だからこそ、この季節は忘れられない【3】#創作大賞2025 #恋愛小説部門
第1話 春:出会い①
(小説:すれ違う季節)抜粋
目の前には、1ピース1,500円のショートケーキ。
そして対面に座っているのは、編集者時代の先輩であり、今は小説家としての私を支えてくれる担当編集者、浮田先輩である。一に厳しく、二に厳しく、三に厳しい…。そんな先輩。もちろん優しさ故の厳しさだが、彼女が笑顔の時は…。
――嫌な予感しかしない。
おそらくこれは、何かある…。
分かってはいるが、目の前にあるクリームもイチゴもスポンジもキラキラと輝いて…私を誘っている。今すぐ頬張りたい…。
「ささ、林先生。どうぞ、どうぞ」
危険信号を察知。林先生と私のペンネームで呼ぶときほど、危険なことはない…。
「…浮田先輩…怖すぎですって…。何です?」
「ふふふふ、食べる前に聞く?」
「はあ…、やっぱり…、タダってわけにはいかないですよね…」
私の問いに笑顔で答える先輩。とはいえ、どんな頼み事だとしても、私に断れるはずがないのだが…。
私は覚悟を決め、高級ショートケーキを勢いよく頬張る。
甘すぎないクリーム、しっとりしつつもふわっとしたスポンジ、香り高いイチゴ。絶妙すぎる。
「これは、美味しすぎて…、素直に喜べません!」
「そんな嫌な話じゃないから安心しなさい」
先輩はそう言うと、バッグから企画書を取り出した。
そこには、女性ファッション誌にコミックを連載する企画内容で、原作者に私の名前が載っている。
ありがたい話ではある。だが、私が気がかりなのはこの部分だ…。
【30代の働く女性が見たい「非現実の中のリアルな恋愛」をテーマにした恋愛コミック】
「…非現実の中のリアルな恋愛?これ…先輩の企画じゃないですよね?」
「そう。急に上から降ってきたの。小林ならわかるでしょ?」
「上からって…。アイツらですか…。はあ。これっていわゆる「胸キュン」的なことですよね?それ、私の作風とは真逆じゃないですか?他に適任者いますよね…。」
「あはは…」
「あはは…じゃないですよ、先輩。正直、私で何人目です?」
いかにも取ってつけたような私の名前…。
明らかにいろんな先生方に断られていそうな案件だ…。
「あはは…」
「せんぱーい」
私は恋愛小説家として活動しているが、現実の私は恋愛とは程遠い生活をしている。
そもそも私が恋愛小説を書くことになったのは、浮田先輩が、「あんた、恋愛小説書いてみなさい」という一言だった。浮田先輩がなぜそんなことを言ったのか…は未だに疑問だが…、3作ともそこそこヒットしたようだ…。
だが、私の作風は、王道の恋愛モノではない。ヒューマン系に近い恋愛モノだ。恋愛要素を引き出すのは至難の業で、私の脳みそをかき集めて、絞ってカスしか出ないような状態で書いているのだ。
そんな私が王道の恋愛モノなど書けるわけがない。
「先輩!今から断りましょう。それがいいと思います」
先輩は深々とため息をつき、鋭い視線で私の目を貫いてきた。その反応が私の問いに対する回答だと言わんばかりに私の次の言葉を待っている。
「先輩…。先輩が一番わかってるでしょ?無理ですって」
「林先生なら、大丈夫」
何を根拠に言いやがる!浮田先輩!勘弁してよ。私は必死に顔で訴えたが、先輩の顔は変わらない。
「…書けばいいんでしょ…。書けば…。でも書けるかわかりませんからね?ボツになっても知りませんよ?」
「よろしい」
「と、とりあえず、もう少しヒントもらえません?」
「うーん…。私ね、最近年下もアリ」
「え?」
「20代の頃はありえなかったけど、30後半になってくると、若ければなんでもかわいく見えてくるのよ。不思議よね。最近は、仕事で使えない新入社員でさえも、かわいく見える」
「って先輩!さすがに、部下に手は出さないでくださいよ?今のご時世、問題になりますからね?」
「お互いの気持ちがあればいいでしょ」
その口ぶりからすると、浮田先輩は、もうすでに部下に手を出している状態だ。過去には社内不倫もしていたし、担当の先生との関係も…。冷淡に見えつつも、肉食女子なのだ。
「ちなみに、その彼は、かわいい系ですか?イケメン系ですか?やっぱり、同期からもモテてたり?」
「そうね、どっちでもない。あれよ、当て馬系」
って…。完全に手出してるじゃん!
「へえ…。当て馬系」
「だめよ、当て馬を主人公にしたら、胸キュンないから」
「そしたら…王道で言うと…後輩がイケメンで困る!的な感じですか?」
「いいじゃない。それで一旦プロット書いてみて」
「…えええ?まじですか?」
「小林!できるわよね?」
こういう時は、私を本名で呼ぶ…。
こうやって浮田先輩は、私をうまーく掌で転がすのだ。
「…」
「できるわよね?小林!?」
「は…い。なんとなくイメージ湧いてきたような、気がしてきたような?まあ、とにかくやってみます…はい」
「はい」としか言えない自分が悲しい。イメージなんて皆無だというのに。
だからと言って、浮田先輩に逆らうことなんて私には無理なのだ。小説家だけで生活を送れているのは、何と言っても先輩のおかげなのだから…。
***
その翌日。ふと気が付けば夕方の3時。
「3時のおやつは○○○~」幼少期によく聞いたコマーシャルのおかげか、3時になると、糖を欲する時間と体が勝手にうずく。
私は、家の近くを散歩し、さほど人が多くないカフェを見つけ、いつものように窓際の角の席を見つけて座った。
穏やかな午後の光が差し込む静かなカフェで、コーヒーの香りを楽しみながら、チョコレートケーキを頬張ろうとしたその瞬間、「ピロリン」とバッグの中から、音が鳴っているのが聞こえた。
「げっ」
私用のスマホは持っていない。
私の持ち物で音が鳴るものは、浮田先輩専用のスマホのみ。開く前からわかってる。
――催促連絡に違いない。
すでに、脳内からスコンと「後輩イケメン」が抜け落ちている私の特性を理解している先輩。
さすが、担当編集者。…と称賛している場合ではない。
仕方なく、バッグからパソコンを取り出し、検索窓に「イケメンの性格」「モテる男の秘訣」「こんな後輩に胸キュン」なんて単語を次々に打ち込む。画面に表示されるキラキラしたアドバイスや無駄に眩しい写真たちを見ながら、これで先輩が満足するのかと疑問に思いつつ、それらしい内容を必死でまとめていく。
「これじゃ絶対、即却下だ…。あーもーやばい」
イケメンってリアルに存在するんですかね?もはや、都市伝説レベルでしょ?
イケメン?年下?後輩?居るなら今すぐ返事をおくれ!
そんな文句を頭の中で呟いていると、ガシャンという音とともに、女性の怒鳴り声が聞こえてきた。
私は中腰になって店内を見渡すと、背中を震わせている女性の姿があった。その対面に座るのは…
何、あの後光…
「いた!ザ・イケメン、発見」
本物のイケメンは後光がさすのか…。
お手本のような顔立ち。サラサラな黒髪、ピアスはなし、スッとした鼻筋、大きすぎない目、キザッぽさもナルシス感もゼロ、痩せすぎず、太すぎず、若いのに気品がある、ザ清純派イケメンじゃん。
女性に怒鳴られても、美しい…。罪だわ…。しかも、王道なフリして、曰くつきってところが、ピッタリ!
これは、これは!!!大チャーンス!
「これは、使える」
胸をワクワクさせながら、私は席を立ち、彼らのいる席に向かう。
さてと。ミッションスタート。
あたかもスパイになった気分でイケメン君の隣に座り込む。
対面に座る女性が目を丸くして驚いているが、それだけじゃない。イケメン君も隣に急に腰掛けてきた私に一瞬眉をひそめ、不快感を露わにする。
ふふふ。私はそんな二人に勢いよく告げる。
「あの…うちの弟が…ご迷惑おかけしたみたいで…ほんとうに申し訳ありません」
「え…お姉さん?」
「はい。たまたまカフェで仕事してたら、弟がいたんでびっくりして…。あのほんとに…ほら、あんたちゃんと謝りなさい!」
そう言いながら、イケメンの頭をぐいっと掴み、強引にお辞儀をさせる。
「本当にすみません、私が甘やかしちゃったせいで!」
女性の顔はみるみる崩れていく。その目に涙が溢れだす。
「カイ君……レンカレ以外で会ってくれるって信じて、あなたにつぎ込んでたのに…。本気だと思ってたのに。プレゼントも、食事も…。それなのに急に連絡が取れなくなって…どれだけ、どれだけ辛かったか……!」
彼女は泣き崩れてしまった。その姿に胸が痛む。
――このイケメン、結婚詐欺師なのか?完全にクロじゃん。
「このバカ!女を舐めてんじゃないよ!」
私は彼の胸倉を掴み、殴りかかるふりをした。その瞬間、女性が絞り出すように声を上げた。
「……お姉さん、もういいです……」
「でも……」
「大丈夫ですから……」
彼女は悲しそうに視線を逸らし、肩を震わせながらカフェの外へと出て行った。
彼女が完全に見えなくなったことを確認すると、私はゆっくりと横にいる彼の顔を見る。
「……君、結婚詐欺師なの?」
「ってか、誰?」
「ふふ…。だよね。誰?にしても、私の即興演技が予想以上にハマってたね。さすがだわ、うんうん」
「…はい?」
「君、私のおかげで助かったよね?」
「…、まあ」
「助けてあげたんだから、事情聴取に付き合ってもらう。さっレッツゴー」
***
イケメン君を連れて、ルイがオーナーを務める「多様性歓迎バー」に来ていた。
さてと、洗いざらい話してもらい、イケメンキャラクターを完成させねば。私たちがカウンター席に座ると、ルイはお酒を作る手を止めて彼をまじまじと見つめている。
今日は男性バージョンのルイ。生物学上は男だが、男装も女装もこなす全性愛者だ。服装によって、振る舞いは変わり、男装の時は男っぽくなるはずなのだが、後光をさすイケメンを目の前に本能が露わになる。
ルイは、イケメン君を値踏みするようにじろじろと見つめ、女っぽく腰をくねらせたり、髪をいじったり…、その妖艶な魅力で狩ろうとしている。
「あの…」
ルイの熱視線に射抜かれたイケメン君は、困惑した様子で声を漏らした。ルイはその反応を見て、さらに楽しそうに微笑んでいる。
「あら、ごめんなさいね!リコりゃんが人を連れてくるなんて嬉しくてつい♪」
――嘘つけ
心の中で突っ込みながら、私はルイを鋭く睨みつけた。だが返ってきたのはお得意のウインク。おいおい、口調まで女装モードじゃないか。
「で、何が飲みたいかしら?リコちゃんはロングアイランドアイスティーよね。あなたは?名前は?年齢は?学生さん?趣味は?好きな性別は?付き合ってる人は?どんなタイプが好み?」
「……」
矢継ぎ早の質問攻め。
彼は明らかに困惑し、無表情を保とうと必死だ。普段は堂々としている彼も、若干押され気味なのが分かる。
「ルイ、落ち着いて。とりあえず、ビールでいい?って、ちょっと待ったー!まさかイケメン君、未成年じゃないよね?」
「いや、ハタチ」
「それほんとだよね?あとでさ、未成年でしたーって言って、牢屋行き確定的なヤツじゃないよね?」
私はイケメンに睨みを利かす。
すると彼は、ズボンのポケットから財布を取り出し、大学の学生証を私に突き付けた。
私は、学生証の誕生日をしっかり見て、頭の中で計算をする。
うん、間違いなく、20歳だ。はあ、よかったー、危なく未成年をバーに連れ込む犯罪者でお縄になるとこだったわ。
「ビールで」
彼は、冷たい目で私を見て言う。その彼の目を見て、ふと自分が置かれている状況に、ハッとする。
勝手に助けて、連行して、事情聴取って…。この状況、すでに犯罪レベル。
とはいえ、すでに時遅し。
それに、彼から後輩イケメンのイメージを絞り出さないと、浮田先輩に殺される!そっちの方が、恐ろしい…。
うん。懺悔は、その後からでも遅くない。
とりあえずは、事情聴取を決行だ!
「さてさて、君は今までどんな詐欺を働いてきたのかな⁉」
「俺、詐欺師じゃないんだけど…」
「じゃあ、なんだってんだい!証拠が挙がってんだ!こっちわー」
「…」
「って、ゴメン。ちょっとズレた設定入っちゃった…。じゃなくて。さっきの女性は一体なんだったの?」
「レンタル彼氏のお客さん」
「レンタル彼氏?…レンカレって、レンタル彼氏のこと?」
聞き慣れない言葉に私は聞き返すと、ルイが知らない私に驚いている。
「え?リコちゃん、知らないの?最近レンカレ使ってる人多いわよ」
ルイと彼は、私をまるで“若い子についていけてないおばさん”を見るような目で、揃って冷ややかに頷いている。
「で、レンタル彼氏ってのは?」
「彼氏のフリするバイト」
「なるほど。それでさっきの女性は、お金を払って君を彼氏にしてたってことか!あの人は、常連さんだったの?」
「まあ…。そんなところ。バイト外で会いたいって何度も言ってきて、ブランドもののプレゼントも受け取れないと言っても、毎回持ってきて。まじで気持ち悪かった…」
「ふふ。その冷めた感じ、いいねえ!
のめり込む系の女性だったわけか…。それなら、彼女から搾り取れるだけ搾り取って、稼げばよかったのに。君はしなかったんだ?」
「最初はそう思った…」
それまではテンポよく話していた彼は、その続きを言わず沈黙した。“罪悪感”なのか、それとも、これ以上は“危険”と判断したのか…。彼の表情からして、どうやら前者のようだ。彼は詐欺師どころか、悪いことができるタイプではないらしい。
「レンカレには、どんなお客さんが来るの?」
「イベントに付き合ってほしい人、異性に愚痴を聞いてほしい人、違う雰囲気のデートがしたい人、疑似恋愛を楽しみたい人、恋人のふりをして欲しい人、ホストの簡易版的な感覚の人もいる…。」
一呼吸置いて、彼はわずかに顔をしかめながら続けた。
「俺の客は、ほとんど見栄」
「見栄?」
「周囲に自慢したいからとか、元カレに後悔させるためとか、イケメンの友達がいるアピールしたいからとか。そんな理由」
「ふふ…」
彼の言葉を聞きながら、思わず苦笑が漏れる。現代の悩める女子の代表格勢ぞろいって感じか。
でも、ふと気づいた。彼の話す時の表情だ。レンタル彼氏の仕事について触れるたび、目に見えない棘が刺さるような、わずかな苦痛を浮かべている。
「イケメン君、リピート客少ないでしょ?」
「…」
「図星だ。嫌いなんでしょ?レンカレの仕事」
私がぽつりと尋ねると、彼は一瞬目を伏せた。何かを飲み込むような仕草をしてから、低い声で口を開いた。
「…嫌いだよ。でもまあ、稼げるし、割り切ってる…」
割り切れてるようには見えないんだよな…。それに、なんかピンとこない。こんなイケメンなら、他にも稼ぎようがあるものだけど。もしかして…。
「君って、女嫌いなの?」
「嫌いだね。女は。男を使って承認欲求を満たす生き物だから」
「即答」
一応、私も女なんだけどな。そんな刺々しく言わなくても…。
これだけのイケメンだ。レンタル彼氏のバイトをする以前から、自分をブランドモノ扱いしてきた女が多かったのだろう。
それなのに、なぜ女嫌いなイケメンが、わざわざレンタル彼氏というバイトを選ぶのか…。
「女性嫌いなのに、レンタル彼氏?」
私の直球すぎる質問に、彼は明らかにたじろいだ。そして、苦笑いを浮かべ、小さく肩をすくめた。
「…まあね」
彼の矛盾した行動に対し、もっと深く切り込みたい衝動が沸き上がった。
だが、その矛盾こそ、彼が抱える根深い「傷」なのだと感じる…。
20歳という若さで、年の離れた私に臆することなく見せる平静さ。それは、幼い頃から大人と接する機会が多く、勝手に身に着いた処世術のようにも見える。達観した物言い、端々に漂う拭いきれない孤独の影…。
はあ、今日初めて会ったばかりの私が、軽はずみに触れるべき領域ではなさそうだ。そう判断し、それ以上の追及を押しとどめた。
重苦しい沈黙に耐えかね、私は手にしたグラスをあおり、すぐに新しいお酒を注文する。
やがて、酔いが回り、頭の中がぼんやりとしてくる。重く沈んだ空気を振り払おうとするかのように、大量にお酒を摂取してしまった私は、いつの間にか夜の道をふらふらと歩いていた。
酔いで揺れる世界の中、彼の「嫌い」という言葉だけが、妙に鮮明に脳裏に残っていた。
