電車で倒れてた人を助けなかった
僕は基本的に、「誰かにとって邪魔な存在じゃないといいな」と考えている。そして、たぶんそれはそれなりには頑張れているんじゃないかなと思う(たぶん)。
ただ、さらにそこからアップグレードして、「誰かにとってプラスをもたらす存在でいたい」と考えると、これがなかなか難しい。
僕がよく思い出してしまう出来事がある。「電車で倒れていた女性を助けなかった」というものだ。
数年前の通勤時のこと。その時は都内から埼玉に出る方面の電車に乗っていたので、通勤時だったが車内は空いていて、というかガラガラと言っていいぐらいだった。で、僕が車両に乗り込んだ時点で、なんか凄い格好で床に倒れている女性がいたのだ。僕が乗ってから倒れたのではなく、乗った時点では既に倒れていた。
で、僕は瞬時にこんな風に考えた。この女性がいつから倒れているかは知らないが、車両内にはそれなりに乗客はいたわけで、だからその内の誰かは「彼女が床に倒れた瞬間」に直面しているはずだ。なのに、この電車は止まることなく動いている。とすれば、床に倒れた瞬間に同じ車両に乗っていた人たちは「救急車を呼ぶ必要はない」と判断したはずだし、きっと問題ないのだろう。大方、酔っ払ってそのまま倒れちゃったみたいなことなんじゃないか。
というわけで、僕もそのまま電車に乗って空いてる座席に座ったのだが、もちろんずっとソワソワしていた。「ホントに大丈夫なんだろうか?」と思っていたからだ。でも、先のような思考が合理的だとも思っていたので、何も行動に移さなかった。
その後、2駅ぐらいしてからだったかな、乗ってきた女性が倒れている女性に気づき駅員に連絡、その後しばらく電車は止まり、倒れていた女性は救急車で運ばれていったようだ。結局どういう状況だったのか知る由もないが、恐らく「酔って倒れていた」みたいなことではなく、深刻な状況だったんじゃないかなという気がする。
ホント、この日の出来事は、死ぬまでに何度も思い出すだろう。
まずはとにかく、駅員に伝えた女性は本当に凄いなと思う。僕と同じ駅から同じ車両に乗った人も、その次の駅から乗ってきた人もそれなりにいたが、僕を含めて誰も何もしなかった。僕以外の人がどういう思考だったのかはもちろん分からないが、「何も行動しなかったこと」は確かである。
僕はすぐに、後に「傍観者効果」として知られるようになる、かつてNYで起こったキティ・ジェノヴィーズ事件の目撃者の行動を思い出した。NYで起こった殺人事件で、事件を目撃したり異変を伝えるような声・音を聞いたりした人が38人もいたのに、その内の誰一人として警察に通報しなかったのだ。この「傍観者効果」を知った時は「ホントにそんなことになるだろうか?」と思っていたのだが、まさか実際に自分がそれを経験することになるとは思わなかった。
じゃあ、次に同じことが起こった時に、今度はちゃんと動けるだろうか? と考えてみても、「いや、無理なんじゃないか」という気がしてしまう。「誰も行動を起こしていない中、自分が動く」とか「通勤時間帯に電車を止める」みたいなことへの心理的コストがメチャクチャ高く感じられるからだ。
だから正直、この件に関して僕は「後悔」はしていない。「後悔」というのは、「反省を踏まえた上で、次は同じことにならないようにしよう」という心の動きを含むと思っているのだが、僕は「次は同じことにならないようにしよう」とは思えていないので、だからこれは「後悔」ではない。「あぁそうか、自分には無理なんだな」と自覚したというのが正しい理解である。
さて、「暴漢に襲われている人を助ける」とか「車に轢かれそうになっている子どもを助ける」みたいな”あり得ないシチュエーション”について、「そういう時、自分だったらどう動くだろう?」みたいな想像って、なんとなく誰もがしちゃうものじゃないかなと思うけど、僕はこの時の経験を踏まえ、そういう想像にリアリティを感じるのが難しくもなったなと思う。「いやいや、お前には無理だろ」みたいなもう1人の自分の声が聴こえてくる感じがするからだ。
これに関連してもう1つ、印象的に覚えていることがある。映画『怪物』(是枝裕和監督)がカンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞した際の坂元裕二の記者会見の内容だ。
彼は車に乗っている時、青信号なのに前の車(トラック)が止まっていたため、クラクションを鳴らしたのだという。しかしその後、車椅子の人が横断歩道を渡っている途中だったことに気づいたそうだ。トラックで前方の視界が遮られていたため、その状況が把握できなかったのである。この時のことについて語った彼は、「自分が被害者であることに気づけることは多いが、自分が加害者だと自覚することは難しい」と話していた。
本当にその通りだなと思う。僕の場合は別に「助けなかった」からといって「加害者」と認定されるわけではないが、状況としては近いように思うし、坂元裕二のこの話も一生忘れないだろうなという気がする。
もう少し「善」側の人間でいられたら良かったんだけどな。
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