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[コラム] (5)主治医の先生のお話 【21番目の軌跡―ダウン症の男の子と家族のゆかいな日々―】

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翌日、息子が転院した大学病院で担当になった先生から改めてお話があった。

若い男性の先生でとっても優しい印象の先生だ。

ちなみに、息子の主治医は今でもこの先生なのだ。ずっと診てくれてる。

先生の話の内容は産んだ病院で聞いた話とほぼ同じだったけど、今後の治療についても詳しい話をしてくれた。

息子の心臓の心室と心房の両方の真ん中の壁には、上下で2つ、まあまあでっかい穴が開いていて古い血液と新しい血液が行き来してしまってるとのこと。

そのために、肺に行く血液に新しい血液もまざってしまって、肺高血圧の状態になっている。

実際に先生が説明する際に書いてくれた図

心臓の穴ってほっといても自然と閉じる場合もあるらしいのだけど、息子の場合はその可能性はないので治療が必要になる。

今はまだバランスがとれているけど、数ヶ月もするとだんだんと肺高血圧の症状が進み、呼吸が困難になってミルクも飲めなくなってきて、命の危険が伴うようになってしまうそうだ。

先生は呼吸が “ハカハカ” してくる、という言い方をしていて、この後何度もこのフレーズを聞くこととなる。

肺高血圧の症状が進行してくるのが、ちょうど産まれてから2ヶ月くらいであろうと予測できるので、そのタイミングで、肺に行く血管にバンドをして血液が流れすぎないようにする手術を行う予定だそうだ。

それから、体重が6kgくらいになって充分に体力がついたところで、本番の心臓の穴を塞ぐ手術をするとのこと。1歳になる前にはやるとこになると思います、と先生は言った。

それはなんだかすごく先の事のように思えた。

まずは、ひとつひとつ。

最初の手術に向けて、投薬で症状の悪化を抑えつつ、外の世界に体を馴染ませ、ミルクを頑張って飲み、できるだけ体重を増やすこと。

というわけで、さっそく付き添い入院をはじめましょう。
と先生は言った。

付き添い入院では、お家でどのように生活したら良いか、薬のあげ方とか、気をつけることとか、1週間ほど息子と一緒に病院で寝泊まりして練習しましょう、とのことで。

つまり、循環器に疾患のある赤子の保護者となるための研修ともいえる付き添い入院だ。

え、1週間したら息子も家に帰れるの??
と私は信じられない気持ちだった。なんかずっと入院してないといけないのかと思ったので。

付き添い入院という言葉をこの時初めて聞いたと思う。

幼子が入院した時は、保護者も病院に寝泊まりして24時間付き添いで世話しなければいけないということを始めて知ったのだった。

※病院によっていろいろ違うけど。


続いて先生はダウン症についての話をした。

やはり、彼にはダウン症の特徴が顕著に表れているそうだ。

ダウン症は遺伝子疾患なので、血液検査をすれば明確にわかる。

検査結果が出るまで1ヶ月くらいかかるけれど、早めに分かると今後の療育などの方針も決めやすので検査することを勧められた。

今思い返すと、これは本当に適切なアドバイスだったと思う。

この世には、それぞれの特徴や障がいにあわせた様々な制度や、受けられる支援や療育がある。

それらは医師による診断が必要な場合が多い。

病名がついたり、“障がい” って名称がつくとビックリしたりショックを受けたりしちゃうことも多いけど、そこはもう、開き直って、できるだけ早い段階で診断してもらって、受けられる恩恵は受けた方がいい。

知ることが怖いこともあるかもしれないけど、助けてもらうために必要なことなのだ。

解りやすく丁寧に説明してくれる先生のおかげで、ごちゃごちゃモヤモヤしていた頭の中がすっきりパァアとなった感じだった。

何をするのか先が見えることはとても大切なことだ。

そして、先生が印象的な言葉をくれた。

「ダウン症は何か治療が必要なものではありません。温和で朗らかな子が多いですよ。ひとつの個性と思ってください。」

“個性” って言い方を嫌う人もいるけれど、私にはしっくりきた。

特別なものとか、ギフテッドとか、そいうファンタジーなことじゃなくて、その人を構成する要素のひとつ。先生の言い方はそういう感じだった。

ダウン症の家族を持つ人ってダウン症を病気だと感じてない人も多いんですよ。

もちろん遺伝子疾患であることは揺るがない事実なんだけど、ずっと一緒にいると、“ダウン症であること” が息子を形成するもののひとつとなってくる。

※この域に達するのはもうちょっと後になるけど。

私たちは迷うことなくダウン症かどうかの検査をしてもらうことにした。

先生はダウン症のある人のことを、ダウンちゃんと呼んでいた。

私もいつのまにかダウンちゃんと言うようになっていた。

とってもいい先生に巡り会えたなと思った。

(つづく)
(6)はじめての付き添い入院 →


当時のメモを元に書いた生々しい記録はここまです。

こっから先は今の記憶を頼りに書きます。
毎日書けないと思うし、かなり解像度が下がりますがどうぞ引き続きお付き合いください。

合間に普段の創作もやっていきますのでどうぞよろしく!

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