(※)初出1915[大正4年]朝日新聞

仰る通りです。現代人は何事にも『意味』や『効率』を求めすぎます。
しかし彼女は、たった一冊の魔導書を探すために何年も費やす。世間の人から見れば無駄な時間でしょうが、その無駄の中にこそ、人生の真実、あるいは『遊び』があるのです。
わたくしが『矢立のちび筆(※)』で書いたように、活動と進歩の外に、静安と休息もまた人生の一面です。この作品は、今の騒々しい世の中に対する、静かなるアンチテーゼのようにも思えますな。

(※)初出1981[昭和56年]岩波書店

ふむ。アンチテーゼか。
しかしね、見方を変えれば、彼女は『人間を知る』という目的のために旅をしている。これは私が文学において『真(まこと)』を追求したのと似ているかもしれん。
彼女はかつて、勇者ヒンメルという男のことを『たった十年一緒に旅をしただけ』と切り捨てていたが、彼が死んで初めて、自分が彼を何も知らなかったことに気づいて涙を流す。
……この『知らなかった』という後悔。これは痛いね。私も、もっと早く人の心というものに深くメスを入れていれば、あんな神経衰弱にならずに済んだかもしれん。

先生、それはあまりに自らを責めすぎというものです。
しかし、あのヒンメルという男もまた、見事な『粋人』ではありませんか。自分の銅像をあちこちに作らせた理由が『未来でフリーレンが一人ぼっちにならないように』だとは。
あれは、わたくしが愛する江戸の戯作者のような、照れ隠しを含んだダンディズムです。死してなお、愛する女(ひと)の旅路を彩ろうとする。その心意気たるや、今の政治家や実業家には到底真似のできぬ芸当ですよ。

ははは、銅像をナルシシズムではなく、他者への配慮で作るとはね。確かに一本取られた形だ。
しかし、こうして話していると、『葬送のフリーレン』という作品は、現代のマンガやアニメという皮を被ってはいるが、その中身は我々が明治・大正で悩み、あるいは愛した『個人の孤独』や『死生観』といったテーマを、実に丁寧に扱っていることがわかる。
ただ派手な魔法で敵を吹き飛ばすだけの話なら、私はすぐに見るのをやめていただろうが、これなら、まあ、茶を飲みながらページをめくるのも悪くない。

ええ。それに、あの作品に出てくる風景の描写も美しい。
廃墟や、森や、古い街並み。それらが夕暮れの光に包まれている様は、わたくしがかつて隅田川の土手から眺めた景色と重なります。
滅びゆくもの、去りゆくものへの愛惜。それがこの作品の通奏低音となっているからこそ、我々のような古い時代の亡霊の心にも、こうして響くのでしょうな。

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