ひよこすくいの夏が、まだ心の中で鳴いている
床下に閉じ込められたピーコと、不器用な親たちが抱えていた“命の渡し方”について。
境界線ノート|ランポのさんぽ

「もらってもらった」は、子どもを守るための嘘だったのかもしれない
少し切なく、あたたかい空気。
「ひよこすくい」という屋台を、
いまの子供たちは知っているのだろうか。
金魚すくいの隣で、
黄色い命たちが段ボール箱の中を歩き回る。
祭りの夜。
子供たちは、
まるで宝物を掬うように、
小さな掌で、その命を持ち帰った。
昭和には、
そういう少し乱暴で、少し大雑把で、
でも妙に人間臭い風景があった。
夏祭りの灯りの中にいた親たち
稲村恵子さんのコメントを読んだとき、
私は、自分の父のことを思い出した。
海から帰るたび、
傷ついた野鳥を連れて帰ってきた父。
稲村さんのお母さまもまた、
娘が抱えきれなくなったニワトリを、
誰かに託した。
その方法が正しかったかは、わからない。
けれど。
あの時代の親たちは、
みんな「生活」の中で命と向き合っていた。
ペットというより、
もっと近くて、もっと曖昧だった。
可愛がる。
世話をする。
別れる。
その全部が、
家庭の中に普通に存在していた。
「ひよこすくい」が消えた理由
いまでは、
ひよこすくいを見かけることはほとんどない。
衛生面。
動物愛護。
命を景品のように扱うことへの違和感。
時代は変わった。
きっと、それは正しい。
でも同時に、
昭和の子供たちは、
あの屋台で「命の重さ」を覚えていた気もする。
弱いこと。
死ぬこと。
守れないこと。
そして、
自分の無力さ。
祭りの帰り道、
箱の中で眠る小さなひよこを見ながら、
子供たちは初めて、
「生き物を預かる」という感覚を知った。

古い団扇を持ちながら、静かに空を見上げている。
河川敷にあった「家族の時間」
昭和の花火大会には、
いまよりもっと「生活」が混ざっていた。
河川敷。
虫の声。
ぬるい麦茶。
新聞紙。
湿った夜風。
家族は、
ただ並んで座っていた。
会話なんて、
そんなに多くなかった。
けれど。
同じ花火を見上げているだけで、
そこには確かに「家族」があった。
厳格な父。
働きづめの母。
騒がしい子供たち。
みんな不器用だった。
でも、
同じ夜空を見ていた。
昭和の親は、「愛してる」と言わなかった
稲村さんのお母さまも。
私の父も。
たぶん、
「愛してる」という言葉を、ほとんど使わなかった世代だ。
その代わり。
祭りへ連れて行く。
スイカを切る。
河川敷に場所取りをする。
黙って働く。
野鳥を拾う。
子供が泣かないように嘘をつく。
そういう方法で、
家族を支えていた。
不器用だった。
でも、
あの世代には、
あの世代なりの「愛の手渡し方」があったのだと思う。
消えたのは、屋台ではなく「時代」なのかもしれない
ひよこすくいが消えた。
縁日の空気も変わった。
河川敷で家族全員が並んで花火を見ることも、
少なくなった。
スマホ。
動画。
コンプライアンス。
効率。
便利になった。
でも、ときどき思う。
昭和には、
「不完全だけれど、同じ時間を生きる家族」がいた。
傷つけることもあった。
間違えることもあった。
説明不足も多かった。
けれど。
夜店の裸電球の下で、
河川敷の風の中で、
親も子も、
同じ夏を生きていた。
稲村恵子さんの「ピーコ」の記憶。
私の父が拾ってきた野鳥たち。
それらは全部、
昭和という大きな季節の中にある。
もう戻れない。
けれど。
花火の音を聞くたび、
祭りの匂いを嗅ぐたび、
私たちの中の「昭和の夏」は、まだ静かに目を覚ます。
ひよこを包んだ、
あの小さな掌の温度と一緒に。
稲村恵子様
コメントありがとうございました。
コメントを読んで、胸の奥に、ずっと消えずに残っている「暗い床下の景色」が見えた気がしました。
子どもの頃って、 大人がついた“やさしい嘘”を、 どこかで信じながら、 どこかで見抜いてしまうんですよね。
「もらってもらった」 その言葉に、ほっとした幼い稲村さん。
でも、 真っ暗な床下に閉じ込められていた「ピーコ」を見た瞬間、 世界の見え方が変わってしまった。
しかも子どもは、 その残酷さを、 なぜか自分の責任として抱えてしまう。
「ひどい目に遭わせたのは自分だ」
その感覚、 私にも少しわかる気がします。
だからこそ、 今回コメントを読みながら、 私の父の“不器用な嘘”のことも、 改めて考えていました。
もしかすると、 親たちはみんな、 「子どもに死をどう渡すか」 に苦しんでいたのかもしれません。
正直に伝えるのか。 嘘をつくのか。 忘れさせるのか。
どれも正解ではなくて、 ただ、その人なりの不器用な愛しかなかった。
稲村さんのお母さまも、 きっと、 幼い娘さんの心を守ろうとしていたのだと思います。
けれど、 守ろうとした記憶ほど、 深く残ってしまうことがある。
その境界は、 とても静かで、 とても切ないですね。
そして、 稲村さんの文章には、 そういう「人の弱さを見抜いてしまった人」だけが持つ、 独特の体温があると感じています。
『山桜咲く道』を読んだ時も、 怒りと孤独とユーモアが、 崩れた山道みたいに同時に存在していて、 読後もしばらく、 言葉が身体に残っていました。
『癒しの空間』では一転して、 死の予行演習のような時間の中に、 整骨院という小さな光があって。
人は、 深い影を知っているからこそ、 可笑しさや温度を書けるのかもしれない―― そんなことを思いました。
ピーコの記憶も、 きっと消えないのでしょうね。
でも、 こうして言葉にしてくださったことで、 あの暗い床下に、 少しだけ空気が通った気がしました。
ありがとうございました。
境界線ノートMAP
時代の境界
親子の境界
命と遊びの境界
昭和と現代の境界
記憶と供養の境界
花火と沈黙の境界
