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【思い立って千葉旅】②複雑な歴史をたどった、成田空港周辺

1月の3連休に急に思い立って行った、フリーきっぷを使っての、1泊2日の千葉への気ままな鉄道旅。前回は、佐原に行こうと思ったのですが、強風で電車がストップしてしまったので、JR佐倉駅から京成佐倉駅まで歩いて移動したことを書きました。(前回の記事はこちら)

今回は、京成佐倉駅から京成線に乗り、実はちょっと気になっていた、成田空港周辺に行ってみたいと思います。

■1 複雑な歴史を辿った、成田空港の整備の話

成田空港は、かつては新東京国際空港と呼ばれた、海外から日本に往来する際の玄関口となる空港です。高度経済成長期にこれまでの東京国際空港(羽田空港)が容量オーバーになる中で、開港が急がれた空港。成田の地に空港が作られることが決まったのは、1966年(昭和41年)のことです。それまでこの場所にあったのは、宮内庁下総御料牧場でした。この地域は「三里塚」と呼ばれた地域で、下総台地の上に、軍馬育成や羊毛などを育てることを目的に設置された、皇室御用達の牧場。空港が来ることを機に、栃木県に移転しました。このような経緯から、実は空港第1ターミナルの住所は・・、

Googleマップより。第1ターミナルは、「成田市三里塚御料牧場1-1」にあります!

なんとまあ、過去の牧場の名前がそのまま地名に残っているのがすごい。

実は、ここに空港を作るという話は、地元の人たちにもあまり知らされていない中で決定し、事業に反対する人たちが現れます。その中の一部の人たちに過激派が支援することになり、一坪地主運動や、鉄塔や砦などを立てての抵抗、さらには管制塔の占拠や、放火事件などの事件も起き、今もまだなお、空港敷地内に未買収地が残り、空港の運用や拡張計画などにも様々な影響が出ている状態が続いています。そんな中、海外渡航する需要がますます高まり、次第に住民との対話が成立する中で、現在再拡張の事業が進もうとしているところです。さて、そんなちょっと複雑な場所、成田空港周辺を電車で散策しました。

■2 「京成東成田線」→「芝山鉄道」に乗る

さて、京成佐倉駅から、成田空港を目指します。

成田空港行きは、都営線の車両でした。
京成成田駅に到着。
成田といえば、元々は、成田山新勝寺の門前町です。
3つあるホームのうち、中央のホームは特急モーニングライナー専用。
使わない時間は、ご覧の通り閉鎖中です。
成田駅から、京成東成田線→芝山鉄道直通の、芝山千代田行きに乗ります。

京成東成田駅は、実はかつての「成田空港駅」。成田空港開港に合わせて、京成電鉄が空港アクセスとして開通させました。但し、駅ができたのは、第1・第2ターミナルの中間地点の、ちょっと離れた場所。当時ターミナルビル直下に成田新幹線の駅が建設中で、京成線はターミナルへの乗り入れが叶わない状況だったのです。
そして、この電車は・・、

芝山鉄道の車両なのですが、目を凝らすと・・
「Keisei」という文字が何となく浮かび上がる、居抜き案件の車両(笑)。

この電車に乗り、東成田駅を経由して、芝山千代田駅まで行きます。

芝山鉄道は、先ほど少し紹介した、成田空港闘争を経験した地元住民との融和の象徴の一つとして、空港整備の見返りに地域住民に約束して作られた、地域活性化のための第三セクター鉄道。途中にある東成田駅も、とても興味深い駅ですが、そちらは後で訪れるとして、まずはその先にある、芝山千代田駅に向かいました。

京成成田駅から、わずか2駅ですが、違う世界へ運んでくれる鉄道です。
芝山千代田駅に到着。

芝山千代田駅は、成田市の隣の芝山町にある駅。成田空港の敷地を通り抜けた先で、敷地に隣接した場所、という感じのところにある駅です。空港施設に通勤する人や、芝山よりも奥のエリアの人たちが利用できる拠点でもあります。

駅の外は、あまりお店等もありません。

もう少し時間があれば、ちょっと離れた場所にある、航空科学博物館に行きたかったのですが、閉館時間が迫っていたので、行くのは諦めました。折り返しの電車までのわずか数分の滞在でしたが、駅前の雰囲気を楽しみました。

高架線の先には、成田空港の飛行機がチラっと見えるのです。

芝山鉄道は、東成田駅からしばらく地下を走り、地上に出たらほどなく芝山千代田駅に到着します。地下の線路で空港の誘導路などを横断するのですが、なぜか途中で急カーブが続く箇所が。空港内を走る新しい鉄道なのに何でだろう?と思いましたが・・。Googleマップで見てみると・・、

未買収地を避けて空港・連絡道路・鉄道が走っています。

地上部分は空港の敷地に囲まれた誘導路のなどがある中ですが、ここに、「木の根ペンション」という建物があります。実はここは、成田空港開港を目指して用地買収を目指したものの、反対派住民が死守してきた「未買収地」。成田空港にはいくつかのこういうスポットが残っています。芝山鉄道はこの土地を避ける形で敷設されているのです。

■3 かつての「成田空港駅」である、東成田駅へ

さて、東成田駅に降りてみましょう。

東成田駅に到着。立派な地下駅ですが、利用客はまばらです。

この駅は、かつては京成電鉄の「成田空港駅」として開通しました。上野駅から特急スカイライナーも乗り入れる、成田空港の玄関口として機能していましたが、当時の第一ターミナルからも少し離れた位置に作られ、ターミナルまでは連絡バスを乗らなければなりませんでした。実は、成田空港には、当時の国鉄が成田新幹線を建設していて、ターミナルに乗り入れようとしていて、京成電鉄はターミナルに乗り入れることが叶いませんでした。そこで、ターミナルのすぐ近くに駅を作り、そこまで線路を引いたのがこの駅です。成田新幹線の計画は中止され、使われない駅と線路があったのを、1991年にJRと京成電鉄が成田空港駅に乗り入れる工事を行い、京成電鉄も悲願の成田空港ターミナルビルへの乗り入れを果たします。その後は、この駅は「東成田駅」と改称され、その後も細々と営業していており、かつての特急専用ホームなどは、閉鎖された当時のものが残っているという、面白い場所なのです。

ということで、この駅を見てみましょう。

東成田駅の駅名標と、行先表示。こちらは現役です。
何だか懐かしい木製ベンチ。現在使われているホームも結構味わい深いです。
そういえば過去はこんな洗面台も各駅にありましたね・・。
エスカレーターも、片側は閉鎖中。

実はこの駅、閉鎖された隣のホームを眺めるのが面白いのです。

暗い中残る、「なりたくうこう」の駅名標。
広告も当時のまま。電話番号の市内局番が3桁の時代です。

コンコース階も、現在稼働している場所だけでなく、かつて営業していた名残も見えます。

特急ホーム跡は、仮壁で仕切られていますが・・、
当時営業していた、「エクレール」というコーヒーショップの跡。
1991年当時から時計が止まっているようです。
現役のコンコースの隣に、時が止まった過去の成田空港駅の空間が。
現役の東成田駅のコンコース。人影まばらで、ちょっとミステリアスな場所です。
改札口の外のスペース。広々しているのが、かつてのターミナル駅の名残です。
壁画があります。かつての国際線のターミナル駅にふさわしい場所。
きっぷうりばがこちら側にも1ブースだけ残っています。
かつては特急券を売っていたのでしょうね。
東成田駅の説明板と、旅客ターミナルへの道のりが書かれています。
空港第2ビル駅への連絡通路。今でも空港アクセスの機能は、実はちゃんとあります。
ただし、500mこのながーい地下道を歩くことになりますが。
この階段が、かつて連絡バスに乗るためのメインだった階段のようです。
広告も、当時のものが残っています。「日通航空のジェットパック」

階段を登ると、かつては連絡バスが走っていたのですが、ここは闘争の地なので、階段を登ると、検問所がありました。

階段を登った先の様子。右側に検問所(第4ゲート)がありました。
第4ゲートは、今では警察犬などの詰所として使われているようです。
出口はあるものの、ここからは空港には行けないです。
なので人影はほとんどありません。
ひっそりと取り付けられている、「東成田駅」のプレート。

■4 東成田駅から成田空港第1ターミナルへ歩く

東成田駅から成田空港第1ターミナルは、約1kmの道のりを歩くことができます。

この壁画は、「曲水の宴」というタイトルです。
その奥に続く通路。

この通路は、成田空港の貨物地区に繋がっているので、空港関係者が通勤で使う、というシーンにも使えそうです。羽田空港の東京モノレールの新整備場駅なども、そういう用途で多くの利用客がいますが、こちらはそれと比べると閑散としています。

地下通路から地上に出ると、「第5ゲート」と書かれた建物が。
中には警備員がおり、検問所のようになっています。

今ではここで検問は実施されていませんが、過去は成田空港に来た人は、かならず検問を受けなければいけませんでした。成田空港闘争が激しかったころは、何度となくテロ事件のようなものも起きた場所なので、つい最近まで厳戒態勢が続く場所でした。

東成田駅入口を振り返ったところ。

ここは、「第5ゲート」と書かれたプレートのほうが、駅のプレートよりも大きいので、入るのにとても躊躇してしまいそうです。

貨物地区。飛行機が間近に見られる場所でした。
新東京国際空港公団 20周年記念 だそうです。
こちらは、成田空港事務所がある建物。
現在新管制塔の建築中です。

そういえば、今の管制塔は、成田空港開港を目の前に控えた時に、過激派に占領されてしまった場所。開港が少し遅れてしまうきっかけとなった場所でした。こんな場所だから、厳しい検問所があったのだと納得しました。Wikipediaの記事を見ると、なかなか壮絶な状況が想像できます。

管制塔のある場所の反対側は、貨物地区の建物です。
しばらく歩くと、第1ターミナルの駐車場がありました。
昭和の闘争の匂いがする場所から、現代の空港の空気に変わります。
成田国際空港です。

■5 名曲「北ウィング」の舞台、成田空港へ

そして、やって来ました、成田空港第1ターミナル。

北ウィングと南ウィングに大きく分かれるターミナルビル。
ここが、中森明菜の名曲で有名な、「北ウィング」です。

「北ウィング」は、1984年に発表された中森明菜さんの楽曲。海外にいる恋人のもとに旅立つ女性を描いた名曲です。当時ここを使っていたJALのロンドン行きの便がモデルと言われているようです。今は、このウィングは、海外のエアラインが主に使うエリアです。

あ、そういえば、年末年始に海外渡航していたので、10日ぶりに国際空港(10日前にパリから羽田に戻ったばかり)にいたので、また海外渡航!?という気分になったのでした(笑)。

成田空港、海外からの渡航者もとても多かったですし、多くの利用者で賑わっていました。先ほどまでの不思議な場所が嘘みたいです。そういえば、先ほど紹介した「北ウィング」も、空港管制塔が占拠されてからわずか6年後の曲です。成田空港闘争の地は、空港開港とともに、急速に日本の空の玄関口のイメージに変わっていったのでした。今でもその余波はまだ残っているのですが・・。

ここは、南ウィングの到着ロビー。
メダリストが帰国した時とかに、いつもテレビで映されるスポットですね(笑)。
南ウィングは、主にANAやスターアライアンスの各社が使います。
ちなみにJALは、今は第2ターミナルを使用しています。
このビルの地下にあるのが、成田空港駅です。

成田空港駅は、先ほどご紹介した通り、元々成田新幹線向けに作られたのですが、今ではJRと京成が半分ずつ使う駅です。京成線は、その後成田新幹線の計画ルートを踏襲した、北総線からまっすぐ空港に向けて延伸された「成田スカイアクセス線」を開通させたので、その際に空港駅を改良・増強して、現在に至っていますが、基本的に空港付近は複線の新幹線予定軌道を2社で分け合っているので、単線×2での供用となっています。

京成線の改札口。
JRの切符売り場には、日本に到着して、Suicaを買い求める海外の人の行列が。
JRの改札口。出口には、過去の手荷物検査スペースの名残が。
ここにもさりげなく、過去の闘争の地の痕跡があるのです。
JR線に乗ります。

JRは、この日は佐原に行くことを諦めさせた、強風による運転見合わせの影響を受け、まだまだダイヤが大幅に乱れていました。

成田空港駅の駅名標です。
隣には、出発を待つスカイライナーが。
こちらは、ダイヤ乱れで出発できていない、成田エクスプレスが。

こんな感じで、思い立った千葉旅の目的地が、成田空港のちょっと複雑な歴史を訪ねる街歩きに変わった、プチ旅1日目でした・・。

■終わりに

芝山鉄道という、空港闘争などを経て、周辺地域の利便性向上・活性化を目的に敷設された鉄道や、その鉄道をS字カーブにさせている未買収地、東成田駅の不思議なスポットと検問所、そして今の空港ターミナルという、とても複雑な歴史を辿ったこの地を歩きました。インフラ整備は地域住民との対話や合意があってのこそ、という教訓を残しつつ、今もさらなる機能拡張を続けるこの場所は、土木の技術者にとっても学ぶべきところが一杯あると感じたところでした。

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