ドイツにおける近代の学問と芸術の目覚ましい発展のダイナミズムの背景には、ドイツが中央集権的ではない、領邦国家群だったことがある。
興味深い問題提起ですが、私はまだ観ていないので観てから判断しますね。
ただ、敢えて言いたいのは、実際に作品を観て誰にでも議論に参加できるオープンな空間の維持こそ大事で、よほど刺激的な虐待シーンとかがない限りは、作品の上映停止などはあってはならない気がします。
人は悪影響に染まるもの、だから染まらないように目に触れないように制度的に制限すべき、と言った考え方をした人は、その瞬間に、自分を「上位存在」に置いて、神のごとくふるまいはじめていないかということ。
善政を敷く啓蒙専制君主にはなりたくないです。
昨日、シェリングの「学問論」という本を読んでいて感じたこと。
シェリングはこうした点でカントの限界を批判しており、民主主義的な学問研究や教育観の先鞭をつけました。
それなら、子供と対話しながら観るべき。
カントは、生涯ケーニヒスブルクという小専制君主国家の外にでたことがほとんとありません。
学問や道徳の教会権威からの自由ははっきり主張、「単なる理性の限界内における宗教」という有名な著作を書きましたが、領主により発禁、カントは大人しく沈黙しました。
若きシェリングはそうしたカントに業を煮やして「学問論」を出版、それを機会に、より自由思想の領主の小さい大学に転籍の道を選びました。
フランスのような一国全体主義ではない、小さな領邦国家群だったドイツの学問的優位性の背景は、まさにこうした領邦国家間での移住が容易だったことです。
だからこそ、カントからシェリングを経て、ヘーゲル、そしてマルクスという、ダイナミックな思想発展ができたわけです。
中央集権的一国主義のフランスは革命とその反動という血にまみれた動乱の歴史の反復を必要としましたが、ドイツは相対的には血は流さないまま、学問と芸術発展の要であり続けたことになります。

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