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[コラム] (7)1回目の手術 肺動脈絞扼術 【21番目の軌跡―ダウン症の男の子と家族のゆかいな日々―】

← (6)はじめての付き添い入院

⚠️術後の赤ちゃんが管だらけの生々しい写真を載せます。
傷の写真はないけど、ショックな人にはショックかも。いちおう注意。

大学病院から転院して付き添い入院を経て退院。

息子は出産から20日ぶりに我が家へと帰って来た。

家でも病院でやっていたように、三時間おきにミルクと朝夕の投薬が続く。

病院でみっちり修行したので、多少勝手は違うけれど、スムーズに新生児を迎え入れることができた。

家でも体重測定を毎朝、水分表も書き続け、最初の手術に向けて体重を増やしていくミッションをこなしていった。

予定ではだいたい1~2か月後くらいに手術をすることになっていた。

それまで風邪をひいたり、頭を打ったりしないように、と何度も言われた。

それから、呼吸がハカハカしてきたり、冷や汗かいたり、異常があればすぐ連絡を…と言われた。

呼吸がハカハカがどういう状態かわからなかったけど、呼吸が浅く早くなる状態かな?? と想像した。

退院しても2週間に1回くらい外来で受診していたように記憶している。

1ヶ月健診も主治医の先生にやってもらった。

大学病院の外来ってものすごく時間がかかる。

息子の場合は採血したりレントゲンとったりいろいろやることも多い。

その間に必ず1回はミルクの時間が挟まってしまう。

どのタイミングでミルクにするのか、朝から調整していかないといけなくて、時間通りに行動するのが苦手な私にはかなりの修行だった。

しかも相手は赤ちゃんだからね。こちらの思惑通りには全くいかないのである。

アドリブに弱い私にはすごーく大変だった記憶…。

病院には授乳室もあったけど小児専用の病院じゃないから授乳室にお湯を用意する設備などなくて、水筒にお湯を持って行ってミルクを作ったりして、結構な大荷物で行っていたな。。

息子は飲むのに1時間とか30分とかかかってたので本当に苦行だった。

今やれって言われてもできないかも。。

今は液体ミルクとかあってめっちゃ便利だと思う!!!

あれを作った人たちは神である。



◎恐怖のRSウイルス:重症化を防ぐシナジス注射

RSウイルスって聞いたことあるだろうか。私は息子が生まれるまで知らなかった。

健康な人にとっては軽い風邪みたいな症状を起こすウイルスで、ほとんどの人が2歳くらいまでに一度は感染するポピュラーなウイルスである。

なんだけど、これが、高齢者や月齢の若い赤ちゃん、免疫力の弱い人などが感染すると、重症化してしまうやっかいなウイルスなのだ。

特に、ダウン症の赤ちゃんや早産児、肺や心臓に疾患のある赤ちゃん、免疫不全をもつ赤ちゃんなどはRSウイルスに感染すると重症化しやすいために、赤ちゃんのうちはシナジスという抗体を注射してもらえる。

これはワクチンではなくて、重症化を防ぐ抗体である。

1ヶ月間しか効果がないので、流行時期には毎月注射が必要になる。

太ももに筋肉注射なので相当痛いらしく、息子は毎回ギャン泣きだった。

こうして私の中でRSウイルス=恐怖の病原体としてイメージが刷り込まれていった。

ちなみに、上記に挙げたような重症化しやすい赤ちゃんたちは保険適用で注射をしてもらえるんだけど、それ以外だと実費になる。
※保険が適用になる条件がある。

なんとですね、実費だと1発 10万くらいする。

それを9月~3月とか毎月打つのだ。

保険様々である。保険なかったらムリだわよこれ。

なお、幸い息子は赤ちゃんのうちにはRSウイルスに感染しなかったんだけど、2歳くらいのときにヒトメタニューモウイルスというRSの親戚みたいなやつに感染して入院したことがある。

このウイルス、最近爆流行りしてたから聞いたことある人もいるかも。

なんかちょっとゼコゼコしてるな…と思って受診したら酸素が下がっていて即入院だった。
症状が軽くてもどうぞ気を付けて。



◎麻酔科受診

手術で入院するまえに、麻酔科を受診した。

全身麻酔をするので術前検査が必要となる。

麻酔科の先生から麻酔をかける流れの説明があり、細かい問診とリスクなどの説明も受けた。

麻酔科の先生はなんとなく怖い雰囲気で、のーてんきな私もビシッと背筋を伸ばさないといけない感じになった。



◎1回目の手術 肺動脈絞扼術

前置きが長くなったけど、こうして風邪をひかずにがんばってミルクを飲み、息子は1回目の手術に耐えらる身体となった。

生後2ヶ月の時のタイミングだった。

手術の2日前に入院し、手術の準備が始まった。

・外科の先生の説明

以前にざっくり説明をうけたのよりも、さらに具体的にどんな手術をするのか説明をうけた。

資料を掘り起こしていたら、当時のものがごっそり出てきたので、それを見ながら思い出して書いてみる。

病名は、完全房室中隔欠損肺高血圧症 と書かれている。
術式は、肺動脈絞扼術

比較的大きな心房・心室中隔欠損あり。心内修復をするには、年齢体重を考慮すると、2回にわけて修復する方がリスクが少ないと考えられる。

現時点で肺動脈への血流が多く肺と心臓に過大な負荷がかかっている。このまま放置すると呼吸不全・心不全を起こし生命の危険あり。

具体的な手術の内容は…、わきの下あたりを切開し、肋骨の間から器具を使って動脈管を剥離し、バンドで縛る。

縛るといっても、閉じるのではなくて動脈を狭くする。それで血流を抑えて肺高血圧の状態を改善する。

実際に説明でもらった図

続いて、私達は手術のリスクも細かく説明を受けた。

最初にきらい~!! となった外科の先生の話は専門用語や難しい言葉を使わずに非常に分かりやすく、息子がどうして手術をしなければならないのか、そして命を助けるための手術でどんなリスクがあるのか、無駄なくズバッと私達に伝えてくれた。

もうこの時点で私は先生を全面的に信頼していて、何でも質問できるくらいに心を開いていた。

それから全身麻酔に関する説明も再度。麻酔科の先生はやっぱり怖かった。
でもこの先生が頼りないともっと怖いのでこれでよいのだと思う。

輸血についての説明、身体拘束について、その他、いろいろ、何枚もの同意書にサインをした。

・いよいよ手術当日

朝5:00に食事止めとなる。つまりその前にミルクを済ませないといけない。

起きれるかめちゃ不安…と思っていたら、看護師さんが「起こしに来ます」と約束してくれた。

8:00。夫到着。

8:30におしりから眠くなる薬をまず注入(麻酔ではない)。

9:00。手術室に出発。

ストレッチャーに乗せられ運ばれて行く息子。
薬が効いてもう眠っている。

私達は手術室の手前まで同行し、自動ドアの向こうに入っていく息子を見送った。

ここで久々の荒ぶる母龍発動。
母子分離でざわめく狂気が襲って来た。

うぇーんと声を出して泣いてしまった。

・手術が終わるまでひたすら待つ時間

よくドラマとかで手術中に廊下でソワソワしながら待っているシーンとかあるけれど、実際にはそういう感じではなかった。

病院によるのだろうけど、手術中に家族などが待機する部屋があって、電話が鳴るまでそこで待っているのだ。

そこには他の患者さんの付き添いの人たちもいて、みんな落ち着かない雰囲気で電話が来るのを待っていた。

手術は3~4時間と聞いていたので、まずはおにぎりなど買いにコンビニへ行った。
待機室で飲食も可能なのだ。

普段はくだらない話ばっかりしている私たち夫婦も、この時ばかりは口数少なくじっと、のろのろと進む時間を待っていた。

電話が鳴るたびに部屋にいる全員がビクッとして、近くにいる人が受話器を取り、呼ばれた人が次々と部屋を出て行った。

そして、ついに、息子の手術が終わったとの連絡がきた。

・息子とご対面:ICU

手術が終わった息子はICU(集中治療室)に入っていた。

赤ちゃんから大人までいるICUである。

息子は呼吸器をつけて小さい身体にこれでもかというほど管や点滴をつけていた。

その光景がとてつもなく現実離れしていて、うちの息子、なんかすげーな…と思った。

外科の先生が来て、手術は問題なく成功した旨を報告してくれた。
手術前は厳しい表情だった先生もほっとした顔をしていた。

ICUには1週間くらいいる予定とのこと。

モニターに体温や酸素、心電図に呼吸などの情報が出ていた。
それらの見方も教えてもらえた。

息子はまだぐっすり眠っていてしばらく起きないとのこと。

私達は息子の様子を見守ってから一旦帰宅した。

息子がICUに入っている間は付き添い入院はなく、看護師さんが全て面倒をみてくれる。

・・・

翌日面会に行くと、息子はまだ寝ていた。
いつ目を覚ましたのか記憶がはっきりしないが、写真の日付を見ると術後2日後に呼吸器が取れたようなのでその辺で完全に目覚めたのだと思う。

眼をあけた息子は、なんだか目が回ってるように見えた。

ぐるんぐるんしてる感じ?

麻酔から覚めたばっかってこんな感じなのかな。
私は全身麻酔をしたことないのでわからない。。

ICUでは、常にどこかしらで患者さんの処置が続いていて、先生たちや看護師さんたちがてきぱきと動いている。
私はめったに入ることができない医療の現場の雰囲気を全身で感じとっていた。

息子と同じような赤ちゃんもいたし、ピクリとも動かないお年寄り、ICUにずっと住んでるような感じの患者さん。

循環器小児科とは全く異なる世界だった。

※他の患者さんを覗き見てはないですよ。通りがかりにチラッと見えたり、聞こえてくる声から憶測した内容です。

なんか、こんな時にも、いつかこの経験をネタで使えるかも…とか思ってしまう性分で…。

こんな調子でゆっくりと術後回復した息子は6日後に一般病棟に戻った。

・付き添い入院再び

一般病室に戻ると同時に付き添い入院が始まった。
ここから退院まではだいたい1週間くらいと聞いていた。

やることは前回の入院時とほぼ変わらず。

体内にたまった血液や膿、リンパ液などを排出する管(ドレーン)は取れてた。

酸素と点滴は付いた状態だった。

点滴で投薬されているので、私が薬を飲ませる必要はなし。

赤ちゃんが点滴をする際には、動いて取れたりするので、シーネと呼ばれる固い板みたいので固定する必要がある。

点滴は手の甲か足(足首あたりだったかな?)にするので、その部分がテープとか包帯でグルグル巻きになって過ごしていた。

↑ 見えにくいけど、この写真で腕に巻いてるようなやつ。

息子はそういうのを嫌がったりしなくてとても助かった。
ただ、添い寝してると、その固い腕とかでゴスッとか殴られてめっちゃ痛かった。

我々はこの状態をかなたんバズーカーと呼んでいた。

退院するまでにはいろいろな検査もした。

心電図とったり

で、とても驚いたのが、ミルクを飲む速さの変化である。

格段に速くなっていた。

ICUにいる間は鼻からミルクを注入してたんだけど、一般病室に移るころには哺乳瓶でグビグビと!!

そういえば、最初の入院時に、同じ手術をした子のお母さんが、術後の飲みっぷりがまるで違う、手術してよかった…と言っていたのを思い出した。

本当にそのとおりで、今まで50ml飲むのに1時間もかかっていたのに、10分とか15分とかで飲めるようになったのだ!!
なんというか、これは奇跡のようだった。

生まれつきこうだったからわからなかったけど、実はかなり苦しい状態だったのね。。

写真の日付を見ると一般病室に移って2日目に酸素と点滴も外した様子。

点滴を取った後は私が朝夕薬を飲ませてたと思う。
薬の種類は増えたと思うんだけど、何を飲んでいたのか忘れた…。

利尿剤と心臓の動きをよくする薬は飲んでたと思う。

こうして息子は手術後、めきめきと体力を回復させ、付き添い入院は1週間で退院することができた。

全部で15日間の入院だった。

しばらくはこのまま自宅で暮らし、体重が6kgくらいになったころ…ちょうど生後6~7ヶ月(約4ヶ月後)になったら本番の穴を修復する手術 “心内修復術” に挑むこととなる…。

(つづく)
(8) いざ、心内修復術へ →

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