【後編】予測不能なモンゴル旅行で見つけた、不変の温もり― 火と太陽と動物と
9月の中頃。モンゴルの首都ウランバートルのちょっと西、車で9時間ほどの地域に1週間ほど滞在した。
参加したのはカオスでユニークなツアー。遊牧民の暮らしをなぞることで気付いた気持ちの変化や、忘れられない瞬間を綴る。
▼前編のあらすじ
「旅のアクシデント歓迎」なモンゴルツアーに参加。自由すぎるモンゴルの洗礼を受け、自主性なき自由は不自由だということを思い知る。
▼中編のあらすじ
9月中旬でも雪が降るくらい冷えるモンゴル。日本で暮らすにはそこまで関係が深くなかった(と思っていた)火と太陽に生かされている。
書けば書くほど足りなくて、気付けば3記事目だ。後編では、モンゴル滞在と切っても切れない、動物との関わりについて書いてモンゴル旅行記を締めようと思う。
動物
モンゴル滞在中では、人間と動物のさまざまな関わり方を見ることができた。360°の草原の景色にはいずれも遠近どこかに動物が映っている。野生の群れに思えるような動物たちも大体は人間に飼われており、夕方になると遊牧民がバイクや馬に乗って集めにくる。
ありがとう、家畜たち
自分の滞在中は主にミルクやお肉になって暮らしを支えてくれた家畜としての羊、ヤギ、ヤク。モンゴルの肉がおいしいのは、「放し飼いの家畜が草原のおいしい部分だけを選んで食べているからだ」とモンゴルの方が教えてくれた。

牛と羊の中間くらいのクセとコクがあり、おいしかった。

乾かしたりで乳製品をつくる

(基本的には車が運ぶ)
動物たちには、そこで暮らす人間目線で与えられる役割がある。自分は動物が好きだ。しかし、「可愛いのに」「賢いのに」「可哀想」とそこで定住していない人が特定の文化を否定できることなんか無いんだろうと改めて実感した。「食べ・食べられる命のサイクル」に現代では多くの人が直接関わらずに済む社会が組み上がっているだけで、忘れてはいけないのが人は動物の一種であり、食べないと、他の種より優位に立たないと、死ぬのだ。
今回のモンゴル行きの目的のひとつであった、羊の屠畜についてはいずれ書くかもしれない。「可愛い動物」から「新鮮で美味しいだろう食肉」に変化していく様子を目の前で見た。
なぜか気のいいモンゴル犬
モンゴルのあらゆる場所でモンゴル犬を見かけた。遊牧民に牧畜犬・番犬的に飼われているらしい。狼が来てたらしい晩、犬たちがやたら吠えてたのでちゃんと番犬やってるんだなあと感心した。

人懐っこく、何をしていても気づけばモンゴル犬がパーティに勝手にジョインしてくる。人間がわいわい集まっていると当たり前のように輪に入ってきて座っているのだ。なんと社会的な生き物。

バンカールというモンゴルの伝統的な犬種がベースになっているらしく、大体黒い。賢くて優しそうな顔をしている。ちなみに写真で出てくるモンゴル犬は、どれも似てるけど別個体だから尻尾や足先を見比べてみて。

狼に襲われたヤギを食べたり、解体した羊のいらない部位をもらったり、旅人の朝食を横から勝手に食べたりとワイルドな食生活をしており幸せそう。

街でも付いてくるし、誰が飼っているかわからないパーキングエリアのモンゴル犬にはおもむろにお腹をごろんと差し出されたりもした。これが生き延びる力。


Vtuberグループ「ろふまお」の動画でモンゴル犬が流行ったあたりで、私は犬好きだから犬接触は避けられないであろうことをふと思い立ち、駆け込みで狂犬病予防接種に行った。渡航前の3回接種は間に合わず2回だが、無いよりは安心感があった。野犬に噛まれる的な警戒なのかと思ったが、めっちゃ懐かれて傷口を舐めらたりする方向性だとは。モンゴル行く人は余裕があれば打っといたほうが気持ち安心かも。
ジジイ馬との三日間
草原拠点に滞在中は毎日馬に乗る。拠点の近所に住む遊牧民たちが馬を持ち寄り、緊張とわくわくと、降ったり止んだりの霧雨に震えるわたしたちに馬をどんどん割り当てていく。

デールの色で「緑ニキ」とか呼びはじめて定着した
わたしが乗るように指された馬は写真右の茶色い馬体に黒い前髪の馬。ずっと同じ馬に乗るから特徴を覚えておいてとのことだったので、茶色と黒の毛並みから「チャクロン」と名付けた。

モンゴルで馬に乗るぞという意気込みで、わたしはこの夏日本の乗馬クラブで20回くらい乗馬の練習をした。乗馬クラブでは毎回異なる馬に乗るため、チャッチャカ歩く聞き分けのいい馬もいれば、ムチにブチ切れて後ろ脚を跳ね上げる馬、適切に急かさないと動かなくなる老馬など、馬に合わせたコントロールを行う必要があることを学んでいた。
遊牧民が束ねた紐で曳きながら、何頭かのグループになって目的地まで馬で歩く。馬同士の距離はほぼゼロ距離のため、自分の足が頻繁に馬ケツ同士に挟まれて温もりと弾力が伝わってくる。馬に乗ると目線がスッと高くなり、くっきりとした霧と雪が積もった山々、真っ白な空が丸く降りかかるような感覚を覚えた。
私に割り当てられた馬、チャクロンは老馬らしいことに乗ってから気付いた。チャクロンは何も無いところでも結構つまづく。馬に乗ったまま川を渡ったり斜面を登ったりするのだが、ゼーゼー言いながらそれらを越えたあとは馬の疲弊が伝わってくる。下り坂でブレーキを効かせられず小走りになってるぞ、おい大丈夫かチャクロン。すぐ寝ようとするし道を横着するし草を食べようとするから、終始なかなかの格闘具合だった。
チャクロンを驚かせないよう、声かけしながら見えるように首を触ろうとしたところ、首を振って全力で拒否されたのでこのジジイ馬〜、と思った。全く心を許されていない。
初日から遊牧民の引き馬なしで一人で乗れてるうらやましい人々を横目に、さすがにこの馬は一人で乗ったらアカン馬だろうなと覚悟した。

仲良く行動している馬たち
2日目。基本は同じ馬に乗るものなのだが、その日遊牧民からは違う馬に乗ることを勧められた。なぜか咄嗟に「NO!」と言ってしまったのだが、その後、犬が散歩に行くのを渋るみたいにイヤイヤしているチャクロンを見て、馬が乗り気でないから違う馬に乗せようとしたことを理解した。すまんなチャクロン。あえて指名したからにはこのジジイ馬と仲良くなるしかない。
今日もチャクロンはつまづく。馬につまづかれると、文字で書いてる以上に乗ってる側は大変だ。例えるならば膝カックンを綺麗に決められたと同時に車で急ブレーキをかけられるような感覚なので、バランスを崩してうっかり馬上から放り出されそうになる。馬には良くないが、初めのうちは「ウワー!」と叫んでしまっていた(危険)。
落馬対策として、チャクロンがボーッとガタついたデカ目の石に乗りそうなときや分岐をミスって斜めの道を歩きそうなときは、声掛けと手綱で誘導するようにした。
こちらの機能しているのかわからない努力を一応認めてくれたのか、2日目終盤おそるおそる首をポポンと触ってみたらチャクロンは何も言わなかった。

馬の集団が居たり居なかったり。
最終日、待機している馬群の中から当たり前のようにチャクロンを見つけて乗った。遊牧民はわたしがチャクロンに愛着を持っているのを知っている様子だ。
わたし自身はチャクロンの謎の斜め揺れやつまづきに慣れてきたとはいえ、森に向かうハードなゴロゴロ石の道や、軽自動車だと押し返されそうな急斜面はチャクロンにとってはやはりきつそうだった。普段どんな生活をしているか分からないが、声かけをしながら共に歩き、斜面は前傾姿勢で負荷を少しでも少なく。しんどい道を乗り越えたら首を叩いて労うようになった。無事に歩いてくれるだけでもありがたい。
乗馬で操る馬のスピードはざっくり3段階ある。①パカパカと歩く「常足(なみあし)」、②パッパカと早歩きor軽いランニングの「速足(はやあし)」、③パカラッパカラッと走る「駈歩(かけあし)」。日本の乗馬クラブでわたしは②まで経験していた。※競馬のような全力走り時速60-70kmの「襲歩(しゅうほ)」も存在している
スピードは自分の馬を先導する遊牧民が基本コントロールしており、2日目まではパカパカと歩く①「常足(なみあし)」のスピードばかりだったが、最終日は徐々にパッパカと②「速足(はやあし)」が増えてきてテンションも上がる。②はそんなに速度は出ていないはずだが、目線が高くなったまま景色が早送りで流れる様や、我慢していたのかもしれない馬の躍動感が伝わり、これまでにない充足感があった。
大きな丘を登って降りて、ちょっと遠くの向こうに拠点が見えてきたアップダウンのゆるやかな草原。ついにチャクロンとの旅もおしまいか、寂しいな、あっという間だったな、と静かにシュンとしていたら、遊牧民の合図で再び②の「速足(はやあし)」が繰り出された。
馬三頭併せて駆けて楽しい!!楽しい!!と夢中になっていると、なんともっと速い③「駈歩(かけあし)」にギアが上がった。
それは未踏の速度だった。
明らかに振動の種類が変わり、ドーーンドーーンと前に跳ねる縦揺れの衝撃が全身に伝わってくる。最後の100m、必死にしがみつきながら目に映る草原の景色はブレて流れてスローモーションに。拠点に到着しスピードが緩まると、興奮状態がほどけると同時に涙が出た。
知ってたけど、チャクロンは馬だ。上に乗せてくれてありがとう。馬を降りると、股関節も膝関節もバラバラになってしまったかのような痛みを感じた。伸ばしても曲げてもどうしようもない。

寝かけのようにも、微笑んでるようにもとれる。
チャクロンとのお別れがつらくてびーびー泣いていたのに、余韻を味わう間もなく羊を絞めるイベントが発生したため慌てて気持ちを切り替えて小走りになる。忙しいときはやたら忙しい、そんなモンゴルだった。
終盤は帰国に向け、空港のあるウランバートル都市部の貸しアパートにみんなで宿泊した。部屋がいくつもある寮みたいな感じで、普通の部屋で寝るのは久しぶりだった。薪ストーブに火を着けなくていいなんて、なんてヌルいんだ、と思いながら翌朝は異常によく眠れた。

よく眠れすぎて日の出を窓の内側から覗いたのち二度寝してしまい、朝食軍団に置いて行かれた。寝坊組だけで朝食を獲得しにいく道では、馬も羊もヤクも居ないが犬だけは軽快に付いてきた。
草原を出て、火も太陽も動物たちも、存在が遠くなった。どちらかと言えば私から遠ざかった。都市には、それらを中心に据えなくても生きていけるシステムがあった。
日本に帰国してからは、地面をしっかり踏めていない。もっと言うと、腹から声を出せていないような、芯が抜けた感じだ。
夜は火、昼は太陽。そして人間と共に命を繋ぐ動物たち。そうした中心的な存在に感謝し、機嫌よく恵まれることを祈りながら世界をまわしていく――あの草原で見た営みを、日本での自分の暮らしの中にも取り入れていけたらどんなにいいだろうと思う。中心でなくても、少しでも考えたり意識を向けることで自分はきっと「大丈夫」になれる気がする。信仰って、こういう感覚のことなのかもしれない。
おわりに
後編を書いている途中で3週間くらい風邪をこじらせてしまい、まとめるのが大変だった。しかし、不思議とあの日々の場面場面が脳に焼き付いており、思い出せないこともない。
モンゴル終盤、なんとなく掴めてきた感覚がいくつかある。これらは私の血液に溶け込み、帰国後も非常に役立っている。
1.求めれば与えられる
モンゴルではこちらが何かを求めると、相手が驚くほどあっさりと応じてくれることが多かった。お願いすれば結構骨が折れることでも対応してもらえることが何度もあった。しかも後腐れがなく明快に。そういえばモンゴルは交渉する文化だと聞いたことがある。自分も人にはちゃんと要求し、求められたら思い切り与えようと思う。
2.居合わせる力
滞在中は基本的に情報が伝聞で伝わり、網羅的に知れないためランダムなイベントエンカウントがよくあった。草原拠点では常に何か楽しいことが起きており、アンテナを張ってタイミングよく飛び込めるかどうかが鍵。たまたまモンゴルのお母さんのゲルにてホルホグ(熱した石を鍋に放り込むモンゴル料理)作りに立ち会うことができた際、主催の人が「居合わせる力ですね!」と言っていたのがしっくりきた。「居合わせる力」……人の居る場から逃げがちな私は書き初めにしてトイレの壁に貼っといたほうがいいかもしれない。
3.大丈夫感のある空気
試されるのは、初めて出会う土地と文化への適応力。そのなかで、集団のメイントピックに飲まれず、ゆるーくはぐれている人こそが、場を和らげる貴重な存在だと感じた。働いているとき特に、脳内の「仮想の厳しい人」の声に引っ張られがちだ。本来の自分はそんな価値観持ち合わせてないのに。せめて旅のときなど取り外し自由に、「なんか大丈夫」にしてしまえるその空気感を毛穴から出せるようになりたい。そしたらどこに行ってもオープンで居れそうだ。
目を閉じれば、馬たちがムシッッムシッッと草をはむ音が聞こえてくる。
この大地で感じた温度や音や匂い。モンゴル滞在を人生この一回で済ませられるわけがないと思っている。バター湖'll be back. 世界は平和で居られますように。

▼モンゴル【前編】
▼モンゴル【中編】
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