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会社員の「しょうがない」を分解してみた

「しょうがない」というひとことは、二種類の出来事に同じように使われている。天気や事故のように、誰にもどうしようもない出来事と、会社の中で誰かが決めたこと・誰かが約束を守らなかったことだ。同じ言葉で片付けられているが、中身は別物だ。この記事では、「しょうがない」の基準を立て直し、会社員がこの言葉で流しがちな出来事を3つの型に分けて考える。

本記事の具体例は、実際にありうる場面として一般化したもので、特定の会社・個人を指すものではない。引用したデータは各調査の公表時点の公開情報に基づき、出典は文中に記している。


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第1章:配属も評価も「しょうがない」で片付けてきた

たとえば、こんな場面がある。入社の面接で「あなたの経験を活かして、企画に近いところで動いてほしい」と言われて入った。ところが配属が決まると、実際の仕事は既存業務の運用と調整ばかりで、企画に関わる機会はほとんどない。上司に聞くと「今はこの体制でお願いしたい、状況を見て考える」と言われる。数か月経っても、状況は変わらない。

こういうとき、「まあ、組織にはよくあることだ」「今はタイミングが悪いんだろう」と自分の中で理由をつけて飲み込む人は、少なくないと思う。

自分自身も、複数の会社で働いてきた中で「しょうがない」という言葉を何度も使ってきた。希望と違う配属になったとき、約束されていた条件が実現しなかったとき、明らかに不誠実な対応をされたとき。そのたびに「まあしょうがない」と自分に言い聞かせて、次に進んできた。ただ、振り返ると疑問が残る。そうやって流してきた出来事は、本当にどうしようもないことだったのか。天気や事故のように、ただ受け止めるしかない出来事だったのか。


第2章:「コントロールできるかどうか」では、区別できない

しょうがないかどうかを分けるとき、自分の中にあった基準は、「自分でコントロールできるかどうか」だった。コントロールできないなら、しょうがない。そう考えていた。

でもこの基準には無理がある。天気や事故が自分でコントロールできないのと同じように、相手が約束を守るかどうか、相手がどんな判断を下すかも、自分にはコントロールできない。この基準で見ると、両方とも「コントロールできない」側に入ってしまい、区別がつかなくなる。

これは、いわゆる「課題の分離」や、ストア派の「コントロールできることとできないこと」という、よく知られた考え方とも重なる。課題の分離を仕事の場面に当てはめる話は、以前に書いた。ただ、課題の分離は「これは自分の課題か、相手の課題か」を分けるところまでだ。この記事で立てたいのは、相手の課題だと分かったとして、相手がどんな立場でそれを負っていたのかを、もう一段掘り下げる話だ。

出典:
「アドラー心理学の「課題の分離」を仕事の現場で使うとどうなるか考えてみた」(note、2026年5月)より、課題の分離を仕事の具体的な場面に当てはめた整理
https://note.com/ccre1018/n/nd309fbc24798

では、「人の判断が関わっているかどうか」で見ればいいのかというと、それも粗すぎる。会社で起きることは、たいてい誰かの判断の結果だ。この基準では、ほぼすべてが「しょうがなくない」側に入ってしまい、天気と事故しか残らない。

わたしの整理では、分かれ目は、判断があったかどうかではなく、相手が自分に対して決める・約束する・応じる立場にあったかどうかだ。

  • 天気、事故、相手が自分に何も負っていない場面で下した自由な選択 → しょうがない

  • 決定を下す立場にあった人がその決定をしたこと、誰かが約束を破ったこと、応じる立場にあった人がその応じ方を選んだこと → しょうがなくない

後者はイメージしやすいが、前者も会社の中で普通に起きる。頼りにしていた同僚が、自分の意思で転職する。自分の仕事とはつながりのない他部署が、方針を変える。どちらも影響を受けて腹が立つことはあるが、相手は自分に対して何も負っていない。同僚には仕事を選ぶ自由があるし、つながりのない他部署が、方針を自分に前もって伝えなければいけない理由もない。

結果をコントロールできるかどうかは変わらない。でも、相手が何かを負っていたかどうかを正確に見分けることには意味がある。それを運のせいにして片付けると、本来相手側にある責任を、自分が黙って引き受けることになるからだ。


第3章:3つの「しょうがなくない」型

この基準で、これまで「しょうがない」と流してきた出来事を見直すと、負っていた責任の種類によって、だいたい3つの型に分けられる。

決定型:異動や配属、評価を決めたのは自分ではない

決める立場にあった人が決めたことで、自分の状況が変わること。異動や配置転換、体制を整えないという判断、プロジェクトが会社都合で止まること、評価の結果など。決めたのは自分ではなく、組織や上司だ。

不履行型:「後から上げる」が一度も実現しない

誰かが約束したことを、守らなかったこと。「今は条件がよくないが、後から上げる」という言葉を信じて動いたのに、その「後から」が一度も実現しなかった、というような話。約束したのは相手で、破ったのも相手だ。

反応型:声を上げても取り合ってもらえない

自分が何かをした(声を上げる、助けを求める)ことに対して、応じる立場にあった相手が、その応じ方を選んだこと。訴えても取り合ってもらえない、問題を指摘した側が悪者にされる、助けを求めても放置される、といったこと。ここでは自分の行動そのものは正しかったのに、それにどう応じるかを相手が選んでいる。

決定型と反応型は、数字にも出ている

決定型。リクルートの就職みらい研究所が2024年に行った調査では、新入社員の配属のやり方を見直す必要を感じている企業が51.8%あり、そのうち半数(50.4%)は見直しができていなかった。見直しができている企業とできていない企業とで実施の差がとくに大きかったのが、「本人のキャリアや成長の観点での配置理由の説明」「配置理由の説明」「配置の納得感の確認」の3つだった。分かれているのは、決定そのものではなく、理由を伝えることと、納得を確かめることのほうだ。決定自体に理由があったとしても、説明がなかったことは、別のこととして見ていい。そしてもう一つ、見直す必要を感じている側の半数が、それでも動けていない。説明がないのは、決める側が意地悪をしているからとは限らず、そこまで手が回っていないこともあるのだろう。ただ、相手の側に事情があるかどうかと、待っていれば変わるかどうかは、別の話だ。

この3つは、省いても決める側の仕事は進む。困るのは受け取る側だけだ。だから理由は渡らないまま残り、受け取った側は判断材料を持たないまま考えることになる。材料がなければ、「たぶん何か事情があったのだろう」と自分で埋めるしかない。「しょうがない」に寄せてしまうのは、我慢強さの問題ではなく、判断に必要なものが渡ってこない側に立たされているからだ、とも言える。

出典:
株式会社リクルート 就職みらい研究所——「【人事担当者対象調査】新入社員の入社後の配属について」(2024年5月30日発表。2024年2月に、従業員100人以上で2024年卒の新入社員が入社予定の企業に勤め、新卒採用に関わる人事担当者812人を対象に実施)
https://shushokumirai.recruit.co.jp/study_report_article/20240530001/

反応型。厚生労働省の委託調査(2024年1月、全国の20〜64歳の労働者8,000人)では、過去3年間にパワハラを受けたと答えた人が19.3%いた。受けた後の行動は「何もしなかった」が36.9%で最も多く、その理由を聞くと「何をしても解決にならないと思ったから」が65.6%だった。訴えても仕方がない、という感覚は、思い込みとは言い切れない。実際、勤務先が気づいていた場合でも、その後の対応は「特に何もしなかった」が53.2%、ハラスメントかどうかの判断は「あったともなかったとも判断せずあいまいなままだった」が61.4%で最も多い。声を上げても取り合われない、という話は、この後半の数字に出ている。

出典:
厚生労働省委託事業——「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)」(PwCコンサルティング合同会社、2024年3月)
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001541298.pdf

なぜこの状態が続くのかは、制度の側から見るとはっきりする。1on1や評価面談が形だけになる構造を調べたときは、部下からの評価が上司に届かず、部下の状態も上司の評価につながっていない、という2か所の切れ目に行き着いた。決める側や応じる側が動かないままでいられるのは、動かなくても自分の評価が変わらないからだ。ここでは立ち入らないが、相手の側が自然に変わるとは限らない理由の一つではある。

出典:
「1on1をしない上司、形だけの上司はなぜ変わらないのか ── 部下の評価も、部下の状態も、上司の評価に届かない」(note、2026年8月)より、部下からの評価と部下の状態が上司の評価に届かない構造
https://note.com/ccre1018/n/n889f2376a0cf

声を上げても取り合われないほうも、同じように説明がつく。指摘が通るかどうかは中身だけで決まらず、その人が組織の中に積み上げてきた信用の残高で先に値踏みされる。入って間もない人の指摘が軽く扱われるのは、その残高がまだないからだ。

出典:
「「何を言ったか」より「誰が言ったか」で決まる組織 ── 発言の重みと社歴の構造」(note、2026年6月)より、信用貯金の残高で発言の重みが決まる構造
https://note.com/ccre1018/n/n8f8f2eae6969

どちらも、この記事の型がそのまま調査されたものではない。決定型は新卒の配属、反応型は職場のハラスメントと、場面は限られている。不履行型については、同じように使える調査を見つけられなかった。

「しょうがなくない」は「相手が悪い」ではない

「しょうがなくない」は、「相手が悪い」という意味ではない。同じように、「自分の希望が通るべきだった」という意味でもない。不履行型は、約束したことを守らなかった、という時点で責任を果たしていないことがはっきりしている。一方、決定型や反応型は、決める人・応じる人がその役目の中で判断したというだけのことで、その判断が正しかったか間違っていたかは、また別の話だ。上司が配置転換を決めたことも、会社の判断としては筋が通っていたかもしれない。それでも、天気や事故のように受け止めるしかない話ではなく、人の判断の結果だった、という事実は変わらない。

どの型か迷ったときと、この基準の限界

3つは、きれいに分かれるわけではない。「取り合わない」という反応は、取り合わないという決定でもある。出来事によっては、複数の型にまたがる。

第1章の面接の例で、あらためて考えてみる。「企画に近いところで動いてほしい」という言葉が、会社としての約束だったのか、単なる期待の表明だったのかで、判定は変わる。約束として交わされていたなら不履行型にあたる。実際に配属を決めたのが上司や人事なら、決定型にも当てはまる。どちらとも言い切れない場合は、約束だと言える根拠(文書に残っているか、繰り返し同じ言葉を言われたか)があるかどうかで判断すればいい。それでも約束と言い切れないなら、決定型として見ればいい。配属を最終的に決めたのが誰かは、約束の有無にかかわらずはっきりしているからだ。

ただ、この見分け方には限界がある。不履行型は「約束だと言える根拠があるか」で判定できるが、決定型と反応型には、それに当たるはっきりした手がかりがない。どこまで決める権限があったか、どこまで応じる役目を負っていたかは、外からは見えないことも多い。広く取れば何でも「しょうがなくない」側に寄せられてしまう。迷ったときは、その人が決めなければ物事が進まなかったか、その人以外に応じる相手がいなかったか。そのあたりを目安にするくらいがちょうどいいと思う。

合議制など、決めた人が誰か特定しにくい組織もある。それでも、「誰が決めたか」が分からないだけで、誰かの判断の結果であることは変わらない。


第4章:気づいたあとに、できること

「しょうがなくない」と気づくと、そのぶん腹が立ってくることがある。天気や事故ではなく人の判断が原因だったとわかったのだから、自然なことだ。ただ、そこですぐに行動しなければいけないわけではない。

大事なのは、まず、自分の中ではっきりさせておくこと。「これは自分が我慢すべき自然現象ではなく、人の判断が原因だった」と、自分に対してだけでも認めることだ。

相手の側を先に見るのは、自分を責める前に事実をはっきりさせるためで、自分の側を見なくていいという意味ではない。相手が決める・約束する・応じる立場にあったかを確かめたら、次に、自分の側にも動かせた部分がなかったかを見る。期待を言葉にして伝えていたか、確認できるタイミングで確認していたか。

この基準は、相手にだけ向くものでもない。自分が決める立場、約束する立場、応じる立場に回れば、今度は同じ基準で見られるのは自分のほうだ。誰かの異動や評価を決めた側、「後で考える」と言った側になることは、働いていれば普通に起きる。

「しょうがない」で片付け続けると、対処だけをずっと自分の内側(我慢する、慣れる)に求め続けることになる。それでは、状況そのものは変わらないままになりやすい。次にできることはいくつかある。全部をやる必要はなく、状況に合わせて選べばいい。

  1. 事実と気持ちを分けて書き残す。いつ、誰が、何を言ったか、何が決まったか、という事実と、そのとき自分がどう感じたか、という気持ちを、分けて書いておく。例えば「〇月、上司から『状況を見て考える』と言われた」という事実と、「不安になった」という気持ちを、混ぜずに並べて書く。数か月後に「あれは本当にしょうがなかったんだっけ」と迷ったときに、記憶に頼らず記録に戻れる

  2. 事実として伝える。感情をぶつけることと、事実を伝えることは別だ。「これはおかしいと思う」と言葉にすること自体は、怒りの爆発ではなく、事実の共有としてできる。書き方のコツは、相手ではなく仕事を主語にすることだ。「放置されて困っている」ではなく「この判断の確認を依頼したが、まだ回答を得ていない」と書けば、同じ事実を伝えていても、相手を責める文にはならない

  3. 伝え方と、伝える先を選ぶ。中身より先に誰が言ったかで値踏みされる場では、口頭でその場に投げるより、日付と事実を書いて、後から読める場所に残したほうが、中身だけで読まれやすい。相手が動かない理由が、動かなくても自分の評価が変わらないことにあるなら、伝える先も、その状況を変えられる人の目に触れるところを選ぶことになる

  4. 変わるかどうかは相手に委ねる。伝えたからといって、相手が変わる保証はない。伝えることと、相手が変わることを、自分の中で切り離しておく

  5. 変わらない場合、そこに居続けるかどうかも選択肢に入れる。同じ型の出来事が繰り返されるなら、環境そのものを選び直すことも、対処の一つだ

「しょうがない」という言葉自体が悪いわけではない。本当にどうにもならないことに対して、心を軽くするための、便利な言葉だ。ただの諦めでもない。理由が渡ってこなかった空白を、自分で埋めて、先に進むための言葉でもある。ただ、その言葉を使う前に、一度だけ立ち止まって考えてみたい。

これは、本当に誰の判断も関わっていないことなのか。それとも、決める立場にあった人、約束した人、応じる立場にあった人が、それぞれの立場で下したことを、自分が「しょうがない」という言葉で片付けているだけなのか。

この一問をはさむかどうかで、次に何を選ぶかが変わってくる。


2026年8月

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