[コラム] (6)はじめての付き添い入院 【21番目の軌跡―ダウン症の男の子と家族のゆかいな日々―】
産後入院から退院して数日後、私は息子の付き添い入院で一週間病院で寝泊まりすることになった。
この記事はこれから赤ちゃんと入院しなくちゃいけない人の参考にもなるように、記憶を掘り起こして細かく書いてみる。
しかし何しろ忘却が激しいので記憶違いもあるかもしれない。
そしたらごめんちょ。
※病院によってはいろいろ違うかも。参考程度にね。
付き添い入院…。
何もかもが初めてなので持ち物チェックも大変である。
息子の産着
息子を包むバスタオル
オムツ
おしり拭き
ガーゼのハンカチたくさん
ベビーソープ
赤ちゃん用クリーム類
赤ちゃん用爪やすり
体温計
おもちゃや絵本
小物を整理するカゴ
哺乳瓶
搾乳機
ボウル(洗い物したときに使える)
クッション
授乳まくら
私の着替え
私のお風呂セット
歯ブラシセット
私の本など
時計(湿度計付きあるとよい)
小さい洗濯物干し(ガーゼなど干す)
事前に看護師さんに教えてもらってあわてて用意した。
※あとから追加したものもあり。
いざ、入院初日。
息子は経過観察室から出て一般病室へと移った。
一般病室も赤ちゃんばっかり、四人部屋である。
付き添いしているのは基本的にお母さん。
まずは看護師さんが一日の流れを駆け足で教えてくれたけど、覚えることが山ほどでまるで覚えられなかった。
「まあ、わからなかったら都度聞いてください〜^^」
と優しく言ってもらえた。
これまでいた経過観察室ではミルクの時間には看護師さんがミルクを用意してくれたり、いろいろやってもらっていたのだけど、一般病室では自分で用意しなくてはならない。
第一子で赤子の世話も初めてなうえに、これまで病院とはほぼ無縁で生きてきた私。。
全てが初めて尽くしなのである。
それでは付き添い入院の一日を、入院が始まった昼過ぎから追ってみよう。
◎ミルクについて
部屋には冷蔵庫がひとつあって、その中に一日分のミルクが哺乳瓶に一回分ずつ分けられて朝イチで提供される。
四人分のミルクが名前付きでどーんと入っている。
看護師さんが冷蔵庫の使い方について説明してくれた。
「冷蔵庫は原則として赤ちゃんのものだけ入れてください、その他、お母さんのものは休憩室の冷蔵庫使ってね…って、あれ…」
冷蔵庫の中にごちゃごちゃといろいろ入っていて、振り返る看護師さん。
「あ、みんなで適当に使ってまーす」
と同室のお母さんが横から顔を出して言った。
この部屋はみんなカーテン開けっぱオープンな感じで暮らしている様子だった。
「部屋の人たちにあわせて使ってくださいね」
と看護師さん。なんかドゆるでほっとする私。
ミルクは、あげる前に温める。
ナースステーションの横に電子レンジとミルク保温機なるものがあり、そのどちらかで温められる。
保温機はなんかこういうやつだったと思う。

急ぎの時は電子レンジで約20秒。保温機は30分前に入れておくとちょうどいい感じになる。
ここの電子レンジはミルクだけ。他の食べ物は休憩室の電子レンジを使う。
保温機に1時間以上入れてたミルクは捨てること、と注意される。
「赤ちゃんが泣いちゃってミルクの用意が無理そうだったらナースコールしてくださいね」
看護師さんやさしい。
「新生児はだいたい三時間おきに飲ませる必要があります。それより早いタイミングでお腹空いて泣いちゃうこともあるかも。そしたら飲ませます。夜間も。赤ちゃんが起きなくても起こして飲ませてください。しんどくなったら頼ってください」
前の記事で書いた通り、息子には一日に飲まなければならないミルクの量がある。彼なりに結構頑張って飲まないとギリギリアウトなくらいなのだ。
約三時間おきにミルク。これがなかなかのものだった。

息子は飲む力が弱く、少しずつ、50mlをチビチビ、ウトウトしながら飲むので、下手すると一時間くらいかかる。
それが三時間とか二時間に一回、夜間も続くのだ。
その合間にうんこやしっこでおむつ替えもする。
…これは、私、寝る時間ないじゃんww ってなるよね。
新生児のお世話って想像するよりもはるかに過酷なのだ。
一日で1時間以上まとめて寝れれば超ラッキー。
数十分ごとに何かしらやらないといけない…昼夜問わず1日中続く。
休みなくずっと!!!!
まあ、これが新生児。
ここは病院なので、看護師さんが助けてくれる。周りに同じようにがんばってる家族もいる。
それはかなり天国なのだった。
※新生児のいる家族のみなさん、特に夜間の世話は交代でやってね! 一人でやるのは地獄。
話を病院生活の方に戻そう。
哺乳瓶にはメモリがついているので飲んだ分を毎回水分表に記入する。
飲み終わった瓶は回収するケースにいれる。
搾乳して母乳を飲ませる場合も最初の量を確認して飲んだ分がわかるようにする。
なお、母乳にする時は自前の哺乳瓶と搾乳機を使うんだけど、それらを消毒するための容器と消毒液は毎朝用意してベットの横にセットしてくれるとのこと。
※新生児の使うものは薄めた塩素での消毒が必要なのだ。

◎初めての授乳
産後入院で子と離れて入院していた私は、直接乳を飲ませる練習ができていなくて、どうやるのかさっぱりわからず、搾乳して飲ませる方法でやっていた。
だけど搾乳するのは面倒だし、直接飲んでくれたら楽なのにな…と思い看護師さんに相談してみた。
すると、この病院にも当然助産師さんがいるので、授乳のレッスンのために来てくれることになった。
ちなみに、乳から直接飲む場合も飲んだ分を量らないといけないので、授乳前に子の体重を量り、飲ませた後にも量って差分を飲んだ量として記録するように教わった。
これが結構めんどくせーwww
そして、助産師さんの指導のもと、息子に乳を飲ませようとするが、吸う力の弱い息子は全く飲めず…。
いくらちゅぱちゅぱしても出てこないのでギャン泣きなのである。
困り果てていると、ニップルシールドなるものを教えてもらった。
これは、乳首に被せて使うもので、赤ちゃんが吸いやすくできる。
ちなみに、これは、吸う力強すぎて乳首が切れちゃうときなども使える。
※第二子の娘はこっちだった。激痛なのよ。
ニップルシールドをつけると、何となく吸えてる感じになるけれど、体重を量ると全く飲めてないしwwww ってことが続いた。
そうこうしてるうちに、吸っても出ない乳に息子が激オコになり、乳を出すとのけ反って嫌がるようになってしまった。
「俺は哺乳瓶がいいじゃボケェ~!!!」
てな感じある…。
せっかく助産師さんに来てもらったけど…私は授乳を諦め搾乳機に頼ることに決めた。
残念。
◎オムツ交換
前の記事で書いた通りに、循環器小児科では出たおしっことうんこの重さを量らねばならない。
各自に計量器を貸してもらえる。

オムツとおしり拭きの重さを事前に量っておいて差分を出た分として水分表に記入。
オムツとおしり拭きは薄手のビニールに入れて計るのでビニールのロールも用意してもらえた。スーパーとかに置いてるようなやつ。
で、量り終わったオムツは、汚物処理室の専用のゴミ箱に捨てる。
汚物処理室の扉にはバイオハザードのマークがデカデカと書かれていて、うおーめっちゃSF!!と厨二な私は一人盛り上がっていた。

◎買い出し
病棟の面会時間は13:00〜19:00。
その間の夫が来たタイミングで私は外出して自分の食事や必要な買い物を済ませていた。
付き添いの私には食事が出ないので毎日の食事は買ってこないといけないのだ。
病院内のコンビニとか近くのスーパーとかで買い出しする。
※付き添い分も食事が頼めるとこもあるかも。
買い物は基本的に一日一回しか出れないので、その日の夕飯と、翌日の朝と昼まで買っておく。
自販機も一階まで行かないとないので気軽には買いに行けず、飲み物も一日分用意しておく。
とにかくフロアからなるべく離れずに暮らしていかねばならない。
冷蔵庫は譲り合って、名前も書いて使う。
◎洗濯
病棟の屋上に洗濯機があっていつでも洗濯できるようになっていた。
うちは夫が毎日来れたので、洗濯はお任せして着換えを持ってきてもらっていた。
家族が頻繁に来れない場合は、自分で洗濯しないとなんだけど、赤子から離れて何かする時は置いたままは出れなくて、ナースステージョンで預かってもらえるように話をつけないといけない。
看護師さんたちも鬼のように忙しそうだったので、お願いするのは本当にどうしようもない時って感じで。
◎私のトイレとか
大人が使うトイレは同じフロアにあった。
暗くてなんか怖い場所www
息子はほとんどの時間を眠っていたけど、お腹が空くと起きて泣く。
そのペースがかなりバラバラで私は常にアタフタしてた。
トイレに行くくらいでナースステージョンには預けられないので、夫がいない間はトイレに行くのもタイミングが難しい感じだった。
寝てる隙にささっと行く。
息子は赤ちゃん用のベッドに寝ていて柵がついてるのだけど、離れるときは柵を目一杯上まであげていく。
▽こういうやつ
この柵を下ろしたまま目を離さないで…という注意書きがかなり昭和な感じで妙に目を引き、私はぼーっとこの写真を見てることも多かった。

私がいない間に息子が泣いちゃった時は同室の人がかまったりしてくれていた。
◎沐浴
午後、だいたい15:00くらいに息子の沐浴。沐浴ってつまりは赤ちゃんのお風呂だ。
沐浴室という部屋があって、赤ちゃん用に特化した設備があった。
これが、かなり年季の入った窓のないタイル張りの暗い部屋で怖いww
▽ちょっと後の写真だけど、こんなところ

沐浴の時間は各自決められていて時間になったら行って自分でお湯はって使ってよい。
赤子は専用の移動式ちっこいベッドに乗せていく。
息子はお風呂が好きだけど、時間が決まってるのでお腹が空いたタイミングだと泣いて大変だった。
私が慣れるまでは看護師さんが手伝ってくれた。
◎自分のお風呂
自分も風呂に入らなければならない。
大人の風呂場も同フロアにあった。
1枠20分で朝予約を入れて時間になったら入りに行くシステム。
風呂間、子はナーステーション預かりとなるので、看護師さんと相談して時間を決めていた。
夫が来る時間でもいいんだけど、遅れることもあるので看護師さんが預かってくれる時間帯に入っていた。
大人の風呂場は、6畳くらいの広さで湯船もあったけど、湯に入ってる人いなかったんじゃないかな。
なにしろ20分しかないので。
私は普段から風呂に時間をかけない方なのでシャワーだけで全く問題なかった。
ただ、この風呂場も薄暗くて怖いww
髪とか乾かしてる時間もないし、赤子たちが寝ている病室でゴーっとかできないので、髪は常にゴワゴワになる。
◎お薬のめたかな
投薬について。
息子は転院してから毎日薬を飲んでいた。
付き添い入院が始まってもそれは変わらず、私が飲ませる。家でやる練習もかねて。
入院中に必要な薬がボンと用意されていた。
飲んでいたのは利尿剤。朝8:00の夕6:00に飲ませる。
循環器に問題のある子は体内の電解質のバランスの調整が大切なのだ。
血液検査の結果から、2種類の利尿剤を飲んでいたと思う。
粉薬で毎回分が袋に小分けになっているので、シリンジ(注射器の針ついてないやつ)に3mlくらい水を吸って子袋の中で溶かして吸い上げて飲ませる。
水は白湯を冷ましたものがミルクと一緒に毎朝支給されるのでそれを使う。
飲ませる薬を朝昼夕で分けて置けるケースも貸してもらえた。
これがあれば、飲ませたか飲ませてないか一目瞭然で、飲ませ忘れとか「あれ?飲んだっけ??」などの凡ミスを防ぐことができる。
▽こんなようなやつ

※それでも何回かミスったポンコツな私…
薬を飲ませたら袋は捨てないで置いておく。
看護師さんがちゃんと飲ませたかチェックするためである。
◎先生の回診
夕方くらいに先生の回診。
主治医の先生が来るときもあるし、他の先生が来る場合もある。
こうしてだんだんこのフロアにいる先生と顔見知りになっていく。
フロアにいる先生は循環器の先生なんだけど、時々外科の先生も様子を見にいていた。
この先、手術をすることになるので見ていたのだろう。
それ以外でも、看護師さんが何度か血圧を測りに来たりした。
赤ちゃんの小枝のような腕でも測れる血圧計がある!
それから、ここは大学病院なので総回診的なやつもあった。
おじいちゃんの先生がゾロゾロ医師や看護師を連れてまわる、あれである。
まるで白い巨塔みたいな…。
普段にこやかな先生や看護師さんたちが硬い表情で並んでいて、おじいちゃんの質問に即座に答えたり、サッと資料を出したりしてて、本当にドラマみたいだった。
で、時々、後ろにいる外科の先生などが「お騒がせ すまん…」みたいな目くばせをしてくることもあった。
おじいちゃん先生は厳しそうな人だったけど、我々患者には優しくて、「ミルク飲んでる?」「おしっこ出てるか?」と息子に話しかけたりしてた。
一度など、おもいきり息子のうんこを拭いていておケツまるだしの時などあって、なんかすみません…となったりしていた。
◎執刀医との面談
この面談をいつやったのかすごく記憶が曖昧なんだけど、たぶんこの最初の付き添い入院の間にやったと思う。
息子の担当になった先生は不愛想なおじさんだった。
手術をするのは循環器の主治医ではなくて、外科の先生なのだ。
先生は、今後やる手術についてとても分かりやすく説明してくれた。それは、最初の時に主治医の先生から聞いた話と同じだったけど、より明確に何をするのかがわかる説明だった。
で、最後に先生は「この子は手術をしないと生きて行かれない身体」というようなことを言った。
それが私はとてもショックでその場で泣いてしまった。
息子の容態は安定してるし、病院内の空気は平和だし、私は “死” がすぐそこにあることを忘れていたのだ。
その現実を突きつけられた感じだった。
今思うと、「だから俺が手術する」と言いたかったのだろうけど、口下手な先生だった。
その時の私は産後のナイーブな時期でもあったので、先生の本質が見えずに「なんでそんなこと言うの!きらい!!」となってしまっていた。
夫は「俺は嫌いじゃないぞあの先生」と言っていた。
後で、夫が先生のことをちょっと調べて、「あの先生すごい先生っぽいよ」と教えてくれた。乳児の心臓手術のエキスパート。たくさんの命を救って来た先生。
産まれたばかりの赤子の心臓なんて豆粒みたいなものだ。それをあのごつい手で手術するんだ。
不愛想なおじさんは、まさに神の手の持ち主だった。
私は先生の明確でわかりやすい説明を思い出した。
口は悪いけどいい先生なのかもしれない…。と私は思いなおした。
適当なこと言う人より、スバっと真意を突いてくる人の方が私、スキなんじゃなかったのか?
私は先生を全面的に信用し、息子の命を預けようと心に決めた。
治療というのは病院と患者の二人三脚。信用関係がないと成り立たないものなのだ。
後々私はこの先生が大好きになることを先に言っておこう。
◎病院での娯楽
病室では各ベッドにテレビもついている。
テレビはプリペイドカードを買って見るものだった。
私は地上波の番組はほとんど見ないので一度もテレビをつかったことがない。
テレビを見るのはだいたい親なんだけど、見るときはイヤホンなどして音は出せない。
当時の私は今のようにアホみたいにアニメ見てなかったし、小説も日常的には書いてなかった。
本読んだり絵を描いたりは多少していたけど、生まれてすぐのこの付き添い入院のときは全く余裕がなくて、子が寝てる間は、ぼーっとしたりうとうとしたりしてたと思う。
◎私の夕食
夫が面会時間終わりの19:00に帰るので、その後に私は夕飯。
息子のベッドの横でチョッぱやで食べる。
給湯室に秒で湯が沸かせる文明の利器があったので、それでお湯を沸かしてあったかいお茶とか、味噌汁なども用意ができた。
しかし、ゆっくり食事をしている時間はなかったな。
◎寝る準備
赤ちゃんのベッドにはいろいろ種類があって、子と一緒に寝れるベッドもある。
だけど、入院して2日間くらいは一緒に寝れるベッドが空いてなくて、私は夜になるとリネン室から簡易ベッドと布団を持ってこないといけなかった。
これがまた、割と体力使う作業で…。
▽こんなのを運んでくる

ベッドの横の狭い空間に、簡易ベッドを広げて、布団をしく。
3日目くらいに一緒に寝れるベッドが来て、めっちゃ天国~と思ったのを覚えている。
昼間もちょいちょい寝れるし。
◎歯磨きなど
顔を洗ったり歯磨きしたりは、病室の一ヶ所にある洗面台を順番に使ってやる。
トイレとかも使えるんだけど、子から離れるのが難しく、みんな部屋で歯磨きしてた。
◎消灯
たしか、夜の10:00くらいで消灯だったと思う。
看護師さんが部屋の電気を消しに来る。
時々、同室の母さんが「ごめん、もう消していい?」と言って先に消すこともあり。
「消そう、消そう」と、とにかく赤子に寝てほしい我々。
各ベッドのところにライトがあって、うっすら電気もつけれたりするんだけど、他の赤ちゃんが起きちゃうので基本は消したままに。
つまり、夜の病室は真っ暗なのだ。
どうしてもみんな夜中にミルクをあげたりするので、完全なる静寂にはならないんだけどね。
◎搾乳タイム
私は人の出入りがなくなった消灯後に搾乳をしていた。
そんなに乳も出ないので、搾乳は1日1回、絞れるだけ絞って息子に飲ませた。
搾乳のタイミングがずれると絞ってる間に泣き出したりして、慌てたりした。
使った哺乳瓶や搾乳機はすぐに洗うんだけど、部屋にある洗面台でバシャバシャしていると赤子が起きたりするので、給湯室に行って洗っていた。
飲み終えた息子はしばらく寝るのでその隙に…。
※こういうときにボウルがあると便利なので、一番上の持ち物のところに書いたのだ。
こうして病院の夜は更けて行く…
◎朝のやること
朝は確か6:00には起床。
つっても毎晩全然寝れないのだけど。
朝はまず子の体温と体重測定。
赤ちゃん用の体重計が各部屋一台あるので順番に使う。

量るときはオムツいっちょで量り、オムツ分を引く。
※まっぱで量ってもいいんだけど、しっこが出ちゃうので。
看護師さんが来て血圧などチェック。
落ち着いたら自分の朝ごはんをもしゃもしゃと食べ、ささっとトイレに行ったり、歯磨きしたり、またミルクとオムツ換えの日々が始まる…。
以上が子が生まれてすぐの付き添い入院の様子。
がんばって思い出してみた。
私達が入院した循環器小児科は、治療したり手術したりすると状態が改善して退院していく子たちが多いので、何となく明るい雰囲気だった。
※ちなみに入院しているのはダウン症児ばかりではない。
病棟が古くてボロくてちょっと怖い感じだったので、これで陰鬱な雰囲気だったら精神に異常をきたしていたかもしれないwww
看護師さんたちもフレンドリーで明るいし、何よりも同室のお母さんたちが気さくでオープンで豪快でたくましく、私はたくさんの勇気をもらった。
私が最初に入った部屋の子たちは、産まれてすぐ数ヶ月間をNICU(新生児集中治療室)で過ごし、さらに一般病室に移ってからも何ヶ月か経っているような大先輩ばかりだった。
生まれたての我が子がやってきたときに、みんな「わぁ~新生児だ~!! NICU入らないでよかったんだね~よかったね~」と歓迎してくれた。
うちよりもずっと症状が重たい子たちもいたけれど、とにかく母たちは明るかった。
昼間はカーテンを全解放で雑談しながら情報交換したり、私みたいな新人にいろいろ教えてくれたりした。
初めての病室であの達観した母親たちと出会ったことが、今でも私の宝物。勇気の種を心にもらったんだ。
今ではそれが発芽して、私の心臓にフサフサと剛毛が生えている。
私も彼女たちのように勇気の種をバラまきたいと思っている。
◎はじめての退院
こうして私の初めての付き添い入院の日々は怒涛のように過ぎていき…ついに退院の日となった。
退院の前にソーシャルワーカーさんがいろいろな制度についてざっと説明してくれた。
療育は手術する予定がある場合は終わってからの方がいいのか…ダウン症と診断がはっきりしたらどういったことができるのか…などなど。
息子の場合は、心臓の手術が完了するまでに何度か入退院があるだろうから、療育はあせらず全部終わってからでよいのでは?と教えてもらった。
産まれてばっかでやってもあんまり意味のないものだし。
それから、生後1ヶ月くらいで行政から保健師さんか助産師さんが訪問に来るので、事前に疾患の内容とダウン症の可能性ありと伝えておくとスムーズだとのこと。
訪問があるのも知らんかった私…。
そして、入院費。
東京都は幼児の治療費は健康保険に入っていれば自己負担分なし、子のベッド代も大部屋だったのでかからず。
最初の2日間くらいの私の簡易ベッドのレンタル代が1日500円とかだったかな?
ミルク代は忘れたけど、1日300円くらいだったと思う。
ちょっとの入院だったらまあいいとして、長期入院になると治療費はかからないとしてもけっこう負担になってくる。
会計は入院最後の日に窓口で行った。
なんだか急に現実世界に戻ってきたような気がした。
退院する日は、看護師さんたちが息子に挨拶に来てくれた。
本当にたくさん教えてもらって、助けてもらった。息子のこともとっても可愛がってくれたし。
私は看護師をしている友人もいるのでストレスフルな職場であることは知っていたけれど、患者に対してそれを微塵も感じさせないみなさんが本当にすごいなと思った。
それから、同室のお母さんたちも「元気でね~」と送り出してくれた。
実はこの時に同じ部屋にいた親子と数年後、ちょっと離れた区の療育施設で奇跡の再会を果たしたりもあるんだけど、それはまた別の話である。
こうして息子は、生まれてから初めて我が家に帰って来ることができたのだった。
(つづく)
(7)1回目の手術 肺動脈絞扼術 →
