だからこそ、この季節は忘れられない【4】#創作大賞2025 #恋愛小説部門
第1話 春:出会い②
***
(小説:すれ違う季節)抜粋
数日後。
「そういえば、カイちゃん、また来てくれないかしら?」
「カイ?って誰?」
「もうー、リコちゃん。あのイケメン君よ」
カウンター越しに私の追加の酒を準備するルイは、退屈を持て余したような顔で、所在なさげにこちらを一瞥する。
「あー、あのイケメン君ね。ないない。でもまあ、また来てくれたらお礼してあげないとかな」
「え?お礼ってなになに?」
「まあね」
イケメン君のおかげで、「後輩イケメン」のキャラクターイメージを描き終え、見事、浮田先輩に一発OKをもらったのだ。
お礼したいところだが、女性嫌いの彼が、わざわざ、ここに出向くわけが…。
すると、バーの扉が開く音に咄嗟に振り向くと…
「え!イケメン君?」
思った以上に大きな声が出た自分にびっくりした。まさか、また来てくれるなんて…。
突如私の目の前に、ルイの背中が視界を妨げる。
「カイちゃーん!」
ルイは店内に入ってきたイケメン君に勢いよく抱き着いた。そして、彼は硬直状態。
「ルイ、イケメン君が怖がってるから!」
「ルイ?」
驚くのも無理はない。
今日は女装バージョンのルイ。顔は全くの別物だ。服装も露出は多めのミニスカート、髪の毛は腰までの長さのウィッグを着け、ボリューム多めのつけまつげに厚めの化粧。別人に思われても仕方ない。そしてなによりも、美人なのだ。
だが、女嫌いのイケメン君には、かなりの仕打ち…。
「はいはい、ルイはあっち行って!」
私はイケメン君に引っ付いたルイを無理やり引きはがし、イケメン君の前に立つ。
相変わらずイケメンだが、ルイに抱き着かれた彼の顔はひきつっている。私はその顔を見て頭を撫でずにはいられなかった。
「ごめん、ごめん」
「この酔っ払い…」
「なっ!助けたのに!イケメン君も、私レベルに早く到達せい。よし、これ一気に飲むんだ!」
「それ、飲みハラってやつだろ」
そんなやり取りをしていると、さっき追い出されたはずのルイが再び戻ってきて、俺とリコを交互に見て、眉を上げ、意味深な笑みを浮かべた。
「アレ~、もしかして二人って、あの後…?」
「違う!」
私と彼は息を合わせたかのように即答した。それを聞いたルイは面白がるように眉を上げて首をかしげる。
「それにしても、息ぴったりじゃない!?ぷふふ、2階で二人っきり?何してたのかしらねー?」
「ルイがリコを2階に運べって言ったから、行っただけだろ」
私はわざとイケメン君を卑しい目で見て、胸の前で腕をクロスして体をくねらせながら言う。
「あら、イケメン君?まさか私に手を出したんじゃないでしょうね?」
「はあ?リコまで何言ってんだよ」
困っているイケメン君を見て思わず笑ってしまう。
でも、あの日は、本当にびっくりした…。笑いながらルイにあの日の顛末を話し始める。
「ルイ、あの朝はほんとびっくりしたんだから!これ、よくドラマで見る“アレ”かと思ったもん」
「え、何それ?」
興味津々のルイが身を乗り出すと、笑いながら話を続ける。
「朝起きたらさ、横にイケメン君が寝てて、一瞬心臓止まったの!リアルにこんな展開あるの?って。でも服もちゃんと着てるし、記憶もないし…。で、ソファの横には壊れたイスが置いてあって、もう意味わかんないでしょ!体動かず頭真っ白—」
「何そのカオスな展開!」
ルイが吹き出した。
私はさらに笑いながら話を続ける。
「で、目覚めたイケメン君が開口一番、『リコって夢遊病癖あるの?』とか言うんだもん!何それって思うでしょ?」
彼は苦笑いを浮かべながら、当時の状況を思い出して補足する。
「リコ、酒癖悪すぎなんだよ。イスと会話するとか、ありえないだろ」
「それは…たまたまだし!いつもはそんなことしないから!イケメン君よりずっと長く大人やってんの。お酒との付き合い方は心得てますから!」
少しムキになりすぎた。と心の中で反省する私を、ルイは目を細めてじっと見る。
「あら、ずいぶんと仲がいいのね。お二人さん」
ルイはニヤニヤと楽しそうに肩を揺らして言う。その視線は、私とカイの間を行ったり来たりしている。
私と彼は顔を見合わせ、一瞬、間があった後、気まずそうに目を逸らす。
ルイは、私たちの様子を面白そうに見ながら、他のお客さんのところにお酒を持って行ってしまう。
「でも、もう来てくれないかと思った」
「それって、俺に来てほしかったってこと?」
「え…、あーまー?うん、また来てくれてうれしいよ。ほら、ルイも喜んでたし」
「ふーん?ルイが?…リコは?」
なに?その謎に私が困りそうなこと言う感じ…。さっき私がからかったから、その仕返し?それとも、やっぱり私に怒ってる?
まさか、わざわざ私の謝罪の言葉を聞きにバーへ来たとか!?
そりゃそうだよね…。仕方ない。謝っとくか。
「この前は、すみませんでした。君について根ほり葉ほり聞いて、嫌な思いしたよね?本当にごめん」
チラッと横に座るイケメンの顔を見ると、ぽかんとしている…?
――え?そういうことじゃないの?
「別に…むしろ助けられたの俺だし」
「いや…あれは、勝手に突っ込んでって、巻き込まれに行っただけで…。イケメン君を利用したことに間違いはないし。君が一番嫌いとしてる”女”だよ?私は。本当にごめん。だから…もう来てくれないかと思ってたし…」
「…」
「お礼しないとね。いや、お礼で気が済まないかもだけど?」
私はちらっと彼を見て、様子をうかがう。だが、彼の表情は変わらない。
「…」
「ああ、もう関わりたくないとかなら、全然!はい…」
そりゃ怒るよな…。沈黙に耐えられず、とにかく話を続ける私に対し…。
「ぷ…」
漏れた彼の微かな鼻で笑った音、笑ってる?私は隣を見ると、イケメン君が背中を震わせて笑いをこらえているのがわかる。
え?笑うところありました?ど、どういうこと?
「別に気にしてない。でも確かになって今思った。興味本位なのか何なのか知らないけど、事情聴取されたなって」
「その通りです。しまいには、酔っぱらって介抱までしてもらったし。10個も年下の君にそんな姿をみられて恥ずかしいの何のって…。もう、本当にすみません」
「ほんと。でも、それよりさ。俺、イケメン君でも、君でもないんだけど」
「ああ、うん」
「俺の名前は、藤沢カイだから」
「うん」
「呼んでくれないんだ?」
ええええ?何それ?甘い…甘すぎる!
イケメン君は激辛タイプだったよね?
えええ?これがよく聞く「ツンデレ」ってやつですか?
女嫌いのくせに何それ?レンカレで磨いた技なの?
もしや、私をお財布にしようとしてる?
「…、…あの?」
「ほら、言えよ」
えええ?何それ今度は激辛…。しかも眼力強すぎ!
「藤沢君?」
「ちがう」
「カイ君?」
「カイ!…ほら、言って」
「…カイ」
私がカイと呼ぶと、満面の笑みで私を見る。
激あまーーー。
いや、怖い…。なんか怖すぎる。
不意をつかれたこの感じ…。胸がざわつくわ…勘弁してよ、もう。
はあ。酔ってるせいかもしれないけど、コロコロと表情が変わって…目が離せない。若いパワーってこんな半端なかったっけ!?
***
(現在・カイ視点)
――あの時、俺の姉を装って現れたリコには驚いたな…。
このカフェ、こんなレトロだったっけ?
懐かしい匂いを漂わせる古い木製のテーブルに、午後の光が差し込むカフェで、俺は小説をめくりながら当時のことを思い出していた。
目の前には、リコが美味しそうに頬張っていたチョコレートケーキ。甘い香りを楽しみながら、コーヒーを一口飲む。
――リコはチョコレートケーキを大きな口で頬張り、まるで子どもみたいだった…。
女性に対して感じる警戒心や不信感を抱く俺が、リコに対しては、なぜかそんな感情を抱かなかった。
豪快で変な奴…でも不思議な親近感。それは初めての感情だった。
――女嫌いの俺が、まさかまたバーに来るなんて。アイツ思いもしなかっただろうな…。
あの時、俺はリコに、どこか居心地の良さを感じていた…。いや、あの言葉で救われた気がしたんだ。
***
(5年前・カイ視点)※初めて会った日のバーにて…
「あら…リコちゃん寝ちゃったわね…。起きそうにないし…。2階に運んでもらえるかしら?」
「…2階?」
「そう、リコちゃん2階に住んでるのよ」
「…俺が?」
「カイちゃんしかいないじゃないのー!おねがーい」
初めて会った俺に女を預けるって、どういう神経してんだか…と思ったが、カウンターで忙しそうにお酒を作るルイの姿に断ることもできず、仕方なく彼女を抱え込む。
酔っぱらった彼女は、見た目よりもずっと重く、俺はよろけそうになりながら階段を上った。バーの喧騒が嘘のように静かな2階は、狭くて薄暗く、少し埃っぽい匂いがした。部屋には、古びたソファとミニテーブルが置かれているだけ。まるで生活感のない、そんな印象を受けた。
俺は、彼女を慎重にソファに横たえ、近くにあった薄手の毛布を体にかける。彼女の頬にかかった髪を払おうと、指先がかすかに触れた。酔いのせいか、少し熱い。すやすやと眠っていて、その無防備な寝顔を見ていると、さっきまでの騒がしさが嘘のようだ。
「急に飲むペースを上げて…、どれだけ飲むんだよ…」
いつもより酔いが回った状態で彼女を運び疲れた俺は、彼女の隣でほんの少し横たわった。
その隙に、彼女の姿は消えていた。
「……いない?」
慌てて部屋を見回し、さらに外へ出ると、ひんやりとした夜風が吹き付けた。その先から、聞き覚えのある、少し呂律の怪しい声が聞こえる。
「君も大変だね~、わかるよ、ほんとによくわかる、辛いよね。自分がイヤになるよね」
「女嫌いかぁ。ってねー、君!自分で傷えぐっちゃって…。レンカレなんて辞めちまえ!だめだぞ、憎むのは辛いんだぞ。傷にはね、絆創膏!絆創膏を貼らなくちゃ」
声のする方を見ると、フラフラと揺れながら歩く彼女が古びた木製のイスを抱きかかえ、まるで本物の友達に語り掛けているようだった。イスの背もたれを優しくなでたり、座面に頬を寄せたりする様子は、どこか痛々しい。
俺は呆れと困惑が入り混じった表情で溜息をつく。
「……イスに傷も何もないだろ」
独り言のように呟いて、彼女に駆け寄り、腕を掴む。
「おい、酔いすぎだって、戻るぞ」
俺の声に彼女は全く反応を示さない。自然と彼女の名前が口からこぼれた。
「リコ!」
彼女は驚いたようにこちらを見上げた後、無邪気な笑顔を浮かべた。
「あ!君!ねね、聞いてくれる?この子、女の人が嫌いで、すっごく痛がってるの。だから早く手当てしないといけないの!」
そう言いながら、イスを優しく撫でる彼女。その姿に俺は言葉を失い、ただ彼女を見つめた。
「わかったって……。ほら、家に帰るぞ」
支えるようにして歩き出すと、彼女は俺の肩に頭を預けながら小さな声で歌い始めた。
***
(現在・カイ視点)
――憎むのは辛い、傷には絆創膏、早く手当しないと…。
リコが知らない、俺だけが知る過去。あの時、酔った彼女が呟いた言葉は、ずっと俺の心を暖めてくれている。
一瞬で俺にとってリコは特別な人になった。
だからだろう。
後日、バーの前を通りすぎては、その扉を開ける勇気がなく、ようやく入れたのは、数週間後。忘れられているかもしれない。そう思って開けた扉から温かく迎え入れてもらった時、血が一気に指先まで流れだしたあの感覚。忘れられない。
5年経っても、リコはまたあの時のように、受け入れてくれるだろうか…。
***
(小説:すれ違う季節)抜粋
それから、カイがバーに顔を出すのは日常となり、私たち3人の間には気兼ねない時間が流れていた。
ある日、仕事を終え、バーの扉を開けると、けたましいルイの声が響いた。
「いたーい!」
扉の向こうで、ルイが額を押さえながら悶えている。
どうやら、私の開けた扉がルイの顔面に直撃したらしい。
「ええ!?ちょ、何してんの!」
「もう、リコちゃんったら!ひどいわー!」
女装姿のルイは、額を赤くしながらも、その美しさは変わらない。見惚れていると、ルイが恨めしそうに私を睨んだ。
「ごめん、ごめんって。それより、扉の前で何してたの?」
「変な女が、うろついてるのよ!」
「変な女?」
少し考えながら、ここまで来た道を思い返してみるが、特に変わった人影はなかった。
「別に何も見なかったと思うけど…?どうしたの?」
「朝、ゴミ捨てに行ったら、知らない女にジロって睨まれたのよ。それで、さっきも、店の前の花壇に水やってたら、またその女がいて!私をジロジロ見てたのよ。ストーカーかしら?どうしよう、リコちゃん!」
不安そうなルイを見ながら、この美貌なら、ストーカーの一人や二人、居ても不思議じゃないか…、と軽く考えてしまう。
――万が一、本当に危ない人物だったら…。
私は念のため扉を開け、バーの外をぐるりと見回してみた。けれど、夜の帳が降り始めた街には、人影すら見当たらない。店に戻ると、ルイはまだ落ち着かない様子で立っていた。
「誰もいなかったよ。全然、人なんていなかった」
「本当に?…でも、確かに見たのよ!目が合った時、ぞっとしたのよ…なんだか怖いわ…」
それから、ルイがその女性を見たと騒ぐたびに、私は店の外を確認しに行ったが、私の目にその女性が映ることは一度もなかった。
