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『国宝』EDテーマ曲に隠された、もう1組の芸・父・娘。


アカデミー賞に望みを繋いだ『国宝』。

22日夜、アカデミー賞「メイク&ヘアスタイリング部門」のノミネートが発表され、この部門で日本映画として史上初めて『国宝』が名を連ねた。
今年のアカデミー賞において、日本勢唯一のノミネートである。

先日も記したように、本作は、私生活を犠牲にしながら芸を磨き上げた父と、その過程で摩耗しつつも、それを受け容れてきた家族、とりわけ娘の物語だった。

本作のエンディングテーマ曲『Luminance』(ルミナンス)は

  • 作曲・編曲:原摩利彦

  • 作詞:坂本美雨

  • ボーカル:井口 理(King Gnu)

という陣容で、映画本編に対するアンサーになっている素晴らしい楽曲だ。

坂本美雨の作詞に込められた万感の思い。

この曲は、本編同様、李相日監督の無慈悲なまでにするどい発想から生まれている。EDづくりに際し、最初に坂本美雨へ歌詞の依頼が行われた。

坂本美雨は、坂本龍一矢野顕子という、ふたりの表現者の間に生まれた。坂本龍一は作曲家として日本史上屈指の存在だが、家庭人としては、控えめに言っても問題の多い人物だった。
それは龍一が、子どものころから「自分はクロード・ドビュッシーの生まれ変わりだ」と自称したことと無縁ではないだろう。ここでは龍一の代わりに、ドビュッシーの私生活について記事を紹介しておく。

(うん、これと比べれば坂本龍一ぜんぜんマトモだわ。)

芸に人生を捧げた人物の家族が、どのように摩耗していくのか——それは『国宝』本編で描かれたテーマそのものだ。

坂本美雨のインタビューを見てみよう。

── 他のインタビューで、坂本さんが、お父さまの坂本龍一さんを「教授」、お母さまの矢野顕子さんのことを「矢野さん」とお呼びになっていらっしゃいますが、 坂本さんにとって、お父さま、お母さまは改めてどんな存在ですか?

坂本さん:
すごく尊敬していて。自分の父であり、母である以前に、ミュージシャンであり、アーティストで。
素晴らしい音楽を作っていることが、たくさんの人の救いにもなっている。それを子どものころから、肌で感じていました。
だから、私自身よりも音楽が優先されるべきだと思ってたんです。そっちのほうが崇高だ、と。

https://news.yahoo.co.jp/articles/7fe5f92b02059c194b9f575e9ef0f968e20aa4fd  より。

――『国宝』に対して、ご自身の境遇と重なる場面はありましたか?

坂本:綾乃(喜久雄の娘)がお父さんに対して距離を感じるという、特殊な親子関係が描かれていて。隠し子の綾乃に「お父さん!」と声をかけられても、喜久雄はみんなの前で無視をせざるを得なかった。
私は父から無視されることはなかったですけど、やっぱりたくさんの人の視線のなかで生きてきた人に対して、「“自分のお父さん”という存在だけではない」という綾乃の感覚はすごく分かると思いました。私も同じような思いを抱きながら、生きてきました。

(中略)

――著書の中で「純粋にライブを楽しみにしていたのか、ただ父に会いたかったのか、それはいつも混ざり合っていたからわからない」とも書かれていました。坂本さんは坂本龍一さんを父として好きだったのか、アーティストとして好きだったのか、どちらが根本にあるのでしょう?

坂本:そこは分かれていないんですよね。父でありアーティストであり、どっちも入り混じっています。そこも綾乃と似ているのかもしれないです。

(中略)

――『国宝』は親子関係も大きなポイントですけど、それ以上に核となっているのは“芸”を追求する姿。雲を掴むような表現の世界を描くことって、表現者の内側の部分にあって。そこに多くの方々が魅了されたのはとても素敵ですよね。

坂本:そうなんですよね。「そこが伝わるんだ」というのは、ビックリしたところでもあります。私自身、歌舞伎のことはあまり詳しくないですけど、小さい頃から身体表現が大好きで。ダンスを見ていても「セリフがないのに、なぜ伝わるのか?」と、幼いながらにずっと不思議だったんですよね。今回スクリーンを通してでも、それが伝わるんだなって感じました。歌も身体表現なので、ますます磨いていきたいし、目の前の人に歌うことをより一層大事にしていきたいです。表現というのは「命を感じ合う」、それに尽きると思いました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/7fe5f92b02059c194b9f575e9ef0f968e20aa4fd  より。

坂本美雨は、父を父として愛したのか、表現者として敬愛したのか、その区別がつかないまま生きてきたという。
作中の綾乃の距離感と、美雨の言葉はほとんど重なる。

李監督は、映画本編では描き切れなかった綾乃の感情を、現実にそれを生きてきた人物の言葉によって補完するという、極めて過酷な要求を坂本美雨に突きつけた。

そして彼女は、プロフェッショナルとしてその要求に応えた。

歌詞には、インタビューにあった複雑な思いが、ストレートに、そして優しく、表現されている。
そこには、自分も娘を得て、亡き父を包み込むほど大きく成長した坂本美雨の愛が、溢れている。

原摩利彦の作曲に込められた回答。

坂本美雨の歌詞を受け取ったのは、彼女とも交流があり、李監督の映画作品に多くの楽曲を提供してきた作曲家、原摩利彦
京大で学び、坂本龍一に似た、静かで透明感のある曲調で知られる。

実際、原は30代半ばにして、アンリアレイジパリコレクション2017年秋での音楽担当として参加、龍一との即興セッションを行い、その2年後にはEmma Balnaves監督のヨガドキュメンタリー映画『Agniyogana』で、龍一と共同で音楽を担当している。

原は坂本龍一・美雨の両者を内側から知る稀有な作曲家なのだ。

ピアノと電子音が織りなすアンビエントな響きは、明らかに坂本龍一の音楽を意識している。特定の調に安住しないポスト・クラシカルな語法、堆積四度の頻繁な使用、機能和声の感情的な緊張と緩和よりも音のテクスチャーを優先する設計。

しかし原は、坂本龍一の後期作品が重視した「休符としての沈黙」とは異なり、音を途切れさせない選択をした。音は流れ続け、決して感情を断ち切らない。

「喜久雄の物語が神話であったかのようにしたいと思った。空前のブームみたいになったり、『国宝』が現代の神話になっていくんじゃないかな」。

さらに「この作品は僕にとって、生涯、忘れない。臨終の時に『国宝』の音楽をやったなと思うはず」と語った。

生前の坂本龍一さんと親交があり、尊敬している。
坂本さんが「ラストエンペラー」「レヴェナント:蘇りし者」の音楽を過労で倒れるほど没頭して作曲したことを思い出し、「ボロボロになりながら挑戦していた坂本さんを尊敬します」と明かした。

https://news.yahoo.co.jp/articles/fb0575d2165176645faeea7b181db0a07b6a1499  より。

井口理の抑えた歌唱の意味。

そして楽曲を歌ったのは King Gnu の井口理。主役・吉沢亮の友人でもある。

映画『国宝』特大ヒット記念舞台挨拶にて。左から原摩利彦・井口理・吉沢亮・李相日。
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2069503  より。

オファーを受けてラッシュで映画を観た際のことを
“最初は正直「歌いらなくね?」って思ってた” と、ぶっちゃけトーク。
完成した作品を観た今は
“やって良かったなと感じましたね” と、満足している様子でした。

https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2069503  より。

最初はこの作品にED曲が必要かどうかわからなかった井口だが、原からこの曲の持つ意味を伝えられたのだろう。パワフルな歌唱を封印し、どちらかと言えば女性にも聞こえるほど中性的な抑制した歌声で、サビの山場を敢えてつくらず、丁寧に歌ってくれた。楽曲への理解が、隅々まで行き渡っている。

そう、『Luminance』は
娘から父への、遺伝子ジーンに逆行した、尊敬と赦しの歌であり、
芸という無慈悲な情報因子ミームへの、祈りの聖歌なのだ。

映画本編で描き切れなかった綾乃の気持ちが、
坂本美雨の言葉、原摩利彦の音楽、井口理の声によって、
静かに、穏やかに、で満たされていく。

だからこの映画は、この曲でしか幕を引けない。

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