【映画】「海よりもまだ深く」(実は2度目らしい)感想・レビュー・解説
(Filmarksに感想をUPする直前までまったく気づかなかったのだが、どうやら本作を観るのは2度目らしい。衝撃。全然初めて観たような気分だった。いやはやビックリ)
これも良かったなぁ。というわけで、『歩いても歩いても』に続いて、本作2度目の国立映画アーカイブ。っていうか、本作『海よりもまだ深く』は、『歩いても歩いても』と対になるような作品で、連続で観れたのは僥倖だったかもしれない。
本作の鑑賞後には、撮影の山崎裕と監督の是枝裕和によるトークイベントがあったのだが、その中で是枝裕和が、「『歩いても歩いても』は父親の物語として書いたから、今度はいつか母親の物語をやりたいと思っていた」と言っていて、そうして生まれたのが『海よりもまだ深く』なのだそうだ。なにせ、『歩いても歩いても』と同様、母:樹木希林、息子:阿部寛という布陣である。
ちなみにトークイベントでは、樹木希林のキャスティングについても話があった。是枝裕和は樹木希林に当て書きぐらいの感じで脚本を書いたらしいのだが(というか、ホームドラマをやろうとするとどうしても樹木希林を書いちゃうから、彼女亡き今、ホームドラマをやるのは難しいとさえ言っていた)、当初オファーを断られたそうだ。
「本当の理由かどうか分からないけど」と注釈付きでどうして断られたのかの説明があったのだが、樹木希林は「普通の人の人生を演じるのは本当に難しい」と言ったのだそう。殺人鬼だとか医者だとか、そういう「一般的な人があまりならない役柄」を演じるのはそう難しくはないのだが、本作の母親役のような人物は、観れば誰だって自分の家族を連想する。そういう役を演じるのは本当に難しいから無理、と言われたのだという。しかし是枝裕和も、「希林さんに断られたらこの企画成立しません」と半ば脅すようにしてOKをもらったと言っていた。
でその後、「なるほど、そうやって役を自分のものにしていくんだなと感心した」というエピソードとして話していたことがある。本作は実際に団地の一室で行われたのだが、台所に大きなテーブルを置くと冷蔵庫が上手く開かない、みたいな配置だった。ただ、「そこに座ると余計に冷蔵庫が開かないんだよな」という席に座るとテレビがよく見えるので、母親はよくそこに座っているという設定にしたそうだ。なので樹木希林は、現場に早めに入り、テーブルと椅子と冷蔵庫の距離感を確かめ、その上で、テーブルの上にあるもの(ラジオなど)の配置を見なくても触れるように自分で決め、撮影の前に何度もシミュレーションしていたという。そういうディテールの積み重ねによって「普通の人」が出来上がっていくというわけだ。
で、先程「母親はよくそこに座っているという設定にしたそうだ」と書いたが、この表現は正しくない。というのも本作は、「是枝裕和の家族の実際の雰囲気」をベースに作られた作品だからだ。撮影で使われた団地は、是枝裕和が実際に9歳から27歳ぐらいまで住んでいたところで、部屋こそ違うものの、間取りがまったく同じ部屋で撮影したのだという。作中では女の子になっていたが、是枝裕和には「家によく来る親戚の男の子」がいたそうで(冷凍庫にあるアイスを全部食べちゃう子として本作では登場する)、彼が本作を観て「おばあちゃんそのままだった!」と是枝裕和に話したそうだ。
またトークイベントでは、是枝裕和が面白いことを言っていた。本作には、良多(阿部寛)の姉・千奈津(小林聡美)が、「家族の思い出はあんただけのものじゃないんだよ」と口にする場面がある。良多は小説家で、15年前に一度文学賞を獲ったことがあるのだが、恐らくその作品に、自分の家族のことをそのまま書いたようで、だから姉にそんな指摘をされているというわけだ。
でなんと、この「家族の思い出はあんただけのものじゃないんだよ」というセリフは、是枝裕和が姉から実際に言われたセリフをそのまま使っているのだそうだ。と考えると、メチャクチャ錯綜してるセリフだよなぁ、と思う。メビウスの輪みたいな状況だ。ちなみに、本作『海よりもまだ深く』を観た姉からは、特に何も言われなかったと話していた。
ちなみに、「高齢者が多いから、団地での撮影は20時まで」と言われていたようで、そのため、夜のシーンはスタジオにセットを作ってそちらで撮ったらしい。是枝裕和が、「今観ると、どこが団地でどこがセットなのか、自分でも全然分からない」と話していた。ただ、「台風の夜のシーン」だけはどうしても団地で撮る必要があり、無理を言って撮らせてもらったそうだ。
そう、本作は「台風」が結構重要な要素として出てくるのだが、そんな映画を、ダブル台風直撃みたいな日に観るというのもなかなか乙なものだなと思う(まあ、そんな呑気なことを言っていられる状況で良かったという感じだが)。
さて、本人も言っていたが、『歩いても歩いても』と同様、本作も「特に何も起こらない物語」である。で、だからこそ監督は、「ディテールこそがとにかく大事だと思って作った」と言っていた。「凍らせたカルピス」とか「ベランダにあるミカンの木」とか「作中に出てくる人物名」とかはどれも本当の話だそうだ(意図的に色んな固有名詞を出したが、それらは是枝裕和の中学の同級生だったり、団地にいた裕福な人だったりと、実際に関わりのあった人なのだそうだ)。会話にも「アレ」が多用され、凄くリアルな会話という感じがした。「ほら、アレしようと思って」「これなんかホントアレだわねぇ」みたいなセリフが随所に出てくるのだ(こういうのって、どうやって本作するんだろうなと思う)。
有名な役者が出ているし、カット割も当然あるから、どう見ても「フィクション」ではあるのだが、ただこれが、全然知らない国の映画で、カット割り無しの長回しで撮られてたら「ドキュメンタリー」と勘違いしてもおかしくないような造りだったなと思う。
というわけで、この辺りで一旦内容の紹介をしておこう。
半年前に夫を亡くし、団地で一人暮らししている母・淑子は、「夫が死んでせいせいした」と口にする。どうもダメな父親だったようで、特にお金には苦労したのだと思う。そんな父親を良多は嫌っていたのだが、しかし彼もまた、お金に関してはあまり父親のことは言えない。小説は15年前に出したきりで、今は「小説のための取材」という体で興信所で探偵をしている。家賃や光熱費を滞納していて、ギャンブルでどうにかしようとしては失敗する日々である。
突然母親の元を訪ねたのも、「父親が持っていたはずの雪舟の掛け軸」を探すためだった。母親が不在の時に引き出しにあった宝くじを盗んだり、姉に金を借りようとしたりと、とにかく良多は金策に困っている。
その理由は、息子と会うためである。
響子(真木よう子)とは離婚しており、一人息子の真悟は彼女が引き取った。月に1度、養育費の支払を条件に息子と会えることになっていて、その金を捻出しようとあれこれ奮闘しているのだ。良多は、息子にももちろん会いたいのだが、そもそも響子にもまだ未練を抱いており(本人は未練じゃないと言っているが)、興信所の後輩・町田(池松壮亮)と共に、響子の新しい彼氏を偵察したりしている。
そうしてどうにか迎えた息子と会える日。台風24号の襲来が予定されていたその日、色んな状況が重なって、良多・響子・真悟の3人は母親の家で一夜を過ごすことになるのだが……。
先ほども書いた通り、別に何が起こるわけでもない物語なのだが、実に面白かった。まあ正直なところ、個人的には『歩いても歩いても』の方が好みではある。会話の面白さが圧倒的だったし、たった1日2日の時間経過だけで素晴らしい世界観を描いているからだ。ただ本作『海よりもまだ深く』も、凄く良かった。やはり樹木希林の存在感は圧倒的で、本作でも、彼女が絡むシーンでは笑える場面がとても多かったなと思う。
トークイベントで指摘されていて、僕も観ながら「これ凄いな」と感じていたのが、樹木希林が台風が来そうな状況で帰ろうとする真木よう子を引き留めようとする場面だ。樹木希林は「死にそうな声」で帰らなくていいじゃないかと訴え、それを受けて「じゃあ泊まることにしようか」と真木よう子が口にした瞬間に豹変して声色から元気になる、みたいな状況である。
このシーンについて是枝裕和は、「演技の運動神経が凄くいいんだよなぁ」という表現を使っていて、なるほど凄く良い言い方だなと感じた。確かに「運動神経」としか表現しようのない変化という感じで、見ていて凄く気持ちが良かった(ただ、是枝裕和が「時々トゥーマッチなんだよな」とルー大柴みたいに言っていたのも面白かった)。
あと個人的には、「なるほど、ここでへその緒が出てくるんだなぁ」というシーンも樹木希林が絡んでいるところで、凄く良かった。お互いにはっきりとは口にしないが、へその緒が出てきたことで「親密さに一区切り」とどちらも諒解したみたいなことがスッと伝わってきて、凄く好きなシーンだった。
あとやっぱり、リリー・フランキーって上手いよなぁ。「優しそうな雰囲気のまま、絶妙な怖さを醸し出す」みたいな演技がメチャクチャ上手くてさすがだなと感じた。小林聡美も良かったしなぁ。ホント、みんな良い存在感だった。
というわけで、あといくつか気になった話に触れて終わりにしよう。
まず、本作には「タコ公園(タコの滑り台)」が出てくるのだが、ここだけは別の団地で撮ったものを差し込んだそうだ。元々、是枝裕和がいた団地にも「貝殻公園(貝殻の滑り台)」があったそうなのだが、子どもが落ちて怪我をしたとかで撤去されてしまったという(ちなみに作中には、樹木希林が「そんなの、落ちた子が悪いわよね」みたいに言うシーンがあるのだが、これも母親が実際に言っていたことだそうだ)。それで、似たような滑り台が残っている団地を探して、そこで撮影したと話していた。
また、トークイベントで是枝裕和が話していた「これで映画になるなと思った」と感じた状況が興味深かった。彼はまず、「線香の灰を掃除するシーン」を書いたという(本作の中では唯一、樹木希林が教訓めいたセリフを口にする場面だが、とはいえ、何でもないと言えば何でもないシーンである)。で、「このシーンを台風の日にしよう」という設定を思いついた時に「これで映画になるな」と感じ、そこからさらに脚本を書き進めていったと話していたのだ。トークイベントにはQ&Aの時間もあったので、もし誰も質問しなそうなら、この「映画になるな」という感覚について聞こうかと思っていたのだが、手を挙げる人が結構いたので止めておいた。
というわけで最後に、本作とは全然関係ない話で終わろう。
さて、トークイベントに登場した山崎裕は、少し前に『誰も知らない』を観た後のトークイベントでも見かけたのだが、その時に彼が、「それまでほとんど仕事をしたことも喋ったこともないのに、突然是枝裕和から映画の撮影をやって下さいと言われた」みたいな話をしていた。彼は理由を是枝裕和に聞いてみたそうだが、「勘です」と言われたと話していて、是枝裕和も「確かに勘でしかなかった」と認めていた(ちなみに山崎裕は、映画のカメラマンになりたいと思って専門学校とかで学んだりしたが、ドキュメンタリーが面白いと知ってずっとドキュメンタリー畑にいたところ、58歳ぐらいの頃に突然是枝裕和から映画の撮影をやってくれないかと頼まれたらしい)。
で、その背景について、是枝裕和がもう少し詳しく話していた。
是枝裕和は元々テレビマンユニオンにいて、その時に、同じ仕事のグループとして山崎裕と関わったことはあるらしいが、その時はまだペーペーで、しかも山崎裕はかなり厳しい人だったようで、話せるような関係にはなかったという。しかしその後、是枝裕和がドキュメンタリーを撮ることになった(『誰も知らない』の時のトークイベントで、是枝裕和のドキュメンタリーを観た山崎裕は、凄く良いと感じていたと話していた)。
それでその後、赤坂の珉珉という中華料理屋で、たまたま山崎裕が隣の隣の席にいたとかで、そこで初めてと言っていいぐらいちゃんと話をしたと言っていた。
その後、是枝裕和は若手の監督やディレクターらとの勉強会を開く(んだったか、参加するんだったか)ことになったのだが、そこに山崎裕もやってきたのだそうだ。その時の状況について山崎裕が、「是枝裕和宛だった電話をたまたま取ったのが自分で、その時にその勉強会の話が出たから、『それは年齢制限があるのか?』と聞いて、ないって言われたから行ったんだ」みたいなことを言っていた。偶然勉強会の存在を知り足を運んだというわけだ。
で、是枝裕和は、かなり先輩の山崎裕が、しかし若手に対してもメチャクチャフラットに関わってくるんだということをその時に知って、たぶんそういうことを覚えててオファーしたんだと思う、みたいな話をしていた。なんというか、色んな偶然とかちょっとした関わりの積み重ねによって生まれたタッグだったというわけで、本当に人生はどうなるか分からないものだよなという感じがする。
というわけで、作品そのものではない言及の方が多くなったかもしれないが、個人的にはかなり満足できる鑑賞体験だった。結局、国立映画アーカイブで観た是枝裕和作品は、本作を含めて6作かな。とても良い機会だった。
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