【前編】予測不能なモンゴル旅行で見つけた、不変の温もり― 火と太陽と動物と
9月の中頃。モンゴルの首都ウランバートルのちょっと西、車で9時間ほどの地域に1週間ほど滞在した。
参加したのはカオスでユニークなツアー。遊牧民の暮らしをなぞることで気付いた気持ちの変化や、忘れられない瞬間を綴る。
モンゴルから帰国し、しばらく経った。日本での暮らしには必要がないと、体がそう判断したのだろう。滞在中のタフな暮らしで一時的に分厚くトランスフォームした指の皮が、すべて剥がれ落ちた。
私が参加したモンゴルツアーは、地方自治体イベントのPDFをそのままアップしたようなWEBサイトから申し込んだ。こんな人にピッタリ!という見出しの一行目には「旅のアクシデント歓迎という人」と書いてある。怪しい。
実際会ってみると、主催の人はヤギのような目と音の無い移動が印象的な男性で、変な人なのは分かるが大変親しみやすかった。
今年はモンゴル旅行が盛り上がってるのか、例年を上回る20人余りが参加。基本的には単独参加が多かった。ツアーを終えた今だからしみじみ思うことだが、困難に直面する様々な場面で「あ、そうだったこの人たち、あのWEBサイトからこのコンセプトのツアーに参加するような人だもんな」という感情が心理的安全性を担っていたように感じる。
細かい旅程はモンゴルに着いてからみんなのやりたいことに合わせて決めるという、計画的な行き当たりばったりの旅が始まった。
予測不能に身をゆだねる草原
移動日以外は草原の中にあるゲル(遊牧民の移動式住居)に何人かで連泊する。ゲルに泊まるといっても旅行者用で、シャワー・トイレが使える建物や、みんなでごはんを食べる食堂的役割の大きなゲルが施設内に併設されていた。
客観的に見れば恵まれている状況だが、それだけお膳立てされてもノウノウと生きてきた私にとっては武者修行のようにエキサイティングなことだらけだった。
ツアーのコンセプト通り、あらかじめざっくり決まっている大イベントの隙間を縫って、各々が持ち寄った「モンゴルでやってみたいこと」が、実行可能な状況になったものからランダムに始まる。

私は「場面の旅行」が好きだ。気ままに動ける旅は心地よく、むしろきっちり予定を立てた旅では、自分がフリーダムすぎて周囲に迷惑をかけないかと不安になることさえある。だからこそ、このツアーの「自由さ」に惹かれたのは自然な流れだった。
だが、私が知っていた「自由な旅」というのは、あくまでトイレや食事のタイミングを自分でコントロールできる範囲での話だった。その前提が崩れたとき、自由は思っていたよりもずっと荒々しく、手強いものになる。
お昼休みの時間は固定。トイレも毎時間会議の合間にささっと。決まった行動時間に従って生きるJTC会社員の私にとって、大いなる未知が占める旅程は自由であるどころか、はじめのうちは「不確定要素」に振り回される感覚すらあった。
「ツアー=ある程度の生活リズムが担保されているもの」。そんな無意識の思い込みは、草原のど真ん中であっさり崩れていく。トイレ休憩や食事時間すら「あるかどうかわからない」と思い始めたとき、ようやく私は、本当の意味で「モンゴルに来た」のだと実感した。
用を足す in 荒々しい自然
モンゴルに到着した私がやっと覚悟を決めたのは序盤の移動日。草原の拠点に向かう途中の野ションだったように思う。
実際に学校への送迎が行われている黄色いスクールバスに乗り、その運転手さんに拠点まで未舗装の道を何時間も運転してもらう。スクールバス史上一番の大暴れでは、と思うくらいデコボコの道なき道を行き、川まで渡っていた。

そろそろ着きそうな雰囲気が出てきた頃、想定していたルートが工事によって通れなくなっていたらしい。あんなにすいすい上げてきた標高をあっけなく下りつつ、代替ルートに行ってはここもだめ、を繰り返す。
すでにバスで3時間くらい走っていたように思う。日も暮れてきた。そんなとき、お腹が痛いファーストペンギンのおかげでバスは一時停車し、エクストリームな揺れから一時的に解き放たれた一行。伸びをする視線の向こうには、ゴツゴツとした岩場が広がっている。おそらく拠点までにトイレに行く最後のチャンス、と優れた瞬発力でトイレを決行した子に続き、わたしも野ションを行うことになった。
ギリ見えなさそうな窪んだ岩場を探し、いったれ!!と用を足す。見出しには「用を足すin荒々しい自然」と書いたが、それがonなのかatなのかaroundなのか、もはや前置詞がわからないくらい空と岩と草原に取り囲まれているし、自分はとてもちっぽけな存在だった。
見えにくい場所を求めて流れてきたため、遠くに見えるスクールバスに「はよしろ」と何度もクラクションを鳴らされ、何重履きしたズボンのボタンを急いで閉めながら不安定な足場を走った。
バスに戻るとスマホが見当たらず、このタイミングでスマホを落としてきた疑惑があったのだが、モンゴルの大自然にあてられてしまったわたしは「なんか……スマホいらないかも………?」とアホになって、探すことにあまり乗り気になれなかった。お騒がせしたものの、結局カバンの変なポケットから見つかった。
野ションからさらに2,3時間経ってから到着した草原の拠点(行っておいてよかった)。現在夜9時近く。明日スクールバス送迎の仕事もあるらしいのに、運転手さんには心から感謝だ。
ちなみに、せっかく見つけたスマホはモンゴル対応のeSIMが繋がらず、誰かにテザリングのおこぼれをもらえるとき以外は日本社会と断絶された草原暮らしを送ることになった。
前述の通り草原の拠点にはトイレ棟があるため、行くタイミングを盗み見る必要がある以外は特に困ったことはなかった。強いていえば紙を水に流さずにゴミ箱に捨てる文化なのでちょっと混乱する。
拠点や都会・観光地以外のトイレはどうなのかというと、囲いはありつつ穴を掘って足場に板を並べた方式が多かったように思う。



囲いのないトイレはイレギュラーではあったが、森の斜面のでかい切り株、日の出前の寒くて真っ暗な河原など様々なロケーションでの野ションは忘れられない。モンゴルの大自然を体感する、切っても切り離せないイベントであった。
楽しい。でも腹は減ってる。楽しいけど。腹は減ってるな?
トイレと並び、食事の時間もここではあくまで流れに任せる方式。体がエネルギーを求めるタイミングと、ごはんのタイミングが一致するとは限らない。決まった等間隔な時間にごはんが食べられるかも、みたいな願望は早々に捨てるべきであった。
お寺観光を楽しんで、今日はもうお昼ごはん無しで夜ごはんになるのかな?と思っていたら16時すぎからお昼ごはんタイムが始まったり、14:30くらいまで乗馬を楽しんだ後にそろそろキリ良くお昼かな?と思っていたら、休憩もそこそこに今からみんなで餃子を作りますというイベントが始まったり。

でも、限界までお腹は減ってるはずなのに、リアルタイムで起こっているイベントの求心力が高すぎて、案外なんとかなっている自分にもとても驚いていた。だって、日本だと定期的にエネルギーを取らなければ脳が回らず会話さえまともにできなくなってしまうというのに。
夜ごはんも昼ごはん同様に、出現条件が読めない。ごはんになるのはいつも、ナレーションが「諦めかけたそのとき・・・!」と言いそうなタイミング。本当にお腹がぺこぺこで限界のその先だからこそ、食事のありがたみとしては通常の何十倍、いや何百倍にもなっている。狙ってやってるわけではない、と思う。
ちなみに朝食はご用意いただける時間が決まっており、自分が想像するよりはるかに豪華な食事に毎日ありつけた。寝て太陽が昇ると時間がリセットされるのかもしれない。

普段は小刻みに打ち込まれる「基本の生活」をそっちのけにして得られる、ここでしかできない血湧き肉躍る経験。調子狂うなーリズム狂うなーという出来事の連続だ。ここでいうリズムというのは、生まれて気づいたら勝手にその輪に入ってしまっていたわたしのまわりの社会ルールの話である。
モンゴルだからこうなのか、このツアーだからこうなのか、ごっちゃになってこれ以外のモンゴルを経験していない私にはどちらが真相か分からない。だが、両方なんだろうなと思う。
旅の終盤ではすっかり「モンゴルタイム」にも慣れ、自分たちは羊の群れの一部だと考えるようになった。まごまご、もごもごと群れがゆっくりとひとつの方向に向かっていく間に、必ず無駄な時間は存在する。その隙を野生の勘で見逃さず、「(食べ物を口に入れるなら)(排泄するなら)今だ!」と意識的に群れを逸脱することができるようになった。

効率的に観光地を回るツアーの対極。
予測不能、オーガニックエンカウントの連続。


おどされてたが、来てすぐ雪はサプライズだった
そんな混沌の中で、確かだと思えたものがあった。火、太陽、そして動物。太古の昔から、人類が生きるために頼りにしてきた、変わらない温もりだった。

後編は、何が起こるかわからないモンゴル旅に右往左往しながらも、多大なる恩恵を受けた、火・太陽・動物について書いていこうと思う。
▼次の記事【中編】 焚き火と太陽
▼後編 動物とまとめ
