見出し画像

【明治文豪、令和を歩く】第20回:蕭々たる少子高齢化

現代の東京、とある落ち着いた喫茶店の奥まった席にて。路地裏の静けさを好む二人の文豪が、湯気の立つカップを前に向かい合っている。

夏目漱石                                                                                                                       

ふむ少子高齢化か。……今のこのカフェを見回しても、確かに若いカップルや子供連れよりも、我々のような年配者が目立つようだね。
私はかつて『それから(※)』という作品で、日本は一等国になろうと無理をして、国民全体が神経衰弱にかかっていると書いたが、どうやらその神経衰弱は、百年かけて『生殖能力の減退』という形にまで進行してしまったらしい。

(※)初出1909[明治42年]東京朝日新聞
                                                                                                                   永井荷風

神経衰弱、ですか。言い得て妙ですな。
わたくしが見るところ、今の東京は、子供を産み育てるにはあまりに殺風景で、あまりに窮屈すぎます。昔の裏長屋には、貧乏ながらも『生』の猥雑さと温かみがありました。子供が泣けば隣の老婆があやし、夫婦喧嘩も町内の行事のようなものでした。
ところが今はどうです。壁一枚隔てた隣人が何をしているかも知らぬコンクリートの箱の中で、若者たちは自分の生活を維持するだけで精一杯だ。子供を作るなどという『贅沢』な遊びに興じる余裕など、あるはずもございませんよ。

余裕、か。まさにその通りだ。
私が生きていた頃も、生存競争は激しかったが、それでもまだ『家』という制度が、良くも悪くも人間を縛ると同時に守っていた。
私はある講演(『創作家の態度』)で、昔は『子は孝行なもの、妻は貞節なもの』という役回りが決まっていたと言ったことがある。あの頃は『〇〇のくせに』という言葉が流行るほど、人間に対する型(理想)が決まっていた。だから、何も考えずに型通りに子供を産み、型通りに育てればよかった。
しかし現代は違う。皆が『独立した個人』であることを求められる。自分一人の自我を支えるだけでも重荷なのに、そこに子供という他者の人生まで背負い込む勇気は、今の疲弊した日本人にはなかなか持てないのだろう。

ええ。それに、街が老人ばかりになるというのは、ある種の『枯淡の境地』といえば聞こえはいいですが、実際はもっと残酷なものです。現代の日本はすでに人口の四分の一が六五歳を超えているそうじゃないですか。
わたくしは老いというものを否定はしませんが、今の日本は、老人が若者の生き血を吸って延命しているような、どうも薄気味悪い妖怪じみた気配を感じますな。
政治家も老人、金を持っているのも老人。若者はその老人たちの介護と、国の借金返済のためにあくせく働かされている。これでは、子供を作ろうという本能的な喜びも、将来への希望という名の重税の前に萎縮してしまうでしょう。

手厳しいな、荷風君。だが、否定はできん。
私が『模倣と独立』の話をした時、日本人は西洋の真似ばかりせず、自己本位で独立すべきだと説いた。しかし、今の少子化は、ある意味で日本人が初めて直面する、西洋の模倣では解決できない『日本独自の難問』かもしれん。
西洋も少子化だとは聞くが、日本のような急激な縮み方はしていないだろう。これは、無理な近代化のツケが、人口減少という形で回ってきたのだと私は思うよ。
……しかし、どうだろう。人口が減るというのは、そう悪いことばかりなのだろうか? 私はね、人間が多すぎて牛と競争する蛙のように膨れ上がった国より、少し寂しいくらいの方が、精神衛生上は良いのではないかとすら思うのだが。

おや、先生もそう思われますか。わたくしも同感です。
人が減れば、この騒々しい東京も少しは静かになるでしょう。空き家が増えれば、そこにまた草木が生い茂り、狐狸(こり)の棲家ができるかもしれない。
人間が減って、経済だの成長だのという強迫観念から解放されれば、江戸の昔のような、ゆったりとした時間の流れが戻ってくるやもしれません。
『滅びの美学』と申しましょうか。わたくしは、この国が静かに老いていく様を、一種の哀れ深い芝居として眺めるのも、また一興かと思っておりますよ。

君は本当に、徹底した傍観者だな。
だが、その『静けさ』が訪れる前に、今の社会システムが音を立てて崩れる音が聞こえてきそうだ。年寄りが増えすぎて、それを支える人間がいなくなる。その時、君の言う『哀れ深い芝居』は、喜劇を通り越して惨劇になるかもしれんぞ。
まあ、その頃には私と君は、とっくにこのテラス席からも消えているだろうがね。

ふふふ。その時はその時です。
惨劇もまた、この世の儚さを知るよすがとなりましょう。さあ先生、冷めないうちに紅茶をいただきましょうか。未来を憂うより、今はこの一杯の香りを愉しむことこそ、我々に残された数少ない『独立』した楽しみですから。

前へ16171819|20 ▶次へ



いいなと思ったら応援しよう!

ぶるうす恩田 よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!