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ゲーテ「ファウスト」に関連する音楽たち

せっかくだから、クラシック音楽の世界で一大ジャンルを形成する、ゲーテの戯曲「ファウスト」にちなむ音楽の動画を、実際かき集めてご紹介しておくという、安直に一定数の読者の需要があり、アクセス数稼げる記事、作っときますね。

この際だから、まずは、これもアクセス数狙いで、「つかみはOK!」的に、まずは「ファウスト」ライフワークだった、手塚治虫先生のコミックへのリンクを先に。

 👆 私が小学校時代に、
「ファウスト」という物語世界にはじめて接したのが、
この、手塚先生の若い頃のコミック作品を、
親戚の年長のいとこが持っていたものを読んだ時です。

 👆 ファンならご存じ、手塚先生の「絶筆」を含みます。

 👆 シューベルト:「糸をつむぐグレートヒェン」D.118
シューベルトの、何と今日までで存在が確認されている範囲では、恐らく16歳、生まれてこのかた2曲目に作った歌曲にして、「ドイツ・リート」というジャンルを確立したとされる、歴史的名曲にして、シューベルト歌曲史上最高傑作のひとつ。
糸車を回しながら、悪魔メフィフェレスによって若い美男子に変身させられたファウストとの逢瀬を悶々と回想する処女クレートヒェン。
「ファウスト」序盤の名シーンを、シューベルトは、ピアノの分散和音が旋回する、まさに糸車の回転を表現しつつ、性的律動の焦燥感にかられて絶頂に至る乙女心を迫真のタッチで描写する。
モーツァルトやベートーヴェンの先駆はあったが、ついにここに「ロマン派芸術歌曲」の様式がはっきり確立する。

阿世賀によるオリジナルの解説

Meine Ruh ist hin,
mein Herz ist schwer;
ich finde sie nimmer
und nimmermehr.

Wo ich ihn nicht hab,
ist mir das Grab,
die ganze Welt
ist mir vergällt.

Mein armer Kopf
ist mir verrückt,
meiner armer Sinn
ist mir zerstückt.

Meine Ruh ist hin,
mein Herz ist schwer,
ich finde sie nimmer
und nimmermehr.

Nach ihm nur schau ich
zum Fenster hinaus,
nach ihm nur geh ich
aus dem Haus.

Sein hoher Gang,
sein edle Gestalt,
seines Mundes Lächeln,
seiner Augen Gewalt,

Und seiner Rede
Zauberfluß,
Sein Händedruck,
und ach! sein Kuß!

Meine Ruh ist hin,
mein Herz ist schwer,
ich finde sie nimmer
und nimmermehr.

Mein Busen drängt
sich nach ihm hin,
Ach dürft ich fassen
und halten ihn,

Und küssen ihn,
so wie ich wollt,
an seinen Küssen
Vergehen sollt!

和訳

私の安らぎは去り、
私の心は重い。
それを私が再び見つけることはない、
もう二度と。

彼のいないところは、
私には墓場だ。
世界中が
私にはつらい。

私の弱い頭は
狂ってしまった、
私の哀れな心は
こなごなに砕けた。

私の安らぎは去り
私の心は重い。
それを私が再び見つけることはない、
もう二度と。

私はただ彼を
窓の外に見て、
ただ私は彼のあとを追って
家を出る。

彼の気高い歩み、
彼の尊い姿、
彼の口もとの笑み、
彼の目の力、

そして彼の言葉の
魔法の流れ
彼の握手、
そして、ああ!彼のキス!

私の安らぎは去り、
私の心は重い。
それを私が再び見つけることはない、
もはや二度と。

私の胸は
彼のもとへ迫りゆく、
ああ許されることならば
彼をこの手にとらえ、抱きしめて、

そして彼に口づけたい
私ののぞみどおり
彼のキスに
この身が消え失せようとも!


 👆 シューベルト「トゥーレの王」D.367
実は順序は逆になるが、ファウストがクレートヒェンを街角で「ナンパ」した直後に彼女が歌っていたのがこの曲。
実はゲーテは「ファウスト」に先んじてこの詩を物語詩(バラード)として書いていたのであり、それを「ファウスト」の物語に挿入したのだ。
「昔、トゥーレに、ひとりの王様がいました」
とはじまるお伽話だが、「ファウスト」から自立して、詩人ゲーテの生涯最高傑作のひとつとされている。
そのため、この詩に曲をつけた作曲家は、無名の者まで含めれば山ほどいるようだ。
シューベルトのドイツリート、中期の傑作とされ、録音も多い。
本来なら女性の声で歌われるべき、ということになるが、巨匠フィッシャーディスカウを始めとして、男声で歌われることも多い。

阿世賀によるオリジナル解説
グレートヒェンをナンパするファウスト

Der König in Thule

J.W.Goethe

Es war ein König in Thule
Gar treu bis an das Grab,
Dem sterbend seine Buhle
Einen goldnen Becher gab.

Es ging ihm nichts darüber,
Er leert’ ihn jeden Schmaus;
Die Augen gingen ihm über,
So oft er trank daraus.

Und als er kam zu sterben,
Zählt’ er seine Städt’ im Reich,
Gönnt’ alles seinen Erben,
Den Becher nicht zugleich.

Er saß beim Königsmahle,
Die Ritter um ihn her,
Auf hohem Vätersaale,
Dort auf dem Schloss am Meer.

Dort stand der alte Zecher,
Trank letzte Lebensglut,
Und warf den heiligen Becher
Hinunter in die Flut.

Er sah ihn stürzen,
trinkenUnd sinken tief ins Meer.
Die Augen täten ihm sinken;T
rank nie einen Tropfen mehr.

トゥーレの王

        ゲーテ

昔トゥーレに王がいた
愛したひとは妃(キサキ)だけ、
妃は金の杯(サカズキ)を
形見(カタミ)に残し先立った。

王にはこれが宝物(タカラモノ)、
宴(ウタゲ)で王がこの杯(ハイ)を、
飲み干すたびにその目には
熱い涙があふれ出た。

さてその王も死期を知り、
領地をすべて数え上げ、
世継(ヨツ)ぎの子らに分与した、
杯(サカズキ)だけを別にして。

王は別れの宴(エン)をもつ、
居並ぶ騎士に囲まれて、
海辺にそびえる城にある、
父祖伝来の高楼(コウロウ)で。

老いた酒豪はそこに立ち、
命の残り火飲み干して、
形見の杯(ハイ)を投げ捨てる
城の真下の海のなか。

杯(サカズキ)は落ち、潮を呑(ノ)み
水底(ミナソコ)深く沈みゆく。
見つめるまぶたも沈みゆき、
最後の息を飲み込んだ。

     (訳:船津 建)


 👆 ベルリオーズ 劇的物語「ファウストの劫罰」
ベルリオーズはフランス人だが、最初「ファウストからの八景」として8シーン選んでフランス語訳で作曲、それを後年更に拡張して、2幕の音楽劇とした。
「歌劇」ではないが、演奏会形式のカンタータに近いものとしてコンサートで(得てして歌手は衣装を着けて)上演されることが一番多いかとは思う。
しかし、ベルリオーズのスペシャリストであった小澤征爾のように、完全なオペラ形式で上演されることも、近年は増えている。
ベルリオーズ版の作品の特徴は、ひとつは序盤に、原作にはない「ハンガリーの情景」を導入、ハンガリーの平原にひとりたたずむファウストに、ハンガリーの軍隊の行進曲として名高い「ラコッチー・マーチ」が聞こえて来る、という、オリジナルなシチュエーションを設定したこと。
この「ハンガリー行進曲」は、実は同じメロディーが、ハンガリー人フランツ・リストの「ハンガリー狂詩曲集」にもピアノ版で収録されているが、管弦楽版と言えばベルリオーズ版が、もはやベルリオーズの曲でもっとも有名な曲のひとつとして、頻繁に演奏されている。
ただし、ゲーテ原作を、ベルリオーズは、第一部大詰めでグレートヒェンが死んだ後の、ファウストとメフィストフェレスの騎行での逃避行→地獄落ち、というオリジナルなラストで締めくくっており、原作戯曲第2部は全く活用していない。
そもそもゲーテ没後しばらくの時代には、第1部からかなり遅れて発表された第2部の芸術的価値は、まだ幅広い層には十分に確定してはいなかった。
それゆえ、第2部まで含めたストーリーでの音楽化が、なかなか現れなったのも仕方がないとことがあるかと思う。

阿世賀によるオリジナル解説

  👆 ワーグナー「ファウスト」序曲
ワーグナーは20代の頃に「ファウスト」を主題とした交響曲を構想したが、結局出来上がったのは第1楽章のみに留まった。
それを1844年になって独立した序曲として初演したが、数回演奏しただけで放置した。
それを復活指揮したのは1852年、リストであった。
ワーグナーは1855年に改訂、やっと出版した。
この後に述べる「ファウスト」交響曲をリストが初演するのは1857年である。

Wikipediaによる

 👆 リスト「ファウスト」交響曲
リストによる標題交響曲。
第1楽章「ファウスト」、第2楽章「グレートヒェン」、第3楽章「メフィストフェレス」という、主要登場人物を楽章ごとに割り当てたユニークな構成。
第3楽章「メフィストフェレス」は、彼が「すべてを否定する」という意味で、明快な主題旋律というものを意識的に設定しない、という、これまたユニークなアイデアで設計されている。
更に、本来の第3楽章のあとに、原作第2部の終結を素材とした、バリトン独唱を伴う合唱付きの「天上の合唱」が続くという、いよいよユニークな構成である。
これが音楽史的には、ベートーヴェンの第9交響曲「合唱付き」へのオマージュの一つの形であるとも理解されている。
動画のバーンスタインによる演奏は、この曲の代表的名演奏とされているが、ベルリオーズの「幻想交響曲」(ベルリオーズとリストは直接の親友同士で、お互いに深く影響を与え合っていたが)から少し遅れて登場した「標題交響曲」の傑作として、演奏機会は確実に増えてきている曲である。

阿世賀によるオリジナル解説

 👆 グノーのオペラ「ファウスト」は、グノーの代表作、そしてフランス・グランド・オペラの歴史上最高傑作である。
しかし、そのフランス語への翻案は、いかにもフランス・グランド・オペラ趣味で塗り固められた、かなりオリジナル脚色も入っており、その点は、ドイツ文学の「高尚さ」を期待する向きには、ちょっと「砂糖菓子風味」に思える箇所も多いかもしれない。
恐らく一番有名なのは「ファウストのワルツ」として知られる部分。
あと、バレエ音楽、特に「トロイの娘たちの踊り」は、昔、NHK-FMのクラシック番組のテーマ音楽になっていたことがある。
有名なアリア、「宝石の歌」など、ほぼオリジナルと言っていいだろう。

阿世賀によるオリジナル解説

  👆 ムソルグスキー 「蚤の歌」
正式には、「アウエルバッハの酒場でのメフィストフェレスの歌」(Песня Мефистофеля в погребке Ауербаха)。
ゲーテの『ファウスト』をアレクサンドル・ストルゴフシチコフ(1808年 - 1878年)がロシア語訳したものが使われている。
ただし、曲の随所に挿入された「ハハハ、ヘヘヘ」というメフィストフェレスの笑い声はムソルグスキーの発案によるものである。
訳詞のロシア語イントネーションを旋律に密接に関連させるなど、完成度の高い作品に仕上がっている。
      (以上、Wikipedia「蚤の歌」の項より)
戯曲第1部、アウエルバッハの酒場にシーンで、変装したファウストと酔客を前にして、メフィストフェレスが歌い出すお伽話。
「ファウスト」の名シーンのひとつであり、他の作曲家も採り上げているのだが、如何せん、ムソルグスキーの曲の知名度は群を抜いている。
ロシアの伝説的大歌手、シャリアピンの十八番中の十八番だか、ロシア皇帝の前でも御前演奏した彼は、この曲の歌に込められた「体制」への強烈な寓意を体現して歌っていたと、革命後のロシアでは理解されてきている。
いずれにしても、作曲家ムソルグスキーの、そしてロシア芸術歌曲の最高傑作のひとつ。

阿世賀によるオリジナル解説

Жил, был король когда-то.

При нём блоха жила.
Блоха ! Блоха !
Милей родного брата
Она ему была.
Блоха, ха, ха, ха, ха, ха. Блоха.
Ха, ха, ха, ха, ха. Блоха !

---

Зовёт король портного.

— Послушай, ты, чурбан,
Для друга дорогого
Сшей бархатный кафтан !

Блохе кафтан ? Ха, ха, ха, ха, ха, ха.
Блохе ? Ха, ха, ха, ха, ха. Кафтан !
Ха, ха, ха, ха, ха. Ха, ха, ха, ха, ха.

Блохе кафтан?

---

Вот в золото и бархат блоха наряжена,
И полная свобода ей при дворе дана.

При дворе хе-хе-хе-хе-хе блохе ха-ха-ха,
Ха-ха-ха-ха-ха-ха блохе.

---

Король ей сан министра и с ним звезду даёт,
И с нею и другие пошли все блохи в ход а-ха.
И самой Королеве и фрейлинам ея
От блох не стало мочи, не стало и житья ха-ха.

---

И тронуть-то боятся не то чтобы их бить,
А мы, кто стал кусаться, тотчас давай душить.
Ха-ха-ха-ха-ха ха-ха-ха,
Ха-ха-ха-ха-ха ха-ха-ха-ха,
А а-ха-ха ха-ха.

---

蚤の歌



ある時一人の王様が住んでたとさ、
蚤も一緒に住んでたとさ、蚤、蚤!

王様は兄弟よりも蚤が可愛かった、
蚤、ハハハ! 蚤? ハハハ! 蚤!

仕立屋を呼びつけ
「よく聞け、間抜けめ!
大事な友人のためにビロードのカフタンを作れ!」

蚤にカフタン? ヘヘヘ! 蚤に?
ヘヘヘ、カフタン?
ハハハ! 蚤にカフタン!

蚤は黄金とビロードの着物を着て、
宮中で全く自由に振舞った
ハハ! ハハハ! 蚤?
ハハハ! ハハハ! 蚤!

王様は蚤を大臣にし、勲章までくれてやった
仲間の蚤もみんな召し抱えられた! ハハ!

御妃も女官も蚤に手が出せず生きた心地もない ハハ!
蚤に触れることもできず、潰すことなどとんでもない!

でも俺たちだったらすぐに潰してやる! ハハハハハ! ハハハハハ


  👆 ボーイト 「メフィストフェーレ」
ボーイトという人物は、芸術史上、まことに不思議な形で名を遺す存在である。
ロッシーニ、ベルリオーズ、ヴィクトル・ユーゴー、ワーグナー、ヴェルディという錚々たる劇場の大作家と知遇を持ち、ウェルディの最高傑作群である「イル・トロヴァトーレ」や「オテロ」、「ファルスタッフ」の脚本を書いているのだが、ご本人最大の夢は「ファウスト」のオペラ化を、自分の脚本と作曲で成功させることであった。
「メフィストフェーレ」は、イタリア・オペラの総本山ミラノ・スカラ座で56回にも及ぶリハーサルの末、初演が行われた。
しかしそれは、観客の口笛と怒号、劇場内外での騒擾の渦巻く惨憺たる大失敗であった。
2夜目にして、警察は混乱防止の名目で上演禁止命令を出すに至る。
実はこの後の時期に、先述のヴェルディの歌劇群のシナリオを描いているという、わかのわからない才能の使われ方をしている人である。
ウェルディは彼に次回作のオリジナルの歌劇の作曲へと元気づけたのだが、この試みはボーイトによって始められはしたものの、挫折している。
結局、ボーイト自身による、まともに完成された音楽作品は、大作「メフィストフェーレ」ただ1曲という不思議な業績となった。
当初はワーグナーの亜流と揶揄されていたこの作品だが、今日では、ワーグナーの後継者というべきリヒャルト・シュトラウスと並ぶ、後期ロマン派音楽史上の存在として位置づけられ、上演回数も増えている。

阿世賀によるオリジナル解説

  👆マーラー 交響曲第8番「千人の交響曲」
第2楽章が、「ファウスト」第2部大詰めの、天上の合唱を、抜粋しつつも素材としている。
実際には第2楽章だけで50分以上、全体の3分の2の長さになる。

阿世賀によるオリジナル解説

実は当初の予定では、リストの「メフィスト・ワルツ」も、時系列的に、「ファウスト交響曲」と同じ個所に挿入するつもりだった。

しかし、Wikipediaによれば、この曲は、ゲーテの戯曲に触発されたわけではない。

「ファウスト伝説」そのものは、ゲーテ以前から、ドイツを中心とする中央ヨーロッパ地域にはあまねく広がっていた民間伝承なのである。

リストが触発されたのは、同郷のハンガリー人、レーナウの長大な物語詩によるものらしい。

しかし、関連音楽として、最後に紹介はしておきたい。

人気者、角野隼斗さんの演奏で。

ちなみに、私は彼を「ホンモノ」だと思っていますよ(笑)

   👇続編の、「ファウスト」扱った「映画」編です。


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