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カナダで中絶禁止への回帰が起こらない理由

アメリカでは、2022年に最高裁判所が女性の中絶権を認める「ロー対ウェイド」判決を覆し、中絶の禁止は違憲ではないという判断が下されました。その結果、保守の勢力が強い州では、中絶を妨害するための法律が創られつつあります。

カナダでは、トランプの縮小コピーのようなピエール・ポワリエーブル(保守党首)でさえ、中絶論争を再開することはしないと宣言しています。

なぜ、同じ北米なのにカナダの中絶の権利は守られているのか?

アメリカでは、中絶の合法化は「妊娠中絶の決定は女性のプライバシーの権利に属する」という憲法の解釈によって達成されました。解釈による合法化は、解釈が変われば覆すことができるのです。

一方カナダでは、中絶を違法とする刑法条項そのものが1988年に違憲・無効化されました。つまり、中絶を再び禁止したかったら、新しい禁止法を通さないと無理なのです。しかし、そんな禁止法は再び違憲になる可能性が高い。

カナダは、「中絶の権利を守った」のではなく「中絶を禁止する仕組みを破壊した」。だから戻りようがないのです。

カナダはアメリカに比べて意識が高く、男性は当然のように女性の権利を尊重する….とでもいいたげな某トルドー家の息子(前首相)がいましたが、あれは先人の手柄に乗っかっているだけ。

現在、カナダがアメリカのような状況になっていないのは、女性の中絶権利のために身を挺して戦ったユダヤ人医師、ヘンリー・モルゲンタイラーのおかげなのです。

ヘンリー・モルゲンタイラーとは

ヘンリー・モルゲンタイラーは、ポーランド系ユダヤ人として生まれ、後にカナダに移民し医師になりました。彼はアウシュヴィッツ生還者でもあり、「国家権力が個人の身体をどう扱うか」を身をもって知っていた人物です。

ホロコースト経験者として、女性が自分の体をコントロールできない社会に強い怒りを感じたモルゲンタイラーは、「妊娠を続けるかどうかは、女性自身が決める権利だ」という信念を持っていました。

しかし、1960~70年代のカナダでは、中絶は刑法によりほぼ全面的に禁止。モルゲンタイラーは、あえて国家と対決する道を選び、クリニックを開業して安全な中絶を提供、そして逮捕されるという行為を繰り返しました。

彼は逮捕されるたびに、陪審員裁判で無罪を勝ち取りました。陪審員となる一般市民には、彼の医療行為を支持する人々が多かったのです。しかしそのたびに国が陪審の決定を覆してきました。

モルゲンタイラーが何度も刑務所に入れられながら活動していた20年の間に、カナダ社会は徐々に「中絶は道徳ではなく医療アクセスの問題だ」と理解していきました。その結果、1988年についにカナダ最高裁が「中絶を規制する刑法の仕組みは不公平。女性の権利を侵害しており、違憲」という判断を下します。

トルドー親子が語るカナダ、語られなかった闘い

カナダが中絶の権利を勝ち取ったのは、モルゲンタイラーという超レアな医師の戦いと犠牲、そして「医療アクセスの不公平さ」に怒った市民によるもの。けして「男性政治家の英断」ではなかったのです。

1968年にカナダの首相になったピエール・トルドーは、「国家は寝室の問題に関与しない」という言葉で知られています。ピエールは確かに同性愛の非犯罪化や離婚法の緩和など、性の自由化には貢献しましたが、中絶については保守的なままでした。

限定的な中絶は認めたものの、それは病院ごとの「治療委員会」が「母体の生命・健康を危険にさらす」と認めた場合にのみ可能、というもの。当時の医師はほぼ100%男性であり、「夫が同意しないなら許可できない」「中絶を希望する未婚女性は不道徳」といった個人の価値観で許可しませんでした。

また、地方や小規模病院では、批判を恐れ治療委員会を設置しないケースが多く、そもそも合法的に中絶を受けられる病院がほぼ存在していませんでした。このため、金とコネがある都市部の女性だけが安全に中絶でき、多くの女性は危険な裏中絶で命を落とすという構図は何も変わりませんでした。

中絶の権利を求める陳情に来た女性団体に対し、ピエール・トルドーがいかに冷淡であったか、先日紹介したキャロル・オフの著作に詳しく書いてあります。また、カナダにも中絶クリニックへの放火や医師への圧力など、反対派による暴力事件が普通にありました。

ピエールの息子ジャスティンが首相になったとき、女性閣僚が多いですね、と言われて「2015年ですから当然です」と答えていました。

女性の側は何十年も苦しみ、代償を払いながら制度と戦ってきたのに、何の犠牲も払っていない、モルゲンタイラーを迫害し続けた体制側の男が「カナダは進歩的な国ですから」と胸を張っているのは、お前それ言っていい立場?とモヤモヤします。

モルゲンタイラーは2008年にOrder of Canada(カナダ勲章)を受勲。保守派は激怒しましたが社会のコンセンサスはこの判断を支持。当然です。個人的にはノーベル賞を差し上げたい。

カナダが中絶禁止の時代に戻らないのは、国民性の美談ではなく、モルゲンタイラーが体を張って仕組みそのものを壊したから。その礎の上に立ってドヤ顔している政治家たちは、実は何も戦っていないのです。

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