だからこそ、この季節は忘れられない【2】#創作大賞2025 #恋愛小説部門
プロローグ②
リコが編集者として働いていた時のこと…。
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ルイはまだ10代で男性としてカメラマンをしていた。
その時初めて、自分の性について人に話したのが、リコだったとういう。
女装も男装もしたい、だけど男性も女性もどちらも好きな、いわゆるバイセクシュアルだと思うが、自分自身よくわからないと告げた。
だが、リコから返ってきた言葉は、ルイにとって思わぬ言葉だった。
「素敵すぎる!」
リコは、目を輝かせて言ったんだと。
普通の感覚を持ちあわせていない、どのパターンにも当てはまらない、自分自身を不安に思うルイにとって、リコの言葉は、思いもよらない言葉だった。
だが、リコはルイの両手を握り、顔を近づけて言葉を続けた。
「全性愛万歳じゃん!性別関係なく、何かに左右されずに人を好きになれるって、すっごくいい。うん、すっごくいいよ!」
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「リコちゃん、目を輝かせて言うんだもん。嘘偽りなく心の底からそう思ってるんだわって。なんかこうー、パーって、心が解放されったいうの?悩むことじゃない、自然体でいていいのかしらって。そう思えたのよ」
あー、リコだ。リコの言葉が、リコの反応が、俺の知っているリコだと安心する。そういえば…。
バーで飲んでいた俺が、他の客に「君、ノンケなの?」と聞かれたことがあった。多様性歓迎バーだけあって、多くの客が、いわゆるノンケではない。おそらくその客は、俺が相手を探しているゲイと思ったのだろう。
その場にいたリコは、「逆に今の差別に聞こえる。そもそも、LGBTQ+って言葉もしっくりこないし…。分別する必要がある?」と言っていたこともあった。人は見たいものしか見ない。だが、彼女は自分も含め、誰でも色眼鏡で物事を見ていることを意識していた。
そんなリコに対して、ルイは特別な感情を抱いていたのだと言う。それが恋愛感情だったのか、尊敬だったのか、目標だったのか…。
「だからね、時々カイちゃんとリコちゃんが仲良くしてたりすると、ムンムンしたのよ私」
「ムンムン?」
「嫉妬かしらって。でも、今思えば、2人空間フェチだったのかもしれないわ」
「フェチ?」
「2人が話している空間、私好きだったのよ…。だからね、見つけ出したら、連れ戻してきて頂戴。いいわね?」
「…ああ、できればな…。現状、何の手掛かりもないし」
「リコちゃん、自分のこと話さないタイプよね…。人のことは根掘り葉掘り聞くのにね」
「職業病か」
その言葉に、ルイは驚き、身を乗り出して俺を見る。
「カイちゃん、知ってたの?リコちゃんが小説家だって」
「……気がついてはいたけど、知らないフリしてた」
「そう…。じゃあ、もう一杯飲んでいってくれたら、リコちゃんヒントあげるわ」
目に対してオーバーサイズな着けまつげの上下が絡んでしまうのではないかと思うくらい、大げさにウインクをして、透明の液体が入った大きなグラスを差し出す。俺は迷わずルイからグラスを受け取り、一口飲むとむせかえしてしまう。
「ルイ、これ」
「ルイ特製、テキーラ大容量よ」
「殺す気かよ」
「ほら、2階空いてるし、せっかくなら泊ってきなさいよ、夜も遅いんだし」
***
飲み干したアルコールが、疲労困憊の体に重くのしかかる。激しい頭痛と、腰や腕だけでなく、全身を叩きつけるような痛みで目が覚めると、そこは懐かしい空間だった。
リコが住んでいたバーの二階。
ベッド替わりに使っていたヘタリかけたファブリックの茶色い大きなソファ。朝まで二人で語り合い、数えきれないほどの思い出がここには詰まっている。食っちゃべって寝ころんで笑い転げて…。リコがポテチをこぼしては、俺が拾って…。
小さなカウンターキッチン。料理を全くしないリコには不釣り合いな大きな冷蔵庫。その中には、コーヒー豆と牛乳、ヨーグルトが常備されていた。朝、リコが豆を挽く音、コーヒーを淹れる香りで目覚めた。
そして、一度しか入ったことのない、リコの仕事部屋。
扉を開けて中に入ると、本棚には変わらず本が収納されている。変わったところと言えば、机の上にあったパソコンとたくさんの書類たちだ。クローゼットにも服は入っていない。
パソコンと服。
――リコはあの日、それだけをスーツケースに入れてここから出て行った…。
今でも鮮明に覚えている。あの日、言えなかったことを俺はずっとずっと後悔している。あの時勇気を出して伝えられていたら、彼女は今も隣にいたのだろうか。
俺は一通り狭い部屋を歩いてから、ソファに腰をかけ、部屋を見渡す。この狭い空間にリコと過ごした日々が凝縮されているような気がした。リコの笑い声、リコの怒った顔、リコの優しさ、リコの涙……。
リコは今どこにいるのだろう。何をしているのだろう。どうしているのだろう。
――俺を覚えていてくれているだろうか…。
***
1階のバーに戻ると、当たり前だが、客の姿もルイの姿もない。カウンターに置かれた自分のスーツケースに視線を落とすと、スーツケースの表面に1枚の紙がガムテープで張り付けられている。
「またお店に顔出しなさいよ!
ヒント!今すぐ書店へレッツゴーよ! ルイ様より」
***
店の外に出ると、すでに日が落ちかけた夕方だった。会社帰りの人々が行き交い、喧噪が耳に届く。体の痛み、頭痛には少々辛いが、深呼吸をしてすぐ近くの本屋に向かう。
本屋のショーウィンドウから覗き込むと、【本屋スタッフが選ぶイチ押し小説ランキング】のコーナーが目に飛び込んだ。その中で、一際目を引くポップがあった。
【すれ違う季節:林ミコ】—。ドラマ化、映画化が相次ぐ恋愛小説界の新星、ミコ様の新作。
本の表紙には、都会の街の中で遠く離れてお互いを見つめる男女の絵が描かれている。キャッチコピーには、「ミコ様が手掛ける最高傑作、これが新たな恋愛の形か⁉」と記されている。
俺は、「すれ違う季節」の本を取り、再度表紙の絵を見る。どことなく、俺とリコに似ている気がした。本の表紙を撫でながら、深呼吸をしてページをめくった。
胸が痛いほど熱くなった。ページをめくるたび、俺にとっての「愛」そのものだったリコが、すぐそこにいるように感じられる。
この小説には、5年前の俺と過ごした記憶と、リコの想いがすべて詰まっている。彼女がなぜ姿を消したのか、その理由も…。
この小説を手掛かりに、俺はリコに会いにく。どこかにいると信じて。
