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[コラム] (8) いざ、心内修復術へ 【21番目の軌跡―ダウン症の男の子と家族のゆかいな日々―】

← (7)1回目の手術 肺動脈絞扼術

⚠️️術後の赤ちゃんの管だらけの写真とか、生々しい傷跡の写真など載せます。苦手な人はご注意ください。

生後2ヶ月で、肺高血圧を抑えるための手術 “肺動脈絞扼術” を終え退院した息子は、ミルクもたくさん飲むようになって、どんどん体重を増やしていった。

春になり暖かくなってきたら、徐々に外に出して人にも合わせるようにした。

心疾患があり手術が必要なことや、ダウン症であることは、会った人から伝えるようにしていた。

マイノリティーとして生きる友人が多いので、みんな「そうかそうか~」って感じで息子のことを可愛がってくれた。

当時メインでやっていたSNSはFacebookだったのだけど、そこそこ繋がっている人数も多くて、そこで一気にバーンと情報を出すのは時期早々だなって思って、SNS上ではまだ細かい情報は載せずに無難な写真だけ載せてたと思う。

私たちは夫婦でバンドをやっているので、人前に立つことも多く、息子のことも何も隠すつもりもなかったんだけど、ダウン症のことについてまだ知らないことも多いし、心臓のことなど余計な心配かけちゃうかな…と思いながら、いつ言おうかな~と様子をみていたんだ。

そうこうしているうちに、心内修復手術の日がどんどんと迫っていた。

その前に、生後4ヶ月くらいになったころにCTとエコーの検査で1回入院があった。
強めの睡眠薬を使うので、1泊入院したのだと記憶してる。

記憶がうっすら。

経過は順調で容態も安定してるとのことで、この調子でがんばって体重を 6kgまで増やしましょう、となった。

◎1回目の心内修復術

息子はがんばってミルクを飲み、むくむくと大きくなって、生後6か月で体重が 6kgに達した。

そして、ついに心臓の中の手術 心内修復術に挑むこととなった。

手術の段取りは前回とだいたい同じ。事前に麻酔科の受診もあったと思う。

資料を見ると、このときは手術の4日前から入院していたようだ。

病名および術式は、完全房室中隔欠損および肺動脈絞扼術後に対する心内修復術
心室中隔欠損症修復術、僧房弁形成、三尖弁形成、心房中隔欠損閉鎖、肺動脈形成術と書かれている。

身体の正面で縦に切開。

肋骨を分け…

心臓の周りの膜を開け…

人工心肺を取り付け後に心臓を止める。

心内修復をする…。

という流れを説明してもらった。

あんまり想像できてなかったんだけど、心臓の中の手術をするのだから、一度心臓を止めて中を空っぽにしてやるんだ…ということをこの時理解した。

その間は人工心肺が息子の命を動かす。
現代医学すげーな…と驚愕の世界。

それから、息子の心臓は、弁の奇形もあるので、それも治すとのこと。
ただし、完全回復は難しいから逆流が残る可能性が高いと説明された。

「それとね…」

先生は難しい問題を解いている人のような顔をしながら説明を続けた。

「心臓って電流が流れることで拍動するんだけど、今回縫わないといけない箇所が、その電気の流れる場所の際々で、かなりギリギリを攻める形となります。電流が流れる場所に影響しちゃうと正常に鼓動しなくなっちゃうので、ペースメーカーとか必要になることもあり得ます」

心臓の電流の通り道については、過去の手術のデータから、ここに糸をかけたら電流を傷害した、そこなら大丈夫だった…という記録があるので、それを元に穴をふさぐとのこと。

赤ちゃんの心臓なんて卵くらいの大きさ。
なんか神の領域の話だ。

そこはもう、先生に全てを託すしかないのである。

また、人工心肺を使うと臓器がむくむことがあり、あまりにむくみが酷いと胸を閉じることができずに、胸骨を開いたままでICUに戻ってくることもある…との説明があった。

その図を想像するとかなりホラーである。まあ、むき出しでそのまま出てくるわけではないと思うけど^^

ちなみに、今回の手術で心臓を止める時間は2時間半~3時間、全体としては10時間越えの手術となる。

前回の手術よりもさらに大掛かりな手術であることを事前に叩きこまれた。

再び何枚もの同意書にサインし、手術の時を待つことになった。

病棟の遊ぶスペースで戯れる息子。
よく見たら、腕を伸ばしても頭のてっぺんに
触れないことに気が付く。
とりあず、メスを入れる前の写真を撮っておく。
※前回の手術あとは脇なのでこの角度だと見えない。
そういえば、うつ伏せできるようになった息子。
がんばってミルク飲んだおかげでムチムチしてるな。


・手術当日

食事止めは夜中の3:00。
またまた看護師さんにミルクを飲ませるタイミングで起こしてもらうことに。

8:00 夫到着。
おしりから眠くなる薬を注入。

9:00 出発。

手術室に入るルートは前回と同じ。

今回は泣かずに息子を送り出すことができた。


・長い長い待ち時間

今回の手術は10時間越え。

途中で緊急連絡もあるかもしれないので、待機室からは離れられない。
前回同様、おにぎりモグモグしながら待つことに。

本を読んだりネットを見たりしながら、進まない時を過ごした。

そして長い時間を待ち、よやく手術が終わったとの連絡が来た。

正確な時間は覚えていないけど、軽く10時間は超えていたと思う。


・再びのICU

ICUに向かうと、息子はぐっすりと眠っていた。

なんかめっちゃ見覚えある情景ww

前回の手術よりも倍くらい点滴の数が増えていた。

この写真の奥の上の段にもたくさん点滴ついてる。

胸は開いたままではなくてちゃんと閉じていた。

なんか、肋骨パカってなって戻って来る息子を想像しちゃってたんだ。

さすがの先生も疲れた様子で、手術は無事に成功した旨を報告してくれた。

ただ、弁の逆流だけは残ってしまったとのことだった。

「心臓の壁の肉を借りて弁を作ったんですけどね、やはり神様が作ったものには敵わない。逆流を完全にはなくせませんでした…」

なんか次元が違うことを言ってる先生。

とにかく大きな問題もなく手術が終わって本当によかったとホッとした。

昏々と眠り続ける息子に「がんばったね~」と声をかけて、その日は自宅に帰った。


・ICU生活

いつ一般病棟に戻れるかわからないので、付き添い入院がいつ始まってもいいように準備しつつ、毎日面会時間に息子に会いに行った。

写真を見ると、翌日の午後には呼吸器が取れたようで、そのくらいで起きたのかと思う。

4日後くらいに一般病室に戻っている。

思ったより早かった記憶。


・一般病室へ:付き添い入院のはじまり

ICUから戻って退院まではだいたい1ヶ月くらいと聞いていた。

思いのほか早く一般病室に戻って来た息子はわりと管だらけだった。

点滴と酸素、ミルクを胃に直接入れるための鼻チューブ、それからドレーンがついたままだった。

笑ってますけど、こんな状態。


・乳び胸

前回の手術の時はICUにいるうちに取れていたドレーンが、今回はついたままの状態で一般病室に戻って来た。

ドレーンとは、体内にたまった血液や膿、リンパ液などを対外に排出するための管である。

お腹のちょい上あたりからストローよりちょっと太いくらいの透明なホースみたいな管が出ていて、それに繋がる丸い容器に出てきた体液が溜まる仕組み。

この写真の左側に転がっている透明な二つのパックのやつ。

先生が排出された容器をちょいちょい見に来ていた。

どうやら息子は “乳び胸” というものになってしまったらしかった。

リンパが胸腔内に漏れちゃう症状。

資料を見返すと、手術前の説明にもこれになる可能性があると書いてあった。

これになると、脂肪制限食が必要となり、普通のミルクが飲めなくなってしまう。

それで説明をうけたのが、MCTミルクという脂肪制限食用のミルクがあるので、それを飲むようにするとのことだった。

MCTオイルとかよく聞くかもしれない。MCTとは中鎖脂肪酸という油の種類で水に溶けやすく、リンパを通らずに小腸から直接肝臓に運ばれてエネルギーになる…とかそういう感じかな。
※正確な情報は専門家に聞いてね。


・MCTミルクの恐怖

こうして息子はMCTミルクを飲むことになったんだけど、術後にあまり飲んでくれなくなって、口から飲むとゲボォと盛大に吐くようになってしまった。

なかなかノルマの分量を飲めなくなってしまって、足りない分を鼻から注入していた。

私はゲボする度に着替えたりシーツ(防水シーツ)を変えてもらったりするのがストレスで、できれば全部鼻から注入にしたい気分だった。

↓分かりにくいけど、鼻からミルク注入中。

さらに、先生の話によると、乳び胸はそのうち治るけれど、退院後もMCTミルクがしばらく必要となる可能性が高いとのこと。

「MCTミルク、高いんですよね…」

と先生が言ったので、え、そんなに高いの? と恐る恐る値段を調べると…

350g でだいたい 4,500円くらいだった。
同じくらいの量で普通のミルクだと 1,000円ちょっとなので、確かに高い…。


・容態急変

こんな調子であまり劇的回復…という感じはなくて、淡々と日々を過ごしていたある日…。

一般病室に戻って来てちょうど10日目に、事態は急変する。
手術から13日目のことである。


(つづく)
→ (9) 心内修復術再び…


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