見出し画像

『日本思想史』を読みながら❷

❶はコチラ ↓(記事末尾に古今和歌集仮名序の朗読を追加しております)

辺土観

勅撰の歴史書編纂はなくなる

仏教により歴史観が地理観と結びつく

仏教はインド(天竺てんじく)に発するもの。他の文化が中国発であるのに較べて、さらに中心が遠くにある。

須弥山しゅみせん(世界の中心)

南閻浮提なんえんぶだい(その南方にある人間の住む世界・インド)

中国〈震旦しんたん〉(その東側の隅)

日本(さらにその東側に散らばるたくさんの小国(粟散国ぞくさんこく)のひとつ

粟散辺地ぞくさんへんちという言葉を初めて知りました。粟の粒をまき散らしたように点在する辺地の小国のこと。ちなみに、粟をまき散らすってこんな感じ。

仏教を中心に見る歴史・地理観は、天竺・震旦・本朝とつなげる三国史観を生むことになった

日本思想史

私は『極東(Far East)』という言い方をヨーロッパからみた勝手な呼び方だと思っていましたが、中世の日本では自国のことを、インドや中国と較べて、世界の中心からはるかに隔たった辺境の地であると、自ら認識していたのですね。
私は無宗教なので、聖地とか神仏(呼び方はどうあれ、上位存在)発祥の地が地球上の一点にあるというのが不思議に感じます。神様って、空の上とか、あるいは自分の傍にいるのでは?という感覚です。
地上に聖地を定め、インドと日本は遠いなぁ、と感じてしまうのは、人間の三次元的認識力の限界なのかなぁ、などと思いました。
聖地が地上にあるせいで、争いのもとになっているのも人間の視点の限界を感じます。


神仏と共なる歴史

院政期になって、仏教的な三国史観とは別に、四鏡(『大鏡』『今鏡』『水鏡』『増鏡』)の最初の『大鏡』が編纂され、再び歴史への関心が生まれるようになった。

日本思想史

慈円じえん……摂関家出身。天台座主。朝廷と摂関家、王法と仏法、すべてに関わり行方を見定めた知識人。著書『愚管抄ぐかんしょう』で王権のあるべき姿を問い直した。

慈円の歴史観の根底には、仏教由来の四劫説しこうせつ(宇宙は成劫・住劫・壊劫・空劫のサイクルを繰り返す)がある。

歴史をつくるのは人間だけではなく、「冥」の神仏、とりわけ神々の意向が反映する。

『平家物語』でも、平家の繁栄は厳島や熊野の加護によるもので、神々から見放されて滅亡したとされている。死者の怨霊もまた無視できず、とりわけ滅亡した平家の怨霊は畏れられ、慰撫が必要と考えられた。中世の歴史は、このような「冥」の者たちとの関わりの中で考えられていた。

日本思想史

1274、1281年、モンゴル軍の来襲。強風に被害を受けて撤退。
幕府を中心に北九州の防御を固めるとともに、朝廷も幕府も盛んに神仏への祈祷を行った。

思想的には、神の加護によって日本が危機を逃れたという信念から、神国思想が進展した。神国思想は、もともとは日本は仏の教化が及ばない辺土であるから、仏が神となって垂迹して教化するという日本辺士観に基づいているが、それが逆に、日本が神によって守られた特別の国だという日本優越論に転換することになった。

日本思想史

日本の神のありかたの探求がすすむ。

神社は仏寺の管理下におかれることが一般的

本地垂迹説
神仏習合思想の一つで、日本の神々は仏や菩薩が衆生を救済するために仮に姿を変えて現れた権現ごんげんであるとする考え方

はるか彼方に離れている仏よりも、垂迹として身近にあらわれた神の姿にこそ、本当の仏のはたらきが示される……神の地位は次第に向上

反本地垂迹説
日本中心主義へ……

和歌はどうなった?

僧侶歌人も多い中、和歌は仏教的に意味づけられるようになった。
中世初期の和歌は後鳥羽院時代に頂点に達する。
中でも藤原定家は技巧を凝らした濃密な美的世界を築き上げた。

定家にとって和歌は単にその場で作られるものではなく、過去の文学の歴史を踏まえていることが必要である。そこに本歌取りのような技法が生まれる。そのためには、『古今集』などの和歌集とともに、「源氏物語」などの古典の知識が不可欠となる。中世の理想は古代の『古事記』や『万葉集』ではなく、平安の王朝文学の全盛期に求められることになった。

日本思想史


◆AIコーナー

Copilot にエルサレムの詩をつくってもらいました。

聖地の石が語る、三つの祈りの交差点

石は語る。
声なき声で、千年の祈りを抱いて。

ぼくは歩く。
母の手を離れて、
古い石畳の上を、
知らない言葉の間をすり抜けながら。

ひとつは壁に向かう背中、
紙切れを挟む手が震えていた。
ぼくは見た。
その人の目が、空より深かったことを。

ひとつは十字の影を落とす足音、
歌のような祈りが響いていた。
ぼくは聞いた。
「赦し」という言葉が、風に似ていたことを。

ひとつは空に向かう額、
静かな声が砂のように流れていた。
ぼくは感じた。
その沈黙が、ぼくの胸にも届いたことを。

石は見ていた。
争いの火を越えて、
三つの祈りが交差する場所を。

ぼくは知らない。
誰が正しくて、誰が間違っているのか。
でも、祈る人の背中は、
みんな、少しだけ泣いていた。

石は語る。
「ここに、まだ希望はある」と。
ぼくは歩く。
その声を、靴の底に感じながら。



つづく

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集