ドイツにおける近代の学問と芸術の目覚ましい発展のダイナミズムの背景には、ドイツが中央集権的ではない、領邦国家群だったことがある。(続編)
ドイツの連邦国家としての性格は、後進性の一種として後世捉えられがちだった気もします。
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
特に、大ドイツ主義にせよ小ドイツ主義にせよ、統一国家樹立の民族主義が高まってからは。
しかし中世においても、英仏スペイン等いずれも、実は諸侯の上に血縁て継続する統一王家を頂いても、
後の絶対王政とは異質の、緩い構造だったわけで、それを考慮しないと、例えば果てしない合従連衡でだらだら続いた100年戦争の有様はまるで理解不能、フランス統一に動き出したジャンヌ・ダルクはむしろ変人というべきで、だから王に裏切られて裁判、処刑への道歩んだなんてまるで見えて来ない。
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
中世のブルグント王国の版図なんて、ドイツなの?フランスなの?になるわけですね。
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
だから実は、選帝侯をいただくとはいえ、18世紀ドイツの諸侯国家は中世的な、諸侯単位中心のあり方の温存というべきかと思います。
要するに城壁のまわりの畑や牧草地離れたら、深い森が隔てた人も疎らな国境曖昧国家
そもそも英仏ドイツスペイン含めて、例えば同じフランス語圏でも方言の違いは凄まじく、ラテン語介さなければ互いに話せなかったわけですしね。
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
そうした中で近世になってかろうじてグリムらの努力の中で文学がドイツ全域でかなり共有かはじまりドイツ文学成立、哲学もラテン語ではなくドイツ語で、
しかも神学から自立して育ち……あ、ルターのドイツ語聖書のことすっかり飛ばしてましたが、ドイツ音楽もバッハのプロテスタント教会音楽がドイツ語というあたりから明確にドイツ音楽のアイデンティティが育ち、モーツァルトがドイツ語でシングピュール書いたあたりでやっとイタリア音楽から完全自立。
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
まあモーツァルトはパリへの演奏旅行とかからもバリバリきゅうしゅうしていたのでベートーヴェンでやっとドイツ音楽成立、先行したカント哲学、あるいはグリム童話のあたりからドイツの学問芸術の独自の緊密な相互作用的発展がはじまると理解しています。
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
その際に、領邦国家で政治姿勢も異なる領主を
選択して移動できたことが、学問芸術の小回りの効く発展に貢献したのではないかと。
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
いくらリュリがブルボン王宮に仕えても、今日幅広く聞かれる普遍性はバッハ、ヘンデルが持って行き、ルソーや百科全書学派がいるにしてもカントからマルクスまでのダイナミックな哲学発展はドイツ観念論の流れへの
イギリス経験論哲学の、まさにカントを端緒とする取り込み、融合だったわけで。
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
私は詳しくないので他の科学領域については触れませんが、何のかのといって、政治学を含め、哲学が学問における概念や認識論、方法論のベースにあった時代は18世紀の間は続いたと思います。
どうしても英仏米の現実の政治体制のダイナミックミックな変化と連動しないないので地味な扱いになりますが、ドイツにおける自由や民事主義に向けてのカントらの本格哲学者のはたした役割は無視できないと。
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
カントにいくら君主に逆らわない限界があっても、「単なる理性の限界内の宗教」、そして、
崇高な「永久平和のために」の価値は不朽でしょうし。
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
私は日本教養人にありがちなようにドイツに関心がまず向き、言語も読めないフランスが弱いなと感じますし、フランス音楽もベートーヴェンの同時代人のメユールあたりからは押さえ、ベルリオーズやサンサーンスは並みのクラシックファンよりかなり
詳しく、ありがちな印象派以降愛好に繋がってはいるし、イギリス音楽に至っては、note記事で詳しくとりあげるくらいに一般愛好家レヴェル超越ですが、やはりフランスバロックはちと手薄と感じてます。
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
パイヤールのバッハはしたしんでましたが、実は同窓会絡みで久しぶりに交流再開した中学時代の親友
が当時からリコーダー愛好してましたがその後なんとクイケン兄弟と
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
半端ではない交流関係になり、共演を重ねる域になっているのはきいていました。
昨日から図書館のCDでクイケン兄弟のバッハを聴きまくり、リヒターやアーノンクールやムジカ・アンティカ・ケルンとはまるで異世界のおしゃれな音色を
新鮮に堪能してます。
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
フランス語はちんぷんかんぷんだしリエゾン気持ち悪いし学ぶ気もないですが(ドイツ語は終焉の地をユングのスイスにするつもりだから金溜まったらベルリッツで完璧会話マスターしますが)、シャルルマーニュ大帝とか、メロヴィングからカロリング朝への転換期は大好物、
武勲詩「ローランの歌」は最も愛する文学作品のひとつ。
— 阿世賀浩一郎@サガン鳥栖&永野希サポーター@近日カウンセリングルーム兼音楽喫茶「音響文庫」 (@kasega1960) July 26, 2026
これからは、日本ではあまり使わない「アンジュー帝国」という括りでフランス西岸地域をじっくり眺めて掘り返してみたい気持ちもあります。(完)
