愛されているのに満たされない人の取扱説明書-どれだけ愛されても足りなかった-
「今でも充分愛されている、なのに満たされない。」
そんな気持ちになったことはないだろうか。
私はずっと
誰かに必要とされたいと思って生きてきた。
生きてきた、と
まるで過去形かのように語っているが
今も、ずっと誰かに愛されたいと願っている。
私の主従観の一つのテーマとして
「父性」というものがある。
ここでも何度か書いたことがあるように
私は「無条件の愛」を求めていた。
ある程度自分のことがわかりつつある今、
今だに考えるのは
誰かに必要とされたいと感じる気持ちだ。
この記事でも少し触れていたが
基本的にボトム側の人たちは
感受性が豊かな人が多い。
何かトラブルがあったときに
「自分が何かしたのではないか」
「私がこんなことをしたからだ・・・」と
自分を責めがちなのも
特徴の一つではないだろうか。
全てのマゾやサブがそうという訳ではないが
一般的にボトム側の人は
心の器に穴が空いている人が多いと感じる。
それは今までの家庭環境や
幼い頃の状況によって出ることが多い。
別に穴が空いているからと言って
その人が悪いわけでも
優れていないわけではない。
人はみな全てが完璧な人はいない。
穴が空いているからこそ、
できることがあると信じたいのだ。
(同じ穴が空いている人間として)
そして、
穴が空いているのは
実はボトム側だけではない。
寧ろトップ側の方が空いている人が多い。
特にドミナントの人たちは
その傾向が強いように思う。
(上手く隠してる人がボトムに比べると多いけどね)
まぁ、こんな精神性を
こねくり回したようなプレイ?を
望む人たちなど、
私を含め変人しかいないのである。
ま、それはそれとして。
心のコップに穴が空いているということは、
愛情をどれだけ注がれても、
たまることは永遠にない。という事だ。
だからこそ、
愛されている・満たされているはずなのに
何故か不安になってしまう。
どうしたら好かれるのか。?
嫌われたくない離れたくない捨てられたくない。
だれも「そう」だと言っていないのに
勝手に頭の中でサイレンが鳴り響き、
一人で心が乱される。
相手のことを好きであればあるほど、
その反動は大きく、そして厄介だ。
頭ではわかっている。
自分は愛されているのだと。
もしかすると相手の愛情表現と
私が望む愛情表現が違うからこそ
受け取れないという場合もあるだろう。
(こちらはまた別記事で考察します)
しかし同じ愛情表現の受け取り方なのに
穴が空いていることで
愛情を感じられないとき、
私たちはどうすることで
愛情を感じ取ることができるのだろうか。
正直この問題は
私自身も完全には解決はしていない。
しかし長年色んな感情と向き合ったり
色々な方と話をしていく中で
いくつかの対策を手に入れたので
「愛されているのに満たされない」方々の
取扱説明書になればな、と思い
公開したいと思う。
あくまで、「私が」よかった方法です。
一つの例として見ていただき、
ご自身と比較しながら
採用できそうなところから取り入れてみてください。参考になった!ありがとう!と思ったらコメント残してね^^!
取説①:相手の気持ちを決めつけない
愛されているのに満たされない人は
基本的に(誤解を恐れず言うと)
被害妄想が激しい。
相手が言っていない言葉を勝手に補足したり
相手の表情を読んで勝手にこうだ!と
決めつけたりする。
基本的にネガティヴな人が多いから
相手に確認することなく
「あぁやっぱりそうなのね!」と決めつける。
・・・わかるよ、とってもわかる。
でも一度落ち着いてみよう。
そしてできることなら聞いてみよう。
「今の発言だとアナタは〇〇と思ってるのかなと思ったけど、どうかな?」
この一言が言えるだけで全然違う。
案外思っていたのとは
真逆の答えが返ってくるかもしれない。
取説②:恋の駆け引きはほどほどにする
・・・これは私にとって、
とっても耳が痛い言葉である。笑
恋の駆け引きはとーーーっても面白い。
相手の気持ちを揺らしたり
自分の気持ちを揺らしたりする行為は
私の性癖からすると、
性癖ど真ん中で大変に気持ちいい。
なので私は結構な確率でしてしまうのだが、
普通に考えてこんなことをするやつは
悪手である。(当たり前だ!)
恋の駆け引きには、
いわゆる試し行動も含まれると考える。
しかしこの行為は意識的ではなく
私のように
無意識に出がちのものだと思われるので、
早目に対策をうつ必要がある。
例えば
相手と関係性が深まるまでに、
自分が試し行動をしてしまうこと。
そしてその時の対策
ぐらいを、
先に共有しておくといいかなと感じる。
もし相手が
「めんどくせー!」と感じたとしても
関係性を深める前なら
お互い失うものが少なくて良いと思う。
結局は相性だから
合わない部分を折り合いをつけるのには
限界があると思うので。^^
取説③:自分のことをもっと知ろう
これは、私の記事をよく読んでくれる人なら
わかってもらえるだろうと思う。
自分を知ること。
それは全ての物事につながっていると思う。
自分を知れば相手を知れる。
相手を知れば、また知らない自分を知れる。
誰かと理解し合うことは
互いに互いの「味方」を増やすことであり
自分自身と向き合うことだと私は思うのだ。
別に自分と向き合いたくない人は
無理矢理する必要はないと思うが、
心に穴が空いてしまっている人たちは
いずれここに向き合わないと
やっぱり苦しさが押し寄せてくるのではと
個人的には感じている。
30歳で死ぬのであれば
必要がない行為だと思うが、
30歳を過ぎても
私のように生きながらえてしまった人たちは
ぜひ、一度やって見てほしいなと思う。
一人じゃできないよ!って方は
私の記事を読んで、コメントいただけたら
私も少しは役に立てるかも知れないなあ
なんて、思う日々であります。
総括。
心に空いた穴は、
誰か一人の愛情で埋まるものではない。
だからといって、
「もう満たされることはない」と
諦める必要もない。
私だって、今でも不安になる。
「嫌われたのではないか」
「離れてしまうのではないか」
そんなサイレンが頭の中で鳴り響く日もある。
でも昔と違うのは、
そのサイレンを「現実」だとは
思わなくなったことだ。
「あぁ、今私は不安なんだな」
そうやって、一歩引いて
自分を見ることが少しずつできるようになった。
穴を埋めることよりも、穴とどう付き合うか。
それを考えられるようになってから、
私は少しだけ生きやすくなった気がする。
愛されているのに満たされない。
でも、そう思う自分を責めなくていい。
そうさせている
相手を責めなくてもいい。
それはあなたがわがままだからでも、
愛される価値がないからでもない。
ただ、今までの人生で
心に穴が空いてしまっただけなのだ。
そしてその穴は、
誰かが埋めてくれるのを待つだけではなく、
自分自身を知り、
自分自身を理解していくことで、
少しずつ形を変えていけるものなのだと思う。
もし今、
この記事を読んで「私のことだ」と感じた人がいるなら。
焦らなくて大丈夫。
良くも悪くも
穴はすぐには塞がらない。
でも、今日から少しだけ、
心の穴の扱い方を知ることはできる。
そしてこの一歩が、
いつかあなた自身を救ってくれると
私は信じているんだ。🌷
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